I wonder...?



 そろそろ日差しが強くなり始める正午前。
 ミリィはメリルと共に溜まっていた書類を片づけていたのだが、お昼が近くなったので、街へと一人買い出しに出ていた。
 手軽に食べられるサンドイッチや飲み物、そしてデザートを選び終え、急ぎ足で宿へと戻ろうとしていた彼女の視界に、オープンテラスの下で、ぼんやりと煙草をふかしていたウルフウッドの姿が映った。
 ミリィは思わず顔を輝かせる。
 両手で荷物を抱えたまま、彼の名を呼ぼうとした、その時。
 ウルフウッドが店の奥へと顔を向けた。
 直後、店内から飛び出してきた娘が、彼に駆け寄る。
 頬を上気させた娘と二言三言、言葉を交わしたウルフウッドが、嬉しげな、けれど意外そうな表情を浮かべた。
 腰を浮かしかけた彼に、娘が抱きつく。頬に口づけられたウルフウッドは、照れくさそうな笑みを浮かべると、彼女を抱きしめた。
 一陣の風が吹き、ミリィの髪を揺らす。
 頬にかかった自分の髪の感触で我に返ったミリィは、その場で回れ右をすると、何も言わずに駆けて行った。


 さほど広くない部屋の中で、紙にペンを走らせるかすかな音と、タイプライターのキーを叩くリズミカルな音が聞こえている。
 簡単な昼食を終えた二人は、すぐに仕事に戻った。少し気を抜くと提出書類が溜まってしまうのだが、このペースなら、今日中に全て片づくはずである。
 メリルはタイピングの手を止めると、傍らの書類をまとめて立ち上がった。そして、同じテーブルで報告書の草稿を書いているミリィの手元を覗き込む。
 メリルは彼女の肩を叩いた。
「ミリィ」
「え…と、はい、何でしょうか?」
「これ…書式が違っていますわよ」
「え!?」
 メリルの指摘に、ミリィは慌てて書類を見直した。
 …確かに、間違っている。彼女は報告書を書いているのであって、調査票を書いているわけではない。しかもご丁寧に申請者の名前と住所が逆になっており、改めて読んだ文章は誤字脱字だらけである。
「す、すみません!!えっと、用紙用紙…」
 ミリィは急いでテーブルに置いてあった書類ケースから別の用紙一式を取り出し、机に広げた。
 と。
「…それは罹災証明ですわよ」
「…あ、れ…」
「ちなみに報告書の用紙はこれですわ」
 メリルはおもむろにミリィのすぐ左脇にどけられていた紙束から、一組の用紙を取り出した。
 …確かに、表書きにはミリィの文字で「報告書用紙」と書かれてある。
「す、すみません…」
 うなだれる後輩の姿に小さく溜息をつくと、メリルは彼女に微笑んだ。
「お茶にしましょうか?」


 普段、仕事の合間の息抜きには、眠気覚ましにコーヒーを飲む二人だが、今日は何故か机に広げた書類をすべて片づけて、メリルは紅茶を用意した。昼前にミリィが買い込んできたクッキーも用意して、本格的なティータイムとなっている。
 仕事の時は仕事に集中、をモットーにしているメリルがこういう行動にでれば、今日の仕事は終わりである。ミリィはわけのわからないままに、メリルの淹れた紅茶を一口飲んだ。
 まろやかなミルクティーである。普段より甘いのは、砂糖を少し多めに入れたせいだろう。身体が温まり、ミリィはほっと息をつく。
 そんな彼女を見やり、メリルが静かに問いかけた。
「何かありましたの?」
「あ、いえ。大したことじゃないんです」
「大したことがないようでしたら、あれほどミスを連発しないでしょう。書類をそのまま送っていたら、コレですわよ」
 メリルが空いている手の人差し指を立てると、頭の横で突き出して見せた。
 それが上司のツノを意味していることに気づき、ミリィが目を丸くする。
「先輩、それひょっとしてお門違いですか?」
「おかんむりですわ」
「そう、それです!」
「意味が全然違いましてよ、ミリィ」
 えへへと照れ笑いを見せる後輩に、メリルも小さく笑みを返す。
「まぁ、それはともかくとして…何か気にかかることがあったんじゃありませんの?帰ってきてから心ここにあらずでしたわよ」
 ミリィの視線が膝へ落ちた。
 ひどく元気のない様子の後輩に、メリルの心をふと疑念がよぎる。
「…ウルフウッドさんのことかしら?」
「え、ど、どうしてですか!?」
「語るに落ちましたわね」
 思わず顔を上げたミリィにこう言うと、メリルは身を乗り出した。
「で、一体何をされましたの?」
「…は?」
「まったく、牧師という職にありながらとんでもない男ですわね。ちょっと目を離すとこれですもの。一度きちんと話し合っておくべきでしたわ」
 言いつつも、メリルは今にもデリンジャーを取り出さんばかりの様子である。
 ミリィは慌てて否定した。
「あの、先輩、違うんですよ!」
「別に庇う必要はありませんわよ。大切な後輩のあなたに何かあれば、私がきちんと当事者と話をつけるのが当然ですわ」
「だから違うんです!その、何かされたとかそんなんじゃなくて…」
「…あら、違いましたの?」
 せっかくあの男を懲らしめるチャンスが来たと思ったんですけれど、というメリルの呟きは、ミリィの耳には届かなかったらしい。
「えっと…あのですね」
 やや逡巡していたものの、誤解を解かなくてはならないという思いにかられたせいか、ようやくミリィは重い口を開いた。
「…牧師さんが、街の女の子と一緒にいたんです」
 そして、先程の出来事を簡単に話す。
「別に、牧師さんが女の子と仲良くしててもおかしくないですよね。この街でお友達ができたんだと思いますし。…なんか、ヘンですよね、私。別に牧師さんが女の子と一緒にいたから、どうってわけじゃないはずなのに」
 ミリィの話に黙って耳を傾けていたメリルは、彼女が口を閉ざすと、静かに話しかけた。
「ねぇ、ミリィ」
「…はい」
「その女の子のことを、ウルフウッドさん本人に尋ねてみましたの?」
「…いいえ…」
 俯く彼女に、メリルはやさしく微笑んだ。
「何も訊かずにこうしているなんて、あなたらしくありませんわよ、ミリィ。気になるようでしたら、きちんと尋ねてごらんなさい」
「………」
「ミリィ?」
「…自分でも、ヘンだなって思ったんです」
 カップを満たす液体を見つめながら、ミリィが小さな声で言葉を継いだ。
「あのとき声をかけなかったのは、お邪魔しちゃ悪いなって思ったからなんですよね。牧師さんが部屋に戻ってきたのは知ってますし、休憩したときにでもちょっと訊いてみれば、って思ったんですけど…わざわざ訊くのもヘンかな、とか。ひょっとして話しにくいことだったら、訊いちゃまずいかなとか…そんなこと考えてたら、仕事も手につかなくなっちゃいまして…」
 ミリィの声が小さくなり、やがて途切れてしまった。
 しばし待ってみたが、彼女が口を開く気配はない。
 メリルはテーブルの上で、軽く両手を組んだ。
「気になることは、知るまで落ち着けませんわよ、ミリィ」
「………」
「ここでじっとしていても、ウルフウッドさんのことはわかりませんわ」
「…はい…」
「好きなら、はっきりさせていらっしゃいな」
「は……え!?」
 ミリィが思わず顔を上げる。真っ赤に頬を染めた後輩に、優しい眼差しを向けながら、メリルがそっと微笑んだ。
「あなたの質問なら、ウルフウッドさんも答えを誤魔化したりはしませんわよ。行ってらっしゃいな」


 メリルに勧められてやって来たものの、ミリィの足はウルフウッドの部屋の前で止まってしまった。
 どう、切り出せばいいんだろう。
――この街にお友達がいたんですか?とか…。
 巡回牧師なら、色々な街を回っているだろうし、この街にだって来たことがあるのかもしれないと思う。
 扉が開いた。
「あ」
「お?」
 ドアノブに手をかけたまま、ウルフウッドが立っていた。
「あ、えーと、お出かけですか?」
 先に我に返ったミリィが問いかけると、ウルフウッドは曖昧に頷いた。
「ああ、タバコ切らしたんで、買いに行こか思てな」
「あ、そうなんですか。じゃ、あの…お邪魔してすみません」
「…ちょお待ち」
 ウルフウッドの手が、取り繕うような笑みを見せて回れ右しようとしたミリィの手をつかんだ。
「邪魔もなにも話もしてへんで。どないした?」
「いえ、あの…ちょっとお訊きしたいことがあったんですけど…」
「何や?」
「え…っと…」
 改めて訊き返され、ミリィは二の句が継げなくなった。
 先程考えた質問をしてみようと思ったのだが、いざ本人を目の前にすると、言葉が出てこなかったのだ。
 ウルフウッドはしばらくミリィの質問を待っていたが、切り出し方を迷っているらしい彼女の様子に、肩をすくめて小さく笑った。
「中入り。ここやと話しづらいやろ」


 二人でウルフウッドの部屋に入ると、彼はミリィに椅子を勧め、自分はベッドに腰を下ろした。
「で、何や?」
「…えっと…」
 普段と全く変わらないウルフウッドの様子に、ミリィは視線をさまよわせる。
 ――気になることは、知るまで落ち着きませんわよ。
 頭の中で、メリルの言葉が渦巻いた。
 ミリィは頭を上げると、ウルフウッドの顔を見る。
「あの」
「ん?」
「牧師さんって、この街にお友達がいるんですか?」
 ひとつ決意を持てば、彼女は強い。
 しっかりと相手の目を見つめながら、ミリィは問いかけた。
「…友達?」
 ウルフウッドが意外そうな表情で、その言葉を反芻する。と。
「ああ、ベッキーのことか?いや、あれは友達っちゅうより…」
 ここでウルフウッドは言葉を切った。そして、真剣な眼差しのミリィをちら、と見やると、思わせぶりに言葉を濁す。
「もっと親しい関係やねんけどな」
 ふと、ミリィの視線が揺らいだ。
 ――あれ?
 ウルフウッドは正面に座ったままだ。自分は椅子から動いていない。
 なのに、何故か。
 ――遠くなった気が、した。
 しばしの沈黙。
 先に口を開いたのは、ウルフウッドだった。
「ハニー?」
「…はい」
「どないした?」
「え?」
 やや訝しげな彼の問いかけに、ミリィが小首を傾げる。
「何かヘンですか?」
 ミリィを見つめていたウルフウッドは、眉根を寄せると、少しだけ困った顔をした。
「牧師さん?どうしたんですか?」
「いや、そらワイのセリフなんやけど」
「別にいつもと一緒だと思いますけど…」
 声も変わっていないし、痛いところも苦しいところもない。
 …強いて言うならば、ぼんやりしてしまったような。
「でも、さすが巡回牧師さんですね!こんな街に親しいお友達の方がいるなんて。ここにはよく来るんですか?」
「…いや、この街に来たんは初めてなんやけど…なぁ、ハニー」
「はい?」
「昼間、ウィックルっちゅう店の前におらなんだか?」
「あれ、よくご存じですね〜。実は買い物帰りに通りかかって。そう、あの時、牧師さんが見えたんで声かけようと思ったんですけど」
「誤解や」
「へ?」
 ウルフウッドは頭をかいた。そして、バツが悪そうに苦笑する。
「違うんや。あいつが抱きついたトコ見たんやろ?あんな、あのコはベッキーいうて、孤児院にいた子やねん」
 ミリィは大きく瞬きをした。
「働き口見つけて出て行ったんが…もう二年ほど前になるか。まさかこないなところで会えると思わんかったから、ワイもえらい驚いてなぁ。けどあっちも驚いたらしゅうて、つい昔のクセで抱きついてきよったダケや」
「…孤児院…ですか?」
「言うなれば家族、妹みたいなモンや」
「…妹…」
 ぽつりとミリィが呟く。
 ウルフウッドは、笑ってウインクしてみせた。
「ワイがハニー以外の女に目移りするはずないやろ」
「…へ?」
 きょとんと彼を見返すミリィに、ウルフウッドは苦笑する。
「ま、ちゅーワケや。にしてもホンマに驚いたわ。たった二年で背も伸びとるし、すっかり娘らしゅうなっとってなぁ…。孤児院におったときは、どつきあいの喧嘩しとったもんやけどな」
「…そうなんですか?」
 ウルフウッドの言葉が意外に感じられ、ミリィは聞き返した。
 確かにウルフウッドに抱きついていたものの、あれは身内への親愛の表現だったろうし、男の子顔負けの喧嘩をするようには見えなかったのだが。
「よぉ相手泣かせとった悪ガキやったで。仕事先で客どついてへんか心配やったんやけどな」
 当時を思い出しているのだろう、窓の外を見つつ、ウルフウッドが笑った。懐かしげに、優しい表情で。
「よかったですね」
「ん?」
 彼女の言葉に我に返ったらしく、ウルフウッドが彼女を見やる。
 ミリィは微笑んだ。
「元気そうで…お仕事頑張ってるんじゃないですか?」
 ああ、とウルフウッドは頷いた。嬉しそうな笑みのまま。
「そうらしいわ。いつか自分の店持ちたい言うとった。今働いて金貯めとるらしい。…ヘンな話やけど、あのコ見とるんがちっと照れくさいんや」
「嬉しそうですよ」
「…そうか?」
「はい」
 元気に働きながら、夢を追いかける家族に再会できたということが、彼にとっては本当に嬉しかったらしい。
 以前、ミリィは彼から田舎に自分の育った孤児院があること、そこには今も子供達がいて、生活費の足しになればと仕送りをしているという話を聞いたことがあった。
 子供達の話をしているときのウルフウッドは、本当に嬉しそうに笑うのだ。
 その時に浮かべていた暖かくて優しい表情が、印象的だった。
 話を聞いているうちに、ミリィも幸せな気持ちになっていたのを覚えている。
 ──彼の浮かべた表情が、好きになっていたから。
「そうだ!今日はあのお店にみんなでご飯食べに行きませんか?」
 ミリィの思いつきに、ウルフウッドが破顔した。
「せやな、ハニーにも紹介するわ。ええ子やで」
「はい!お友達になりたいです」
 あの子も喜ぶわ、と笑うウルフウッドの様子にミリィもまた嬉しくなっていた。
 そして、夕方の約束をしながら、にっこりと笑みを返したのである。


──fin

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<あとがき>
 長らくお待たせしました(汗)。キリ番リクエスト小説です。
 お題は「やきもちを妬くミリィ」だったんですが…どうもストレートにやきもちを妬く彼女が想像できなくて、こういう話になりました。
 ひょっとしたら、牧師にもこういう再会をした家族がいるんじゃないかな、と思えまして。
 かなり久しぶりのウルミリですが、書いていて楽しかったです〜。珍しくメリミリもありでしたね(笑)。
 それから、タイトルについて。色々考えたんですが、なかなかいい物が浮かばなくて、ふと気が付くと最近好きになったアーティストの曲のタイトルになってました(笑)。最も、意味はかなり違うんですけれど、響きがいいなぁと思ってます。