Human system



  田舎町の午前は、静かに過ぎていく。
  まともな大人たちは労働にいそしんでいるし、年かさの子供たちは学校に行っている。
 飲んだくれの活動開始時刻は午後と相場は決まっているから、町は極めて静かな……
 「ああっ、おっさん何するんだよっ」
  ……静かなものであるはずだった。
 「おっさん……って僕のことかな?」
  旅人であろう赤いロングコートを着た青年が気弱な笑みを浮かべながら自分を指さすと、地面になに
 やら描いていた黒髪の少年は思いきり首を縦に振った。
 「おっさんが歩いたから船の端っこ、消えちゃったじゃないか!」
                                                                サンドスチーム
  青年が足下を見下ろすと、なるほど確かに砂蒸気 とおぼしき物体が乾いた土にうっすらと見て取れる。
 「サンドスチームか……上手に描けてるね」
 「おっさんが消したんだぞ」
 「悪い悪い。お詫びに僕も手伝おうか?」
  憤然とくってかかっていた少年は青年の一言にからりとした笑みを見せた。
 「ほんとー? ならおっさんはこっちの端からねっ」

                                            ・   ・   ・  サンドスチーム
  ああでもないこうでもないと立派な砂蒸気 を描き上げると、青年は雑貨屋で二人分のアイスクリーム
 を買い求め、少年に一つ渡した。
 「いつも一人で遊んでいるのかい?」
 「チャーリーとマリーは学校だし、おじちゃんおばちゃんは仕事だし、母ちゃん会社行ってるし…きょうは
 さ、ディセムバから母ちゃんの友達が来るんだって! しばらくうちに泊まる、って言ってた 」
 「そうか…」
  アイスクリームを頬につけながら、勢いよく少年はしゃべる。
  本当にうれしそうなその姿に、青年は目をすがめる。
 「おっさんはさ、見たことない人だけど、なんかこの町に用でもあんのか?」
 「僕、まだおっさんって呼ばれるほどじゃ……」
 「ボクから見たらおっさんだよ」
  …就学前の子供に言われてはまったくその通りである。
  はは、と力無く笑う青年に、少年はもう一度用事は何かと聞いた。
 「……この町の教会はどこにあるのかな…」


 「先輩、お話はうれしいんですけど……」
  ベルナルデリ保険協会支社の一角でミリィ・トンプソンは笑みを浮かべた。
 「そうですわね…当然ですわよね……」
  答えるとメリル・ストライフはコーヒーカップに口を付けた。
   ヒューマノイドタイフーン
 「人間台風 ヴァッシュ・ザ・スタンピードの24時間監視とリスク回避の任」という難事に二人が就いてい
 たのは数年前のこと。
  彼女たちがはずれたあとは数人の人物が担当になったものの、いずれも次々と転任を訴え…それは
 そうである。人当たりは良いもののいささか突拍子、時としてどこにいるのか見つけることすら困難、と
 いう人物と付き合うにはそれなりの覚悟があっても大変である。
  従ってベルナルデリ保険協会本社としては歴代最長のヴァッシュ担当者であるメリルに再任を要求し、
 メリルはミリィを相棒とすることを上層部に要求したのである。
 「違うんです、先輩。あの人のことでヴァッシュさんを嫌いになったりとか、そういうワケじゃないんです。
 あの子をきちんと育て上げるまでは、旅には出られないなぁって……そう、思うんです」


  少年を肩に担ぎ上げたまま、青年は教会の扉をくぐった。
  細身の割に「おっさん」は力があるらしい。
  赤いロングコートの肩に子供が乗った姿は奇異に映るのか、道行く町の人々が残らず振り向いたもの
 だが、少年からすればいつもより高い景色を見ることがうれしくて鼻歌まで飛び出してしまったくらいであ
 る。
 「でさ、教会に何の用があるのさ」
  床に飛び降りた少年が見上げると、青年は少年を肩に乗せていたときとは異なる表情を浮かべた。
 「友達に、会いに来たんだ」
                                                     か  お
  眼鏡を上げる仕草で、すぐにその表情は分からなくなったが。

 「すごくイイ奴だったのにね。……僕にもっと力があれば、死なせずにすんだのかもしれないのに」
 「母ちゃんと同じようなこと言うんだな。おっさんは」
 「おっさんじゃないって」
  情けなげな笑顔を浮かべるその指先が触れているもの。
  白い布と黒いベルトに覆われた十字架。
  教会の片隅におかれた異形の十字架に青年は迷うことなく近づき、母と同じように愛おしげに触れる
 のだ。
 「母ちゃんもさ、そんなこと言ってた。大好きな人を守れたかもしれないのに、って」
  子供もまた、十字架に近付き、青年の手のはるか下に手を添えた。
 「でもさ、母ちゃん言ってた。大好きな人と、一緒に楽しい時間を過ごせた、それだけで十分だ、って。
 その人の形見が近くにあるだけで、うれしい、って」
 「そう、だね…」
  青年は静かに涙を流していた。

 「だーもぉ、おっさんいい歳こいて何泣いているんだよ」
 「いやぁ恥ずかしいところを見られちゃったなぁ」
 「でもさ、そうやって会いに来てくれて、友達もうれしがっていると思うよ」
 「そうだと、いいね」
  笑いながら教会の外に出ると、弁当売りが店を広げる準備をしていた。
  そろそろ昼時。二つの太陽も沖天にさしかかっている。
 「もうお昼だ。家帰ってご飯食べなきゃ」
 「そうだね。僕も、もう行くよ」
 「えっ、行くのかよ、おっさん」
  まだ遊び足りない、と言外ににおわせながら少年は青年を見上げた。
 「うん。先を急ぐんでね」
 「おっさんに神のご加護がありますように」
 「……君にも、ね」
  青年は軽く目を見張り、優しく笑いかける。
 「一つ、頼まれてくれないかな」
  少年の目線までかがんだ青年は、その小さな掌の上にネジを一つのせた。
 「これを、ミリィ・トンプソンという人に渡して欲しいんだ。渡せば、わかるから」
 「母ちゃんに? いいけど。自分で渡せばいいじゃないか」
 「あわせる顔が、ないんだ」
  立ち上がり、再び眼鏡を押し上げると青年は笑った。
 「坊や、頼んだよ」
 「坊やじゃない! ニコル・トンプソンだ!」
  ネジを握りしめるニコルの前で、眼鏡を外して青年はゆっくりとほほえんだ。
  ニコルが初めて見る、彼の本当の笑顔。
  ホライズンブルーの瞳がひどく印象的で、少年は彼の行く姿を見つめたまま、動けなくなった。


 「母ちゃん、お帰り!」
  家を飛び出してきたニコルに、ミリィの隣を歩いていたメリルは目を丸くした。
 「本当に……よく似てきましたわね」
 「そうなんですよぉー。母親ながらびっくりしちゃいますよぉ」
  かがんでニコルの黒髪をなでながら、ミリィが笑う。
 「ねぇ、母ちゃん。今日あった変なおっさんがこれ、母ちゃんに渡してくれって」
 「それはどんな人だったのぉ?」
 「赤いコート着た背の高いおっさんでさ、教会につれていったんだ。友達に会いに来た、って言ってた」
  指先でネジをもてあそんでいたミリィがニコルの言葉に顔色を変えていく。
 「先輩、大変ですよ」
 「言われなくても大変ですわよ、ミリィ」
  メリルと立ち上がったミリィが顔を見合わせる。
                           パニッシャー
 「ヴァッシュさん、十字架のネジを持ってきてくださったんですよ」
 「パニッシャー、ってウルフウッドさんの?」
                                               あ       れ
 「これ、見てください。私時々パニッシャーの整備をしているんですけど、ネジが一つないんですよ。使う
 分には差し障りのないところなんですけどぉ…」
 「その部分に一致するネジということですのね。でも実際にそのネジとは……」
 「違うかもしれません。でも、それでもヴァッシュさん、持ってきてくれたんですよ?」
 「……そうですわね。あの人なら、きっと…」
  メリルは穏やかな笑みを浮かべた。
 「先輩っ、私、先輩の話、お受けします。ニコル、母さん一寸教会に行って来るね」
 「ちょっ、ミリィ、一体何を…」
     パニッシャー
 「十字架を持ってきます。一緒に、連れていきたいんです」
 「ニコル君はどうするおつもり?」
 「先輩、旅の中でも子供は育てられますよぉ。先に家に入っていて下さいぃ」
  元気な声とニコルを残し、ミリィの姿は教会の方へ消えていった。
 「……まったく、あの子は…」
  苦笑するメリルのケープの裾をニコルの手が引いた。
 「ねえ、メリルおばさん。どうなるの?」
 「ニコル。私はまだおばさんと呼ばれるような歳ではありませんわ」
 「おっさんと同じようなこと言うんだなぁ。まったく」
  ニコルの言う「おっさん」の姿を思い浮かべ、メリルがくすりと笑う。
 「旅を、するんですわ」
  メリルもまたかがんで、ニコルの顔を見つめる。
  黒い髪、灰みがかった黒い瞳、とうに亡い男の面差しを残す幼い顔。
 「あなたと、私とミリィで、ヴァッシュさんを追いかけるんですの。大変だけど、楽しい旅になりますわ。きっ
 と」
 「じゃあ、ずっと母ちゃんと一緒なんだね」
 「そういうことに、なりますわね」
  夕陽を背に、メリルはニコルを促してミリィの住む家へ向かう。
  すぐには見つからなくても、きっと彼に会えるはず。
  会えたら、彼はどんな反応を示すのかしら。
                                                  フ ィ フ ス ・ ム ー ン
  空を見上げると、大穴の空いた五番目の月が、静かに人の営みを見下ろしていた。


  夢は、終わらない。
              つい
  たとえ潰えたかに見えても、終わることはない。
  場所を、時を越え、世代が変わっても、引き継がれ行く。
  人というものが存在し続ける限り。


                                                          ──了

「ネジ」990320-21up


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<あとがき>

 実は、これが私が初めて描いたTRIGUNパロディ小説です。
 アニメ版終了後約6年。23話での発生事項を前提にしています。
 しかし、アニメ版ベースなのに…書いたとき、2話目まで見ていたっけ…?(少なくとも、3話に出てくるフランク・マーロンの存在を知らなかったのは事実)
 少なくともそのとき知っていたのは、無印(徳間版)全3巻、マキシマム1・2巻、同人誌が5冊、アンソロジーが1冊…あとは長山を問いつめまくって話の骨子を固めたという…よくやるよ。我ながら。
 そんなわけで、最終話まで見てしまった今となっては、大きな間違いに気づかざるを得ないわけで…
 でも修正する気はありません。書いたときの気持ちがいっぱい詰まっているものだし。
 きっとですね、パニッシャーとあのコートを一緒に持って帰ってきたんですよ。最終話のあとで。そう思ってください。ハイ。
(どうも私、あの赤紅のコート込みで「ヴァッシュ・ザ・スタンピード」という人物を認識しているようです…)

 もう一つ。ヴァッシュの瞳の色を「ホライズンブルー」と書いていますが、これは意図的な間違い。ホライズンブルーは「瓶覗(かめのぞき)」というごくごく薄い水色で、実際のヴァッシュの瞳の色を表すなら 「青碧(ターコイズブルー)」になるはずです。
 実際の色彩より語感の方を優先させたので、こうなったわけです。

 掟破りのオリジナルキャラクター、ミリィの息子ですが。
「ニコラス」とつける勇気がなくて「ニコル」になりました。
「父親譲りの外見と母親そっくりの笑い方」という裏設定はどこへ行ったのやら…

 かなり早い段階で書き上がっていたのにも関わらず、upする時期が遅れたのは、私が「ルビを何とかつけたままにして欲しい」と要求したからです。
 本当、最初から最後まで長山さんにお世話になりっぱなしで…本当にありがとうございます。

 しかし、この話「ウルミリ書いて!」という長山の要求がきっかけなんだよねぇ。
 どこをどう転がせばこうなるのやら…