TIME ゴーストタウン。 その名の通り、亡骸となった街。原因はいくつかあるだろうが、この星でまず考えられるのは、やはりプラントの影響だろう。 この街も例外ではないらしい。 街の規模は中の小、あまり広くはない。 街中に舞い上がる砂埃も、住民の存在があれば生活感に結びつくが、人気のない街ではそれはただの砂塵でしかない。 付近の民家に入ったヴァッシュとウルフウッドは、あらかた荷物のなくなった収納棚と、床に散った陶器の破片を確認した。室内にはうっすらと埃が積もっている。 ヴァッシュが破片のひとつを手に取った。 「…この家の住人が出ていってから、かなり時間が経ってるみたいだね」 「そこいら2、3軒もせやったな。こら間違いないやろ」 室内を一瞥しただけで、ウルフウッドは煙草に火をつけた。 その煙がヴァッシュの元へと流れてくる。何年もうち捨てられたその場所にたゆとう煙は、ひどく空しさを感じさせた。 「プラント、かな」 別方向の調査に向かったメリルやミリィと別れてから、二人は遠くからいくつか立ち並ぶ破損したプラントを確認していた。 すべてが大なり小なりひび割れ、傷ついており、中には外殻の一部がほぼ完全に失われたものもあったのだ。 「住人全部が移動せなあかんっちゅうたら、それ例外考えられんわな」 はっきりとした原因は今となってはわからないだろう。しかし、街が消えたのはプラントが失われたことに他ならない。 「…この家には子供がいたんだね」 ヴァッシュは陶器の破片を手にしたまま、部屋の奥に据えつけられた棚を見ていた。 ウルフウッドがその視線を追う。と、棚の中の埃を被ったぬいぐるみと目があった。 忘れられ捨てられた今でも、黒ボタンで作られた瞳がじっとこちらを見つめている。 「そいつは置いてけぼりやけど、子供は親が連れて行ったんやろ」 「うん。そうだね、きっと…」 不意に、ウルフウッドが身を翻した。 十字架を肩に担いだまま家の外に出ると、吸い終わった煙草を捨て、火種を踏み消す。そうして懐からもう一本の煙草を取り出し、火をつけた。 ──いちいち感傷的になりなや、うっとおしい。 心のなかで吐き捨て、現実には苛立たしげに煙を吐く。 彼が目の前で旧友を喪った瞬間を見た。外聞もなく泣きじゃくる姿もまた。 二年間の隠遁生活に終止符を打ち、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの証たる赤紅のコートを身にまとった時に彼が抱いたであろう決意と、その後の喪失。 守るべき戦いでいくつもの命が失われた。その灯火は二度とともされることはない。命の灯──魂は、永遠に失われたのだから。 そう簡単にヴァッシュの気持ちの整理がつくはずはない。それもわかっているつもりなのだが。 ──あんたらもいつかはあの砂だらけの土地で生きていかなあかんねや! あの時口にしたことは真実だった。しかし、正直言って直後にあのシップが落ちるなどとは、さすがのウルフウッドも予期していなかったのだ。 彼自身、この一件は既に割り切っているものだと思っていた。しかし、それはあくまで表面上のことだったらしい。 瞬く間に二本目を灰にすると、ウルフウッドはくわえていた煙草を一本目と同様に踏み消した。 視線を上げた先に、破壊されたプラントが見て取れる。この砂だらけの大地で、人が生活する上でなくてはならないモノだ。 これが停止してしまえば、ヒトは簡単に生活の基盤を失う。 都市でも田舎でも同じ事だ。人の生活にプラントは不可欠であり、失われれば立ち行かなくなる。──すなわち、死だ。 ウルフウッドはこの街で、その結果を見ているに過ぎない。 この星において、人は決して快く迎え入れられることはない。人が生きていくには過酷すぎる場所なのだから。 「…楽園、か…」 聖書に存在する聖地。人が犯した罪によって追われた故郷。あたかも現在の人そのものを指し示すかのようだ。 大陸を巡回している間に幾度か見たジオ・プラントを思い出す。限られた者しか住むことのできないオアシス。 その緑が広がる世界…。 ウルフウッドには想像もつかない。否、彼だけではないだろう。ジオ・プラントすら見たことのない者が、この星には大勢いるのだ。緑あふれる世界など、ありはしない。 話に聞いたホームですら、今この星で生きる人々にとっては、現実味を伴わない夢物語に過ぎないではないか。 「…アホらし」 誰に対するものともつかない呟きを発して、ウルフウッドは担いでいた白い十字架を地面に降ろした。それにもたれかかる様にして、新しい煙草に火をつける。 こういう時は吸ってもうまいと感じるわけではない。どちらかというと、気持ちを落ち着ける意味合いが強くなる。 ──街に誰もおらんのは、ほぼ間違いない。せやったら今後どうするか、や…。 地図によれば、付近の街へは二日もあれば辿り着けるだろう。車の燃料は残っているが、念のため予備を確保した方がいい。 当面の目標を定めると、彼は民家の中で未だにもの思いにふけっているらしい連れを呼び戻すべく、そちらへ足を向けた。 だが、建物に入る前に足を止める。 「トンガリ!使えそうなもん見繕うてくるから、先に戻っとれよ!」 姿の見えない相手に単独行動する旨を告げると、ウルフウッドはそれらしい燃料や部品の残っていそうな場所を探すべく、十字架を担ぎ直して歩き出した。 |
メリルはミリィと共に手際よく何軒かの民家や店を調べ、この街がかなり昔に放置された場所であることを確信した。 住人が残っている可能性が皆無であることを確認して、最初に取り決めた合流地点へと戻ってきたのだが、残る二人はなかなか戻ってこない。 待つ身にとって時間の経過は長く感じられる。 最初はおとなしくその場に待機していたのだが、メリルはどうしてもヴァッシュのことが気にかかり、ミリィと手分けをしてもう一度街を回ることにした。 さほど広くはない街である。行き違いになったとしても、すぐに戻ってくれば大丈夫だろう。 ミリィと別れたメリルは、街の高台にあるプラントに向かった。 街に入る前に、ヴァッシュがプラントの姿を悲しげに見つめていたことが、頭の片隅にはっきりと残っていたせいだろう。 彼女の予感は当たっていた。 高台で、壊れたプラントのひとつに寄り添うような背の高い影が、すぐに見つかったのだ。 彼はプラントに両手で触れて、その穏やかな瞳を閉じたまま、一人佇んでいる。 あまりに静かなその様子に、メリルは声をかけるタイミングを計ることができなかった。 彼はまるで祈っているようだとメリルは思う。…何を、いや、何に対して、だろう? 「…一人かい?」 姿勢を変えずに静かな声で尋ねられ、メリルはどきりとした。 ヴァッシュが目を開いて、驚きと戸惑いを隠せない彼女を見やる。とても澄んだ青碧の瞳だった。 メリルは即座に気を取り直して、ヴァッシュに小さく微笑みかける。 「ええ。あなたこそお一人ですの?」 「ん。ちょっとね」 彼の頬に浮かんだわずかな苦笑で、メリルは事態を理解した。おそらく短気なウルフウッドが、沈んだままのヴァッシュを見かねて別行動を取ったのだろう。 「…一人では、気持ちが沈んでしまいますわよ」 うち捨てられた街の、壊れたプラントの前で。こんな表情を浮かべられたら、どうすればいいのだろう。 「わかってるけど、ね。ちょっとだけ、ここに来てみたかったんだ」 静かに、とても静かにヴァッシュが言葉を紡ぎ出す。彼の視線は、メリルではなく壊れたプラントに向けられていた。 その様子に、ひどく寂しさを感じてしまう。 「どうしてか…お訊きしてもよろしくて?」 口にしてから後悔した。 ヴァッシュがここに一人でいるのは、ウルフウッドと一緒でないせいではないか。経緯はどうあれ、一人になりたかったからここへ来たのではないのだろうか? 「あの…」 前言撤回する前に、彼は答えを返してくれた。 「見たかったからだよ。遠目にも確認できたけど、きちんとこの目で見ておきたかったんだ」 …意味はよくわからなかったけれど。 メリルは数歩、彼に近づいた。 立ち止まって、ヴァッシュの視線の先のプラントを見つめる。 3基並ぶプラントの中で、もっともひどく破損しているものだった。他にもひび割れていたり、一部が砕けているものもあるが、これは上部の外殻が消え失せ、残りの外殻もヴァッシュの頭と同じ位置までしかなく、手を触れている部分にも亀裂が走っている。元は透明な外殻も茶色く濁り、中は判別できなくなっていた。 メリルはプラントから目をそらし、そっと傍らの人物を見上げてみた。 破壊され、機能しなくなったプラントから、ヴァッシュは何かを感じているようだった。見えぬ濁った外殻の外から、中の姿を見て取っているような…そんな気がする。 かけるべき言葉が見つからず、メリルはただヴァッシュの横顔を見つめていた。 ヴァッシュが目を閉じた。 一瞬の後に目を開けると、そっと外殻から手を離す。そうしてメリルに向き直った。 「遅くなってごめん。君の相棒は?」 少し元気がなかったが、それでもヴァッシュは普段通り話しかけてくれた。 メリルは内心ほっとする。 「ええ、ウルフウッドさんを捜しに行ってますの」 「あいつもまだ戻ってないのかぁ。何か使えるもの探すって言ってたけど」 「でも、見つかりますかしら…街の人がここを出てからずいぶん時間が経っているみたいですし、何も残っていないような気がしますわね」 「ま、何かあれば見つけてくるんじゃないかな」 ふと、ヴァッシュが顔を上げた。 メリルも背後を振り返る。 ──音色…? メリルはヴァッシュの方を見た。 「ヴァッシュさん、今…」 「ああ、聴こえる…」 微かではあったが、楽器の音色が響いていた。何度も聴いた覚えがある。彼女の一番好きな、そして得意な楽器の音。 「パイプオルガンだね」 ヴァッシュは音の源を確認するように目を細め、傍らの女性を見下ろす。 その視線を受けながら、メリルは驚きを隠せなかった。 教会にオルガンはつきものである。だが、設置には金がかかる。おのずとオルガンは街と呼ばれる地域にしか置くことはできなかった。 街の規模と信者の数によって、オルガンの規模も変わってくる。都市のディセムバは人が集まるだけあって立派なパイプオルガンが教会に据えつけられており、その性能も折り紙付きだ。 この街ならば、本当にシンプルなものが設置されている程度のはずなのだが。 「そうですわ。…しかも、ここまで聴こえるなんて…この規模の街で置かれているものとは思えませんわね」 余程信心深い者がいるのか、或いはオルガンを好む好事家でもいたのだろうか。 「…うん、でも音が響いてくるのは人がいないせいかもしれないな」 その少し寂しそうな声に、メリルは我に返った。眼前の青年は少しだけ微笑んで、街を見やる。 「弾いてるのは、ウルフウッドかな」 「そう、なりますわね。ミリィは弾けませんもの」 演奏者があの黒服の青年ということに、メリルは二度驚いた。 彼の職業を考えれば、当然といえるかもしれない。だが、あの青年とオルガンを演奏する人物が何故か一致して考えられない。 けれど。 耳に届く音色に、いくつかの気持ちが感じられた。曲調の静けさと内に秘められる強さ、そして哀しさを。 もとより曲の持つ雰囲気もあるだろう。しかし、楽器は演奏者の心のうちをそれは見事に奏でてくれるのだ。時には自身の知りたくないことまで、明確に返してくる。 確かにこれはミリィではありえない。たとえオルガンを扱えたとしても、あの娘はこんなふうに弾くことはできないだろう。 「どこか…悲しそうですわね」 ヴァッシュは頷いた。そして、目を閉じる。 「…ヴァッシュさん?」 ふと不安を感じ、メリルは彼の名を呼んだ。 しかし、ヴァッシュはすぐに青碧色の瞳をメリルに向けて、穏やかに笑いかけた。 「そろそろ行こうか。少し待ってれば、二人とも戻ってくるだろうしね」 |