想いを込めて。 街の雑貨屋は、生活に密着している事もあり、人の集まる場所になりやすい。 もっとも、大きな街になると雑貨屋も何軒かあるので、集客に関しては店によって差が出るものだ。 ウルフウッドと彼の息子ニコルが入った雑貨屋は、毎日賑わうような店ではないらしかった。 店内には2人の他に、若い男女がいる。店主の婦人はかなり高齢らしい、温厚そうな女性だ。客も少ないせいか、椅子に座って編み物をしている。 この男女は冷やかしで店を訪れたらしく、一通り見て回るとすぐに店を出ていった。 扉に取り付けられた小さな鐘が鳴る。この鐘が客の出入りを知らせる役割を果たしているのだろう。 鐘の余韻を聴きながら、ふとウルフウッドは背後を見た。 誰かの視線を感じたわけではない。彼の後ろには、売り物が並べられている小さな棚があるだけだ。 棚には、両手におさまる程度の小箱が置いてあった。 小箱の蓋は開けられており、小さなメロディを奏でている。彼の注意を引いた音だった。 耳慣れた、ひどく懐かしい曲。 「なぁ、おばちゃん」 ウルフウッドは、のんびりと編み物をしている店主の老婦人に声を掛けた。 「これ、何や?」 |
傾いていた太陽が地平線の彼方に沈み始めた頃、メリルとミリィはベルナルデリ保険協会本社の建物の階段を下りていた。 今日の仕事がようやく片づき、家路につく時間となったのだ。 「さてと、今日も無事に仕事が終わりましたわね」 1階まで階段を降り、建物入り口が見えたところで、一息ついた様子のメリルが言う。 「はい〜。先輩は明日からヴァッシュさんと旅に出るんですよね」 のんびりした声で応じると、ミリィはにっこりと笑う。 「あの人がね、どうしても行きたい所があるそうなんですの。1週間ほどらしいですわ。ミリィも明日から1週間休暇でしたわね?」 「はい。久しぶりにみんな揃って孤児院に行って来るんです」 「気をつけるんですのよ。戻ってきたらまたよろしくお願いしますわ」 「はい!先輩も気をつけて下さいね」 「同行者が同行者ですものねぇ」 メリルが苦笑する。 「ミリィ達は出発が少し遅いんでしたわね?旅に出る前に伺いますわ。ヴァッシュさんもミリィ達に会いたいっておっしゃってましたし」 「楽しみにしてますね」 「ええ…あら?」 入り口の扉のガラス越しに、メリルは見慣れた人影を発見した。悪戯っぽく傍らのミリィを見る。 「お迎えですわよ、ミリィ」 「え…あれー?」 ミリィが驚いて足早に扉をくぐると、黒髪の小さな男の子が満面の笑みを浮かべて彼女に駆け寄った。 ミリィがしゃがむのを待ち構えていたように、その腕の中に飛び込む。 「母ちゃん、おかえりー!」 「迎えに来てくれたの?ありがとう、ニコル」 嬉しそうに我が子を抱き締めるミリィを見、ゆっくりした足取りで近づいてくる人影にメリルは軽く会釈した。 「元気そうやな」 「お蔭様で。あなたもお変わりないようですわね」 「まぁ、そうそう変わらんやろ」 とはいえ、彼─ウルフウッドは変わったように思う。外見的にではなく、内面の方だが。 もっとも外見的にも変わってはいる。以前、共に旅をしていた頃にいつも背負っていた十字架は、今の彼の側にはない。普段出かける時は、自宅──彼らの家に片づけられるようになったのだ。 あの十字架がなければ、彼もそう人目を引く事はないのである。今日は紙袋を手にしていたが、目立つ要素にはならない。 ウルフウッドはミリィを見た。 「お疲れさん、ハニー」 「迎えに来て下さったんですね。ありがとうございます、あなた」 「ちょっと買い出しに来たんやけどな、こいつがどーしても母ちゃんに会うゆうてきかへんかったんや」 「なんだよ、父ちゃんも母ちゃんに会いたかったくせに」 「店でダダこねたんはどこのどいつや」 「へーん、父ちゃんだって顔がニヤニヤしてたの、知ってんだぞっ」 いつの間にか往来のど真ん中で親子喧嘩である。ミリィも大変ですわね、とメリルが仲裁に入ろうとした時、当のミリィがにっこりと微笑んだ。そして。 「二人とも、大声で騒いじゃ他の人に迷惑ですよ?」 ぴたっと言い争いが収まった。まさに鶴の一声である。 あまりにもあっさりと片がついてしまった事に、メリルはくすくす笑ってしまう。と、そこに降ってくる声がひとつ。 「…ホントに仲むつまじいねぇ、君たち一家は」 「あら、ヴァッシュさん」 「こんばんはー」 「兄ちゃん、こんばんは!」 「久しぶりやの…ってどっから湧いて出たんや?」 いつの間にかヴァッシュがメリルの背後に立っていた。こう言いつつも、ウルフウッドはその気配に気づいていたのだろうが。 「何だよ、ひとをお化けみたいに…よ、ニコル。元気してたか?」 「うん!兄ちゃんも元気そうだね」 返事をしつつ、ニコルはミリィの手を取ったままである。 「元気元気。…おとーさん、負けてますねぇ?」 間髪入れず、ウルフウッドの拳がヴァッシュの後頭部に炸裂する。 「ったいなぁ。暴力反対!」 「オドレがつまらんこと口にするからじゃ、ドアホ」 「…お二人とも、本当に相変わらずですわね。大人げないですわよ、まったく。ところでヴァッシュさん、買い物はお済みになりまして?」 「あらかたね。ちょうどいい時間になったし、迎えに来たんだけど。…そうだ、久しぶりにみんなで食事でもどう?」 ヴァッシュの提案に、女性陣が賛同の返事をしようとした時。 「悪いなぁ。ワイら今日は家族水入らずの予定なんや」 「ごめんね、兄ちゃん。おれたち先に予約入れちゃってて。な、父ちゃん」 「おお、そやったな、ニコル。せっかくやけどまたの機会や。ハニー、行こか」 「え、あの…せ、先輩、ヴァッシュさん、すみません〜!またゆっくりご一緒しましょうね!」 そそくさと立ち去る2人に引きずられ、ミリィはなんとかこれだけは言ったものの、あっという間に姿が見えなくなってしまった。 そして取り残されるのは、半ば呆然となったヴァッシュとメリル。 「なんか、やけに慌ててたねぇ」 「…そうですわね」 「あの家族も立派にタイフーンだと思うけど」 思わずメリルが吹き出した。あまりにもわざとらしいウルフウッドとニコルのやりとりの意味に内心苦笑してしまう。 「でもあなたほどじゃありませんわよ」 「さてねぇ。ま、フラれちゃったことだし、こっちはこっちで食事にいこうか?」 ヴァッシュが肩を竦めてメリルを見る。その口元に優しい笑みが浮かんでいた。ああ、気づいているのね、と思ったが、メリルもあえてそれには触れなかった。ただ、こう応える。 「ええ、参りましょうか」 沈みゆく太陽が鮮やかな夕焼けを作り出している。今夜は綺麗な星空が見られそうだとメリルは思った。 |
「そういうことだったんですか〜」 場所を変えて、3人は広場で一息ついていた。ミリィをベンチに座らせて、ウルフウッドとニコルが先程の不自然な慌て方の言い訳を終えた所である。 なかなか進展しないヴァッシュとメリルを気遣う2人の言動を嬉しく思いながらも、ミリィは素直に思った事を口にする。 「もう、びっくりしちゃいましたよ。あなたもニコルも急いでたから、先輩やヴァッシュさんにご挨拶できなくって」 「ちゃんと説明するヒマあらへんかったからなぁ。スマンな、ハニー」 「ごめんね、母ちゃん」 「ううん。お父さんとニコルが仲良しで、母さん嬉しいな」 すまなそうな様子の息子に、ミリィは笑みを返す。 ニコルは少し頬を膨らませて照れた表情を浮かべると、母親の膝に両手を乗せた。 「べ、別にとーちゃんと仲良くたって嬉しかねーもん。おれは母ちゃんの方が大好きだし」 「おまえもイチイチひっつくな!」 「いいじゃありませんか。ニコルはまだ甘えたい盛りなんですから。ね、あなた」 「………」 ガキの特権フル活用しよってからに、と思いつつ、ウルフウッドは別の事を口にする。 「にしても、あいつらどうなったんやろなぁ。見とる方が心配になるわ」 「大丈夫ですよ」 自信たっぷりにミリィが断言する。 「だって、先輩もヴァッシュさんもお互いの事が大好きですから」 一瞬の間。 「…母ちゃんってすごいね、父ちゃん」 「そこがハニーのナイスなところや」 ニコルがきょとんと父親を見上げた。次いでにっこりと笑う。 「何や?」 「へへへー、なんでもないっ」 「?」 我が子の態度に首をかしげるウルフウッドに背を向け、ニコルは服のポケットに手を入れた。 小さな手に隠れるほどの大きさの、綺麗に包装された包みを取り出す。それにはピンクのリボンがかけられていた。 「母ちゃん、誕生日おめでとう!」 「え、あれ…そういえば今日だった?」 ミリィがびっくりまなこでニコルと包みを見比べる。その様子にウルフウッドが苦笑した。 「相変わらずやなぁ、ハニー」 「えへへ…覚えていてくれてありがとう、ニコル。開けてもいい?」 「うん!」 まるで自分がプレゼントをもらったように、ニコルは期待に満ちた眼差しを母親に向けた。 ミリィが丁寧にリボンをほどき、包みを開く。 「わぁ、綺麗…」 中には、小さな木彫りのブローチが入っていた。可愛い花の絵が彫られている。 「ニコルが作ったの?」 「うん。メイに作り方教えてもらったんだ」 ミリィがベンチから立ち上がり、その場にしゃがんでニコルと目線を合わせた。 「とっても可愛い。ありがとう、ニコル」 そして顔を近づけ、彼の頬にキスする。 ニコルは満面に笑顔を浮かべた。 「母ちゃんが喜んでくれて嬉しいや。思ったより難しくて何度も失敗しちゃったんだ」 「ニコルってとっても器用だったのね。母さん知らなかったな」 「えへへ」 「大切にするね。今つけてもいい?」 「もちろん!」 ミリィがブローチをつけると、コートの襟元に暖かみの伝わる木目の花が咲いた。 「ありがとう、ニコル」 ミリィに嬉しそうな笑みを返し、ニコルは父親を見上げる。 その視線に応えるように、それまで黙っていたウルフウッドが、手にしていた荷物の中から四角い包みを取り出した。ミリィに差し出さたそれは、ウルフウッドの大きな手の平より一回り程大きく、レースのリボンがかけられている。 「次はワイからのプレゼントや。誕生日おめでとうな、ハニー」 「ありがとうございます」 「はよ中見てみ」 「はい!」 ミリィがレースのリボンをほどき、包みを解く。中から出てきたのは、木彫りの小箱だった。小箱の中にはアクセサリーなどの小物が納められるようになっている。 ミリィが蓋に手を掛けた。そっと開くと、何もないはずの小箱の中から、微かな旋律が流れ出す。 「え…」 聞き覚えのあるメロディだった。とても懐かしい音色が奏でられている。 ミリィがニコルを寝かしつける時に口ずさむ歌と同じ曲。 「これ、何ですか!?」 小箱は何の変哲もない宝石箱のようなものである。だが、音の出る小箱などは見たこともなかった。 「驚いたやろ?」 ウルフウッドが少しばかり人の悪い笑みを浮かべる。 「オルゴールっちゅう呼び名らしいわ。中にからくりがあって、蓋を開けると音楽が流れるようになっとるらしい」 そして、彼はこのオルゴール≠知った経緯を話し始めた。 |
『オルゴールだよ』 ウルフウッドの質問に、編み物をしていた老婦人が顔を上げた。 『おるごーる?』 『中に仕掛けがあってね、蓋を開けると決まったメロディを繰り返し流すようになってるんだ。そこに…』 編み物を椅子に置き、老店主はウルフウッドの傍らにやってきた。オルゴール≠手に取ると、底が見えるように向こう側へ倒してみせる。手前に現れた底面に、ネジがひとつ姿を見せた。 『ネジがあるだろう?これを回すと、曲が流れるようになってるんだ』 『こんなん初めて見たわ』 『そうだね、お金持ちの家にならあるかもしれないけど。旦那が手先の器用な職人だったから、無理言って作ってもらったんだよ』 『この曲は?』 ここで老婦人は初めて不思議そうな表情を見せた。 『知ってるのかい?』 『ハニー…ワイの嫁はんが、息子を寝かしつける時に歌うんや』 『おやまぁ』 老婦人が、それは嬉しそうに破顔した。 『他にも知ってる人がいるとはねぇ。あたしも母親によく歌ってもらったんだよ。どうしても忘れられなくてね、旦那に無理矢理作らせたんだ』 ウルフウッドが笑った。 『えらい怖いなぁ』 『確かにちょっと怖かったかもねぇ。…そうかい、他にも知ってる人がいるんだねぇ…』 『ええ曲やな』 『わかるかい?』 『もちろんや。嫁はんも一番好きな歌やし。な、ニコル』 『うん!』 いつの間にか二人の側に来ていた小さな少年が、元気良く返事をする。 老婦人がしゃがんで少年を見た。 『おまえさんもこの歌が好きなのかい?』 『うん。ちっちゃい頃からいつも母ちゃんが歌ってくれたんだ』 『そうかい』 老婦人が立ち上がった。身長が自分の倍近くあるウルフウッドを見上げる。 『で、おまえさんの用事は?』 『いや…そのオルゴール、売ってほしかったんやけど』 曲に惹かれて話しかけたのだが、これは売り物ではないはずだ。 『カン違いしとったみたいやわ。初めて見るもんやったし、何やろかと思てな』 『何を探してるんだい?』 『誕生日のプレゼントなんや。今日が嫁はんの誕生日でな、ええもんないか思て』 『そりゃよかったね。今包むからちょっと待っとくれ』 さらっと言われてしまい、一呼吸置いてからウルフウッドが慌てた。 『ちょお待ちや、それあんたの大事なもんやろ』 『そうだよ』 『せやったら買うわけにいかんわ。他のもん見せてくれんか?』 『生憎他は全部売れなくってねぇ』 そう言うと、老店主はウルフウッドにウインクしてみせた。 『墓の中まで持っていくつもりだったけど、埋もれちまうだけなんてもったいないさね。大切にしてくれる人がいるなら、伝えていってほしいんだよ』 『…おおきにな。なんぼや?』 老店主が苦笑する。 『お代なんて取れるかい。嬉しい事があったからね。それで充分だよ』 ウルフウッドが頬をかく。 『なんや悪いなぁ…』 『なら、今度奥さんと一緒に遊びに来ておくれ』 言いながら老婦人は手際良く小箱を包装し、レースのリボンをかけた。そうしてウルフウッドに差し出す。 『おおきに。ミリィもきっと喜ぶわ』 『ミリィっていうのかい?可愛い名前だ。おまえさんみたいな旦那を持って、幸せだね』 ウルフウッドは小さく笑みを返した。 『父ちゃん、よかったね!』 2人のやりとりを黙って見ていたニコルが、嬉しそうに父親に話しかけた。そして老婦人に向き直る。 『おばちゃん、ありがとう』 『どういたしまして。坊やも一緒に来ておくれね。待ってるよ』 『うん!でもおれ坊やじゃなくて、ニコルだよ』 『ああ、ごめんごめん。じゃあニコル、またおいで』 『うん。今度は母ちゃんと一緒に遊びに来るね!』 『楽しみにしているよ』 老婦人がニコルの頭をなでる。その時彼女が浮かべた優しい表情が、ウルフウッドの目にはひどく印象的なものに映った。 いつの間にか、オルゴールのメロディは途切れていた。 ミリィは小箱の底のネジを巻き、再び流れ始めた曲に耳を傾ける。 「…この曲、私もお母さんに歌ってもらってたんです。とても優しい歌だから、今でも大好き」 ミリィはそっと小箱の蓋を閉じた。 「ありがとう、あなた。ね、そのお店、まだ開いてますか?」 「今日は遅うまでやっとるらしいで。おばちゃんも旦那に先立たれてからずっと1人やったらしいし」 「あの、今から行っても…いいですか?お礼、言いたいんです」 ウルフウッドは微笑んだ。 「ハニーやったらそう言うと思とった。ほな、行こか」 「はい!ニコル、行きましょ!」 「うん!」 ウルフウッドが先に立って歩き出す。その後を、ミリィはニコルの手を取って追いかけた。 雑貨屋を訪れた3人は、あっという間に老婦人と打ち解けた。すっかり話し込み、夕食までご馳走になる始末である。 だが、一人暮らしが長かったという老婦人はとても喜び、ミリィ達を本当の孫のように迎え入れてくれた。 また来ておくれ、と彼らを見送ってくれた老婦人の家を後にしたのは、とっぷりと夜も更けた時間である。 ウルフウッドに背負われたニコルは、すうすうと寝息を立てていた。 「すっかり遅くなっちゃいましたね。ニコルったらぐっすり眠ってますよ」 「ガキに夜更かしはきついわなぁ」 ウルフウッドは首をひねって背中の息子を見る。はっきりと表情までは見えなかったが、寝息は耳に届いた。 「ね、あなた。ニコルってちょっと甘えんぼですよね」 そら半分ワイへのあてつけや、とウルフウッドは思う。 「でもとっても優しいいい子です。あなたそっくり」 ミリィがウルフウッドに微笑みかけた。それを横目に、ウルフウッドは星空を見上げる。 「素直でまっすぐなところはハニーによう似とるで」 そうですか?とミリィが小首を傾げる。そして彼の視線を追うように、夜空を見上げた。 空には3つの月と、小さな星々が輝いている。小さなものから大きなものまで、様々な色と大きさの光が夜空を彩っていた。 「綺麗な星空ですね〜」 「せやな」 「ニコルももう少し大きくなったら、このくらいの時間まで起きていられそうですね。そしたらみんなでこの星空を見ましょうね」 「楽しみやなぁ」 ミリィは口元に笑みを浮かべる夫を見た。 「今日はありがとうございます、あなた」 「なんや、改まって」 「夕方はちゃんとお礼が言えませんでしたから」 「ハニーが喜んでくれたら本望やで」 「お礼、まだでしたね?」 「?」 ミリィが少しだけ背伸びをした。目を閉じて、ウルフウッドの頬にキスする。 「とっても嬉しかったです。ありがとう」 天真爛漫な笑みを浮かべるミリィ。対するウルフウッドは、少しばかり複雑な表情だった。 「どうかしました?」 「…ちょっとな、先越された気がしたんや」 「ええ〜、どうしてですか?」 「ま、ええわ」 「なんなんですか〜?気になりますぅ」 「後でゆっくり教えたるから、な」 ミリィはしばらく納得できない様子だったが、ウルフウッドがあれやこれやと言い訳したため、ようやく尖らせていた口を元に戻した。 「ちゃんと教えて下さいね。絶対ですよ?」 「わかっとるって。明日から忙しなるし、今日ははよ帰らんとな」 ここでようやくミリィはウルフウッドに笑顔を返した。 「家族揃って行くのは久しぶりですよね。みんな元気にしてるかなぁ」 ミリィは空を見上げた。おそらく孤児院の子供たちの事を想像しているのだろう。 彼女自身は仕事でなかなか孤児院を訪れる事ができないが、まとまった休みを取って出かける時は、その分一生懸命子供たちの世話をする。 その様子からミリィの朗らかさ、優しさも伝わるのだろう、子供たちは彼女にとてもよく懐いているのだ。 隣を歩くミリィと子供たちのむつまじい様子を見るたびに、ウルフウッドは穏やかな時間を、暖かな何かを感じていた。そしてミリィとの出会いを、彼女の存在をかけがえなく思うのだ。自分と共に歩む道を選んでくれた、心優しくもつよい意志を持つ1人の女性の存在を。 そんな彼女を見ながら、ウルフウッドもまた子供たちに想いを馳せる。 不意にミリィがウルフウッドの方を振り向いた。 「あ、そうだ。明日は出かける前に、先輩とヴァッシュさんが家へ挨拶に来てくれるそうですよ」 「そうか。ほな、今日の成果を聞かんとな」 「そうですね」 ウルフウッドが悪戯めかした口調で言うと、ミリィが楽しそうに応じた。 すっかり人気のなくなった通りを歩く2人を、夜空が見下ろしている。 月明かりとそれに混じった微かな星明かりの中、ニコルを背負ったウルフウッドとミリィは、揃って家路をたどって行った。 |
──了 |
シチュエーションに悩む事1週間(笑)、試行錯誤の末バースデーネタと相成りました。 自分で言うのもなんですが、ほのぼのウルミリ一家は書いていてすっごく幸せでした!!Jrのお名前がニコル君となったのは、詩島広海さんに影響されたためです(笑)。彼は外見も性格も父親似のちゃっかり者。愛敬があるのは母親譲りでしょうか?
この小説のイメージイラストをさがみさんからいただきました!
是非にこちらのウルミリ一家をご覧ください〜! |