afterward メリルとヴァッシュに断って、ミリィはようやくあの騒動でうやむやになってしまった買い出しを終えることができた。 荷物の入った紙袋を両手に抱えて歩いていると、ここ数日ですっかり見慣れた、黒い服の後ろ姿が視界に入る。 声をかけようとした時、偶然にも相手が振り返った。 「牧師さん、こんにちは〜」 「お、おっきい姉ちゃんやないか。相変わらず大荷物やなぁ」 「えへへ。もう一度買い物しに来たんです。ほとんど私のなんですけど、先輩に頼まれたものもあるんですよ」 言いつつ、彼女がウルフウッドに向けた紙袋の中には、確かにプリン以外のものも入っている。 彼女の荷物を覗き込みながら、ウルフウッドが尋ねた。 「そういえば、ちっこい姉ちゃんと台風男はどないした?」 「先輩は報告書を作成中で、ヴァッシュさんはほっぺたを冷やしてます」 ウルフウッドが吹き出す。 「クリーンヒットしとったもんなぁ。思いっきり殴ったやろ?」 「だって、許せなかったんですよ!まさか本当は」 「ああ、あかんで。そこまでや」 いきなり大きな手で口を塞がれ、ミリィは目を丸くした。そんな彼女にウルフウッドは小声で囁く。 「内緒やろ?」 彼の言わんとする所に思い至ったらしく、ミリィが頷いた。それを見届けて、彼は手を放す。 「す、すみません〜。うっかりしてました」 「壁に耳ありゆうてな、用心するに越したことはないわ。で、買い物はもう済んだんか?」 「はい。後はもう戻るだけです。牧師さんは何をしてたんですか?」 「足探しや。ちょうどええモンが見つかったんでな、手ぇ加えよう思っとる」 彼があごをしゃくったその先に、バイクがあった。すぐそばのジャンクショップで購入したばかりらしい。 「買ったんですか?」 「中古やけどな。メンテしたら充分使えるやろ」 「……」 ミリィがバイクをじっと見つめた。 「乗ってみるか?」 心を見透かされたような彼の言葉に、ミリィは目を丸くする。 「いいんですか?」 「お安い御用や。こいつを買えたんも、あんたのおかげやしな」 「え?」 「あ、いや、こっちの話や。どないする?」 ミリィはにっこりと笑みを浮かべた。 「はい、是非乗せて下さい!」 |
荷物をジャンクショップに預けたミリィとウルフウッドは、バイクで砂漠へと飛び出した。 瞬く間に小さくなっていく街の姿に、ミリィが歓声を上げる。 「すっごい、早いですねぇ!風も気持ちいいです!!」 「サンドスチームやバスと違うて、直接風が当たるからな〜。ちぃっと砂が入るんが厄介やけど」 「でも砂って歩いてても入っちゃいますよね〜」 会話をしつつ、ウルフウッドはバイクの調子を確認する。 ハンドルは重すぎず軽すぎず、加速にも問題はない。エンジン音もスムーズだ。 「バイクはどんな感じですか?」 風に髪を煽られつつ、運転するウルフウッドにミリィが尋ねてきた。 「ええ感じや。思ったよりスピードは出るし安定感もある。これやったら長旅も行けるやろ」 「よかったですね〜」 「おおきに。せや、あんたバイクに乗るんは初めてなんか?」 「はい!トマにはよく乗りますけど、それ以外ならバスで移動してるんです。サンドスチームに乗るほどの出張は滅多にないですし」 「ああ、ワイと会うた時もバスやったな」 「少し前はサンドスチームにも乗ってたんですよ〜。その時は盗賊団に襲われて大変でした!」 「そら難儀やったなぁ。怪我せんかったか?」 「はい。あ、でも3等客室だったんで、飛び起きた時に上のベッドで額をぶつけちゃいました。もうすっかり治りましたけど」 ウルフウッドが笑った。 「あっこは狭いからな、乗るんも一苦労やわ。けど気ぃつけなアカンで?」 「はい。ありがとうございます〜」 話しているうちに、ミリィはいつの間にか周囲を流れる景色ではなくウルフウッドの顔を見上げていた。 彼は流石に脇目を振ることなく運転しているが、ちゃんと相づちをうちながら言葉を返してくれる。 そんなウルフウッドの表情に、ふと悪戯っぽい笑みが浮かんだ。 「…ちっと飛ばすで、つかまっとりや!」 「え、は…ひょえぇぇぇっ!」 バイクの速度が上がり、刺すような風が襲ってきた。景色を眺めるどころではなくなり、思わずミリィは悲鳴を上げてサイドカーの中にしがみつく。 だが、加速はしていたのはほんのわずかの間だった。 バイクの速度が落ちる。そしてブレーキがかかり、停止した。 エンジンの唸りが収まると、ウルフウッドはやや上体をかがめてサイドカーのミリィの顔を覗き込んだ。 「大丈夫か?おっきい姉ちゃん」 その声に、固く目を閉じていたミリィが恐る恐る目を開く。少し心配そうにこちらを見やるウルフウッドの顔が視界に入った。 そこでようやくバイクが止まっていることに気づき、ミリィは深く息をつく。 「…びっくりしたぁ…」 胸に手を当てて、これだけを言う。早鐘を打つような心臓の音が手のひらに伝わってきた。 改めて周囲を見ると、すぐ近くに街の入口が見える。バイクでかなり遠くまで走っていたはずだが、速度を上げて戻ってきたらしい。 ウルフウッドがバイクを降りた。回り込んでサイドカーの側までやってくる。 ミリィも思わず立ち上がった。 「堪忍な。ちぃっと悪フザケしすぎたわ」 「あ、いえ、でも楽しかったです!最後のはちょっとコワかったですけど、バイクに乗るのって気持ちいいですね〜」 ウルフウッドが嬉しそうな笑みを浮かべた。 「サンドスチームやバスもええけどな、バイクも捨てたもんやないやろ?距離あったら難儀かもしれへんけど、融通もきくし便利やで」 「でも、運転するのって大変じゃないですか?」 「確かに慣れるまでは面倒かもしれへんなぁ。せやけど乗れるようになったらええで。あんたもやってみるか?」 ミリィが両手を胸の前へ上げて横に振った。 「私はムリですよ〜。トマには昔から乗ってたんで慣れてますけど、機械関係って全然ダメなんです」 難しいんですよね、あれ。と溜息をつくミリィに、ウルフウッドは先程とは異なる笑みを誘われた。そんな彼にミリィは続ける。 「でも、運転できないけどまた乗りたいなって思いました。よかったら、また今度乗せて下さいね」 「せやな。今度はもっとのんびりツーリングしよか。そん時はもうちょい乗り心地良うなるよう、しっかりメンテしとくわ」 「ありがとうございます〜。あ!よかったら、今日のお礼にオゴっちゃいます。昨日はお給料日だったんですよ。牧師さん、何か食べたいものありませんか?」 「っと、カンニン。今日はヤボ用があるんや」 ミリィの提案に、ウルフウッドは片手を上げて顔の前で拝むような仕草をしつつ、済まなそうな表情を見せた。 「悪いけど、また今度でもええか?」 「もちろんです。じゃあそれまでに何を食べたいか決めておいて下さいね」 「ほなら、そん時はワイにデザートおごらしてな」 ウルフウッドのウインクに、ミリィは笑顔で応えた。 「はい!楽しみにしてますね!」 「えー、牧師さん、行っちゃったんですかぁ?」 メリルの知らせに、ミリィはひどく悲しそうな表情を浮かべた。 バイクに乗せてもらったのに、その時は何も言っていなかったのだ。きちんと挨拶をできなかったことが、残念でたまらない。 だが、メリルはコーヒーを口元へ運びつつ、静かに言葉を継いだ。 「旅に出会いと別れはつきものだ。そして、再会もまた…そう言っていましたわ」 再会という言葉がミリィの中に余韻を残した。懐かしいような、面映ゆいような。不思議な感情を思い出す言葉だ。 「…そうですよね、きっとまた会えますよね。だって私、牧師さんにご飯オゴってないんです」 「え?」 意外な言葉に驚くメリルに対し、ミリィは笑顔で先程の経緯を語った。 最初は目を丸くしていたメリルがくすりと笑う。 「それでしたら、また会えますわよ、ミリィ」 「どうしてですか?」 「だって、約束したんでしょう?ご飯をおごるって」 「あ…!」 ──楽しみにしとるわ。そん時、デザートはワイにおごらしてな。 ウルフウッドの言葉がミリィの脳裡によみがえる。 少しだけ寂しそうだった彼女の表情が、一気に明るくなった。 「そっか。そうですよね!楽しみです〜」 また、会えたら。その時は話したいことがたくさん増えている。 別れは寂しいけれど、きっとまた会える。 バイクで見た彼の笑顔を思い出しながら、ミリィはその再会を楽しみに感じていた。 |
──fin |
6000HITのキリ番小説です。お待たせいたしました〜(汗)。 時間設定をいつにするか悩んだんですが、結局11話の直後になりました。 時期が時期とはいえ、うちのウルフがミリィを「おっきい姉ちゃん」なんて呼ぶのは初めてですねぇ。普段から「ハニー」「ダーリン」の間柄なので、ある意味新鮮かもしれません(笑)。 校正をお願いした友達に「ウルフウッドらしいね」と言われたシーンが、密かにお気に入りだったりします。さりげなーく、囁いてるのがミソでしょうか(笑)。 |