This
Night あの日…ヴァッシュさんがナイブズさんを連れて帰ってきた日から、そろそろ2ヶ月が経とうとしている。 ナイブズさんは1ヶ月ほど一緒に暮らしていたけれど、一言「旅に出る」と言い残して、出て行ってしまった。 でも、ヴァッシュさんは心配していないみたい。むしろ先輩の方がひどく気がかりそうだった。 「いつか、帰ってくるから」 先輩に、ヴァッシュさんはこう言っていた。気持ちの整理をつける為に時間が要るんだろう、って。 私もそんな気がした。ナイブズさんは、もう昏い瞳をしていなかったから。 ナイブズさんが旅に出て、先輩やヴァッシュさんと一緒に生活するようになって、1ヶ月。 …あれから3ヶ月が過ぎたんだ、とようやく実感できるようになったせいなのかな。 毎日毎日、牧師さんのことを思い出してる。 お昼は仕事があるから、そこまで考える余裕が無いけれど。 夜、一人になると、涙が溢れてくる。止まらなくて、どうしても泣いてしまう。 ──ワイが帰ってくるまで、ここで待っとってな。 今でも鮮明によみがえる牧師さんの声。 ちょっとぶっきらぼうだけど、本当は優しくて。いつも安心させてくれるの…。 「ハニー」 再会した時、冗談半分で呼んでくれて。それがすごく嬉しかったから「ダーリン」ってお返事したら、牧師さんは小さく笑って、それからずっと私のことをそう呼んでくれた。 「なぁ、ハニー。うたたねしとったら風邪ひくで」 もう、会えない。頭ではわかってる。でも、いつかあの人がひょっこり帰ってくるような気がするのは、牧師さんの最期を見ていないから…? 「熟睡しとるんか?ハニー、せめて毛布かぶりぃな」 独特の訛りのある声が聞こえてくる。ずっと聞きたかったあの人の… え!? |
顔を上げると、大きな身体をかがめて私を覗き込んでいた人が、びっくりした表情を浮かべた。 懐かしい黒い服。少し日に焼けた肌。灰色がかった青い瞳には、目を真ん丸く見開いた私が映っている。 ずっと心の中に思い描いていた人。 「ぼ、牧師さん!?」 私が声を上げると、牧師さんの表情に笑みが広がった。 「起こしてカンニンな。急に冷え込てきよったし、そのままやとカゼひくやろ?」 いつの間にか、私の肩にはコートが掛けられていた。 ベッドの上でひざを抱えて座ってたから、下敷きにしていた毛布がかけられなかったみたい。 でもそんなことよりも、目の前にこの人が立っていることが信じられなかった。 あの時、牧師さんはもう戻らないって言われた。その言葉の意味に気づいて、帰って来ないってわかって。それが事実だと知って…。 夢、だったの? ヴァッシュさんの言葉も、私が何度も泣いたことも。 だって、ここにあの人がいる。いつもの笑顔で、笑いかけてくれている。 「あの…」 「何や?」 「…本当に、牧師さん…ですよね?」 私の言葉に応えるように、牧師さんが両手を伸ばす。そして、私の頬を包むようにそっと触れた。 …暖かい手で。 「ホンマもんのウルフウッドや。…遅なって、堪忍な」 牧師さんはすまなそうな、少し寂しげな、そんな顔をした。 「……無事…だったんですね!!よかっ…」 涙で視界が歪んで、牧師さんの顔が見えなくなった。慌てて涙をぬぐう。それでも後から後から涙がこぼれてきて、すぐに前が見えなくなってしまう。 でも、頬に感じる牧師さんの手は暖かい。 「ずっと…ずっと、待ってたんですよぅ。…ヴァッシュさんの…言葉が信じら…なくて…。いつもいつも…牧師さんの…こと…考えて…だって、私…」 頬を挟んでいた両手が、流れるように私の後ろへと滑っていくのを感じた。頭と背中に大きな手のぬくもりが伝わってくる。 「長いこと待たせてしもたな。…堪忍やで」 その声がひどく切なく感じられて、私はようやく言いたかった言葉を思い出した。 なんとか涙をおさえて、何回か大きく息を吸う。 「泣き出しちゃって、すみません。……お帰りなさい、牧師さん」 「ただいま…ハニー」 その声を聞いた途端、また涙が溢れてきた。どうしても我慢できなくて、声に出して泣いてしまう。 いつもは先輩やヴァッシュさんに聞こえないように、声を殺して泣くんだけど、もう止まらない。 でも、牧師さんの胸は広くって、暖かで。大丈夫だって言われた気がして、私は久しぶりに大声でわんわん泣いた。 牧師さんは私の頭を軽く押さえて、ずっと抱きしめてくれていた。 |
泣きに泣いて、ようやく涙が出なくなると、私は思い切って顔を上げた。 「すみません。なんか、涙、止まらなくて」 「…ええんや。長いこと待たせてもうたやろ…ずっと気になっとった」 牧師さんの言葉が優しくて、また泣きそうになった。慌てて立ち上がる。 「先輩やヴァッシュさんにも知らせてこなくっちゃ!ちょっと待ってて下さいね!!」 直後、牧師さんが私の腕をつかんだ。とても強い力で。 「…もう遅いし、こないな時間に起こしたら悪いやろ。あいつらも明日になったらわかることやし、な」 「牧師さん…?」 「それよりワイ、ハニーのコーヒーが飲みたいわぁ。久しぶりにいれてくれへんか?」 ちょっと驚いたけど、確かにもう夜もとっぷり暮れていて、二人ともぐっすり眠っている時間だった。牧師さんの言う通りかもしれない。 なにより牧師さんに頼まれごとをされたのがとても嬉しかった。 「はい、すぐ持ってきますね!」 牧師さんが手を放してくれたので、私は台所に向かった。 眠ってる先輩達を起こさないように注意して、なるべく静かにお湯を沸かす。 ブラックと、お砂糖とミルクたっぷりのコーヒー2つを作って部屋に戻った。できるだけ音を立てないようにしていたせいか、戻るまでに少し時間がかかったけど。 牧師さんはベッドに腰掛けて、煙草を吸っていた。 「お待ちどおさまです〜」 牧師さんがにっこり笑う。 「灰皿、置いとったんやな」 「えへへ」 灰皿には牧師さんの煙草の灰が落とされていた。──今まで使う人のいなかったもの。 テーブルにコーヒーカップを2つ置いて、なんとなく隣に腰かけた。 「…あれ、ここに持って来とったんか」 ブラックの入ったカップを手に、牧師さんは白い布にくるまれた大きな十字架を見ていた。 「はい。だって…あなたの大切なものだから」 私もカップを手に取った。牧師さんの黒いコーヒーとは違って、ミルクの入った茶色いコーヒーは少しだけ夜の砂漠の色に似ている気がする。 ふと視線を感じて隣を見ると…牧師さんがいつの間にかこっちを見ていた。 「…牧師さん?」 「あんたは…ワイの居場所を作ってくれるんやな」 「…え…?」 「帰って来られへんかったのに、ワイの必要なもんも、ワイの持っとったもんも、全部置いとってくれるんや。そうして待っとるんやな。ずっと…」 「どうしても置いておきたかったんです。だって…みんな牧師さんの大切なものだから。…大切な人のものだから…」 視界が歪んできたので、慌ててカップをテーブルに戻して目をこする。 「やだ、すみません。なんか今日はヘンですね。すぐに涙が出ちゃいます」 ちょっと恥ずかしくて照れ笑いしてしまう。こんなに何度も泣けちゃうなんて思わなかったのに。 カップを置く音がした。そして。 牧師さんが、静かに横から私を抱き寄せた。 …まるで、力を入れると壊れてしまうガラス細工を扱うように、どこかぎこちなく、優しく。 「牧師…さん?」 「なぁ、ミリィ」 どきりと心臓が音を立てる。名前で呼ばれたのはあの夜以来だったから。 「ワイの前では無理せんとってくれ……頼むわ」 「あの…」 「…ずっとあんたのこと見とったんや。なんでかわからんけど見えとった。いっつも元気な顔して頑張っとったやろ。辛うても、悲しゅうても」 何故だろう。牧師さんの言葉の意味を考えたくなかった。 聞き流してにっこり笑って「大丈夫です」って言いたかった。 …でも。 「あの晩、全部ぶちまけてすがりついたワイをあんたは受け入れてくれた。ワイ自身はあんたに救われたんや。もしあんたがおらなんだら…」 牧師さんは言葉を切った。 私はただじっと彼の言葉を聞いている。 「けどな。あんた自身にとっては重荷にしかならんかったんちゃうか。勝手な男に振り回されて、ただ泣くハメになっただけなんとちゃうか?そう思たらいてもたってもいられんかったんや」 牧師さんの両手に力が込められた。とても、強く。 「…堪忍な、ミリィ」 どきん、とまた心臓が鳴る。 「ほんまに、堪忍やで…」 「ち…違いますっ!!」 強い力で抱き締められていて喋りにくかったけど、そんなこと言ってる時じゃない。 牧師さんの瞳を見上げる。灰色がかった青色。今は暗いせいか、鈍い銀色に見えた。 「私、牧師さんのこと好きです。いつからかはわからないけど…あなたのことが好きになってました。だから、再会できた時は嬉しくって…あれからずっと、あなたのこと見てました。…あなただけを、見てたんです」 「……」 「大好きです。ニコラスさん、私、あなたのことが他の誰よりも…一番大切なんです」 「…ミリィ」 「私、あなたに会えて幸せです。大切な人を見つけられたから」 「あんたは強いなぁ」 牧師さんは苦笑を浮かべて、溜息をつくような、小さく笑みを含んだような声を出す。 私は続けて口を開こうとしたけど、言葉を飲み込んでしまった。 牧師さんが、静かに笑いかけてくれたから。それが今にも消えてしまいそうに感じられて、私は下を向くと、思わずその腕をつかんでしまった。 この人がいなくなってしまわないように。…まだ、もう少し一緒にいられるように。 「…私、強くなんかありません」 2ヶ月前、ヴァッシュさんが無事戻ってきてからしばらくは、ナイブズさんの怪我の手当てや仕事が慌ただしくて、そんな余裕が無かったけど。 ナイブズさんが旅に出て、先輩やヴァッシュさんと一緒に生活するようになって。 以前の日常が戻ってくると、そこにいたはずの牧師さんのことばかり思い出して、余計に牧師さんがいないことが思い知らされて、さびしくって泣いていた。 きっと、先輩もヴァッシュさんも気づいていたと思う。でも、止まらなかった。 「泣くんはな、弱いこととは違うやろ」 まるで心の中を見透かされたみたいで、びっくりして顔を上げる。優しい顔をした牧師さんが、じっとこっちを見つめていた。 一緒に旅をしていた時みたいに、言ってみる。 「やだ、どこで見てたんですか?」 「あんたのことやったらなんでも知っとるで、ハニー」 「おだてても何もでませんよ、ダーリン」 牧師さんが小さく笑う。そして。 再び両手に力が込められた。少しだけ、顔を伏せて。 「…堪忍な、ミリィ」 とても痛々しい声だと思った。懺悔というには悲しすぎる、謝りながら自分を責めるような、そんな声。 そんな風に言わないで欲しい。だって、私は…。 「ね、ニコラスさん。ひとつだけ、お願い聞いて下さい」 「何や?」 「…もう、謝らないで欲しいんです。私、あなたと会えて幸せです。この想いは変わらないから…だから、謝らないで下さい」 牧師さんは私を見つめ、そして苦笑した。 「かなわんなぁ…」 それが何故だかおかしくて、私もちょっとだけ笑ってしまう。 「おおきにな、ミリィ」 「牧…」 「あんたに会わへんかったら、ワイは一生安らぎを知らんまんまやったろうなぁ」 「……」 「──もう会われへんと思うけど、ずっと見守っとる」 「牧師さん…」 「それにな、もう一人やないんやで」 「え?」 牧師さんを見上げる。彼はとっても優しい笑みを浮かべて、私の額に口づけた。 「…幸せになってぇな、ミリィ」 ──愛しとる。 耳元でそう囁かれて、真っ赤になったのが自分でわかった。牧師さんの顔を見ようとして… そこで、目が覚めた。 |
窓から朝日が射し込んできてる。 夢、だったんだ…。 ちゃんとベッドで眠ってた。 ベッドの上で身体を起こしてカーテンを開けると、眩しい朝日が部屋に満ち溢れる。思わず目をしばたいた。 太陽は地平線から少し顔を出したばかりだった。まだ時間は早いみたい。 ふと、テーブルに目をやった。 ──コーヒーカップと、吸い殻の入った灰皿。 「…うそ…」 テーブルの上を確認するために、慌ててベッドから下りようとした時、枕元に光るものが見えた。 拾い上げる。 くすんだ十字のカフスだった。とても大きな、十字架の形をしたカフス。あの人の袖口で、いつも鈍い光を放っていた。 「牧師さん…」 来て、くれたんだ。 …本当に、来てくれた。約束を守ってくれた……。 涙がこぼれた。ぽたぽたと、シーツに小さな染みが広がってゆく。 あとからあとから涙が溢れて止まらない。私は十字架を握り締め、声を殺すのも忘れて泣きじゃくった。 ──どのくらいそうしていたんだろう。いい加減涙が枯れ始めた時、遠慮がちに扉をノックする音が聞こえてきた。 「…ミリィ? もう、起きてますの…?」 先輩の声が聞こえたので、私は慌てて頬に残っていた涙のあとをぬぐった。 ドアを開ける音がして、先輩がそっと顔を覗かせる。 「ミリィ?」 とても心配そうな声だった。 でも私は振り返って、先輩に笑いかけることが出来た。 「先輩」 もう涙は出ない。 「牧師さんが、来てくれたんです」 先輩は虚を衝かれたような表情を浮かべたけど、私はにっこりと笑い返した。 「最後に会いに来てくれたんです。…約束、守ってくれました…」 もう大丈夫。夜になるたびに泣いたりしない。 ちゃんと伝えられたから。大好きな言葉を貰えたから。 ──ありがとう、ニコラスさん。 そしてこの日。私は自分の中にひとつの小さな命が芽生えていることを知った…。 |
──了 |
ウルミリ小説が書きたくて書きたくて、一念発起して書いてみたらものすごい激甘ほのぼのになりました(笑)。もともと好きなカップリングのほのぼのした雰囲気が大好きなんですが、試し読みをしてもらった三人には読むのが恥ずかしいと言われる始末。いいんだい、私が好きなんだから…と思いつつも、気恥ずかしさのあまり自分でも読み返すのが大変でした(爆)。 最終話を見終わっても、23話での約束がずっと気になっていました。あの時の約束を待ち続けていたであろうミリィに対して、ウルフウッド自身がその約束を果たしてほしい、と思っていたんです。本来は出来ないことのはずですが、どうしても。 もしも神様がいるのなら、こういう奇跡もまたありではないかなぁと…。 本当は、生きて一緒に幸せになって欲しかったです。
この小説のイメージイラストをさがみさんからいただきました!
もう、素敵なウルミリなんです〜〜。こちらからご覧ください! |