「何故、止めた?」 あと一息、力がこめられていたならば、折られていたであろう右腕を押さえ、それでもなお全身に残る痛みを堪えつつ、ミッドバレイはその男に問うた。 室内に、他の人影はない。 『食事』を終えたレガートは既に姿を消している。 また、他のGUNG-HO-GUNSの者たちも三々五々散ってゆき、残されたのはレガートの魔眼から解放されたばかりのミッドバレイと、もう一人の人物のみだった。 ミッドバレイがレガートに意見した時、唯一、それを止めようとした男――ガントレットである。 彼はやや離れた位置から、ミッドバレイに視線を寄越した。 「…あんたが意見したからだ」 ミッドバレイが片方の眉を上げた。 右手の指を一本ずつゆっくりと動かしながら、嗤う。 「そういえば……あの時、敵に退けと忠告したのも、おまえだったか」 痛みは残っているが、思い通りに指が動くことを確認し、ミッドバレイは安堵の息をついた。 万一指が使えなくなっては、もはや彼自身に生きている意味はない。 ……いや、『あの男』の駒としての価値が失われるのだ。 そうなれば、残される道はただ一つである。 「敵じゃねぇよ」 呟くような声に、ミッドバレイが顔を上げた。 その視線の先にいた男は、異なる方向を見ている。 静かな様子であるにも関わらず、仮面の下に宿る瞳に、鋭い光が走った。 「俺の敵は、あの野郎だけだ」 呟きに似たその声は、しかし暗く深い何かを宿しており、それがこの男の隠し持つ本性を垣間見せる。 「…無益な殺生は性に合わんというわけか」 我知らず、ミッドバレイは自嘲の笑みを漏らした。 その耳に届いたのは、ひとつの問い。 「そうだといえば満足かよ?」 刹那、一見冷めた、けれども鋭い眼光がガントレットを射抜いた。 しかし、仮面で表情を覆った男は、それを気に留めるふうもなく、あらぬ方向を見やる。 「止めたかったから止めた。言いたかったから言った。そんだけだ」 「GUNG-HO-GUNSにしては珍しい。他者に干渉するなどとは、ずいぶん奇特だな」 珍しく棘の残るミッドバレイの言葉に興味を引かれたかのように、ガントレットは彼に視線を戻す。 「そういうあんたはどうなんだ?」 ミッドバレイは固い表情で、押し黙った。 「レガート様に意見した理由は、何だ?」 「…さぁな」 応えた直後、同じ口から低い呻き声が漏れた。 「どうした?」 「いや……」 大した傷ではないと踏んでいたはずの左腕に痛みを感じ、ミッドバレイは注意深く様子を見た。 ――折れてはいないらしい。 二度、三度と確認してみたが、それからは痛みが起こることはなかった。どうやら、一過性のものだったらしい。 しかし、しばらくは様子を見た方がいいだろう。 ――まったく、無様だな……。 やや俯いたまま、彼は自嘲の笑みを浮かべた。 互いに口を閉ざしたまま しばし無言の刻が流れる。 いつしか、おのおの物思いに耽っていた、その時。 「…何も…」 静寂を破った深いテノールが、広い部屋にかすかに響いた。 「何も感じなくなることを、怖れたのかもな」 「………」 不意に、ガントレットの瞳が和らいだ。…何かを思いだしたかのように。 「あんたは、生粋の魔人にゃなれねぇな」 「…どういう意味だ?」 「ヒトである事を捨てられねぇってこった」 一瞬の、沈黙。 「それはおまえも同じだろう」 「……いや……」 ぎらりと鋭いものがガントレットの瞳に走る。 「俺はあの野郎を殺すためだけに生きてるんだ」 おそらくは、狂気の色。 そして、これが唯一の敵と定めた男にのみ向けられる、ガントレットの生の証なのだろうか。 総てを捨てるほどの憎しみを持つ魔人。 それゆえに、この男は恐怖を抱くことはないのだろう。 ミッドバレイは、軽く息をついた。 ガントレットを見やるその瞳に、憧憬が入り混じっていたことに、彼自身は気づいていただろうか。 ――身を焦がすほどの感情をその身に内包していたならば。 ……おそらくは、自分も……。 |
──fin |
38000HITキリ番小説です。…リクエストいただいてから非常に時間が経ってしまって…本当にすみません(汗)。 実は今回のお題は「ミッドバレイとガントレットが何故GHGの中で戦友に似た絆を持ちえたのか」というものだったんですが……難しかったです〜! 本編で展開された楽師が死んだ前後の話が痛かったことも重なって(未だに読み返すのがつらいです、あの辺りは…(泣))、全然書けませんでした。 ごく最近になって、ようやく話の大筋がまとまり、何とか書き上げたんですが、楽師の芸術的口調は再現できませんでした(苦笑)。あの形容詞ってどこから出てくるんだろう…。 あの異能集団の中で、互いに他者への関心を持ち得たことが、きっかけになったのでは、と思ったんですが…いかがでしょうか。 |