因果律


「罪を償うには、どうしたらいいんだろう」
 普段ならば、決してその口から漏れることはないであろう言葉だったが、それを耳にした青年は、新しい煙草をくわえたまま、声の主を一瞥した。
 小さな声を発した金髪の青年は、テーブルの上で両手を組み、半分ほどウイスキーの残ったグラスを見つめている。
 酔っているのだろう。二人でボトルを四本空けているのだ。
 酒に強い人間さえ潰れてもおかしくはない量だが、生憎とこの二人はすこぶる酒に強く、飲んでも飲まれることは滅多にない。
 酒に飲まれたわけではなく──そのフリをしているのかもしれない。
 ……いや、フリなどしているようには見えなかったが。
「償い、なぁ…」
 呟いて、ウルフウッドは空いたグラスに手酌でボトルから酒を満たす。
 いつものようにお門違いだと一蹴しなかったのは、彼もまた酒が回っていたせいだろう。
「牧師」へ懺悔する街の人間に対してならば、当たり障りのないことを言って安心させてやればいい。
 多くの人々が心に抱くそれは、大きな罪ではないと思うのだ。しかし、心を占める罪の重さを、当人以外にはかることなど出来はしない。
 だからこそ、許しを与える。
 例え裏にどのような顔を潜ませていようとも、彼が「牧師」であることは事実であり、彼の許しは人々の心を安らかにする。
 ──だが。
「その言葉のイミ、知っとるか?」
 ウルフウッドの問いに、金髪の青年──ヴァッシュが無言のいらえを返す。
 牧師の肩書きを持つ青年は、くわえていた煙草に火を点けた。
 そして、静かに煙を吐き出す。
「うめあわせる、報いる、補う。つまりは相手が失ったもんに対しての何らかの行為やな。で、オドレの考えとる事が、ホンマに失うたもんの代わりになる思うか?」
「………」
「死んだ者は還ってけぇへん。受けた傷は痕が残る。壊れたもんは元には戻らへん。元のサヤに収まったように見えても、確実に変わっとるんや。起こった事実は変えられへん。それでどうやって償うんや?」
 ヴァッシュは動かない。
 その瞳に映るのは、静かに満たされたままのウルフウッドのグラスである。
 ウルフウッドは煙草をくゆらせた。
「罪を償うことはでけへん」
 断罪する者の言葉は、相手に向けられると同時に、その心の裡を灼くものだ。
「せやったら、背負って生きていくしかないやろ」
 彼は立ち上がった。
 扉を開けて、部屋を出る。
 ヴァッシュがゆるりと顔を上げるより先に、扉は静かに閉じられていた。

                                ──了

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<あとがき>
 すみません、かなり沈んだ話です。
 元ネタは「フル・コンタクト」という香港映画。チョウ・ユンファ主演のハードボイルド映画…かな。主人公と彼を裏切った友人との会話に、「罪は償うものじゃない。背負って生きていくんだ」という台詞があったんですよね。これが強烈に印象に残りまして、この一言からふくらんだ話だったりします。
 にしても、こう…ヴァッシュとウルフウッド、二人だけの会話になると、ウルミリとはずいぶん方向性が変わりますね。私自身はどうしても、この二人のみの長い話が書けないんですが…。