あの光景




例えば
おとんが息子を肩車していたり

例えば
おかんが娘のために、洋服を作っていたり

例えば
子供達が屈託なく他愛ない遊びに興じていたり

そんなごく平凡な光景を見るとな
胸の奥がきゅーっとなるんや
息がやけに苦しうなる
喪失感……ちうんやろか
目の前が霞んで
とおの昔に諦めたもんを
いやがおうにも思い出すんや


……アア、記憶ノ奥ノアノ光景ハ
タダノ幻、夢ダトイウノニ……


そいで同時におかしゅうなるんや
こんな自分があの光景を眺めるなんぞ
なんちう、けったいな話やろう
ドブ泥にまみれ、血に汚れて生きてきたワイには
決して手に入らないあたたかな光景
見つめてなんになるっちうねん


目ノ隅ヲ通リ過ぎテク
タダソレダケノモノ
タダソレダケノモノナノニ
頭ヲ離レヨウトシナインヤ……


ああ、胸の奥がきゅーっとする。
なんでやろ?
なんてことない光景やのに
なんや目が離せへん
吸いたないタバコに火ぃつけて
無理に意識を反らさなければ…………!


胸ガ痛イ
胸ガ痛イ
胸ガ痛イ
胸ガ痛イ
胸ガ痛イ
胸ガ痛イ


サングラスかけて、口元に笑み浮かべた。
全ては闇の向こう側。

センチメンタルなんぞ
やっぱワイには似合わんわ。

陳腐な幻想はタバコとともに踏み消した。





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