詩島広海
乾いた風が、舞っていた。 先をゆくトンガリ頭は笑っていて、その隣でちっこい保険屋の姉ちゃんが、これまた楽しそうに笑ろとった。 二人きりの時はちっこい姉ちゃんの方がやたらつんけんしているのに、全然とげとげしさのない笑みでヴァッシュの隣にいるもんだから、なんや見とるこっちの方がうれしくなってくる。 「父ちゃん、早く来いよ」 不意に二人の前にあらわれたガキが、こちら側に呼びかける。 小さな、男のガキ。 見覚え…? 「父ちゃん、ったらさぁ」 トンガリとちっこい姉ちゃんを背中にひかえ、ガキが呼ぶ。 父ちゃん…? ワイにはガキはおれへん(絶対いないのかと問われると、自信がないが)。 でも、あの顔は… 「あなた。早く行きましょう」 背中をハニーの手が軽くふれた。 「母ちゃん、遅いよぉ〜」 「ごめんね〜」 黒髪のガキが、ハニーに抱きつく。 せや。あれは、ワイの子供や。 ハニーと、ワイの間に生まれた… |
夜明けには、まだ時間がある。 一時のまどろみがもたらした夢。 かなうはずのない、かなえてはいけない夢。 聖職者でありながら嘘を紡ぐ口と血にまみれた手を持つ自分には、ふさわしくない風景。 それでも… 「牧師さん…」 軽く髪を梳いてやると、寝ぼけ眼の彼女が呼びかけてきた。 「まだ夜は明けへん。もうちょい寝とり」 はい、という小さな応えのあと、すぐに健やかな寝息が聞こえる。 「なぁ。もし何もかも終わって、ワイが無事で、あんたがワイのこと許してくれたら…」 指に絡む長い髪。無邪気なほほえみ。女性としては大ぶりだが柔らかく優しい手。 「さっきの夢、ホンマにしたいなぁ」 誰も知らなくていい。かなわなくてかまわない。ただ… 今だけは、夢を見ることぐらい、許してくれ。 夜明けには、まだ少し時間がある。 裸でシーツにくるまる彼女の着替えを取りに行ってやろうと、音もなくウルフウッドはベッドから降り、上衣を羽織った。 「すぐ戻ってくるから。な、ハニー」 天には穴を穿たれた月。 夜明けは、まだ遠い。 夜が明ければ、夢は…… |
fine
991010 |