side by side 「今すぐ引導わたしたるさかい」 ドンと一発。 指先一本でマガジンに残った薬莢をイジェクトし、次の銃弾を送り込む。 その間かかる時間はコンマ以下数秒。 立て続けに響く銃声に、立ち上る硝煙の匂い。 いままでそこに蠢いていた命の気が、薄れて、消えた。 死体を見下ろす瞳は無感動だった。 口元に、自然に笑みが浮かんだ。 …何も感じない。 口元に浮かんだ笑みは自嘲の笑みだった。 何も感じない事。 今更にそんなことに気づいた事がおかしかった。 瞬間、その身が翻り、銃口が別な方向に向けられてぴたりと止まる。 「誰や!」 誰何の言葉がその後に続く。 銃を持つ手が怯んだ。 鋭かった眼差しに動揺が走り、身体中の汗腺が開いて汗が噴き出す気がした。 「アンタ…」 いつからそこにいたのかと、いつから見ていたのかと、問いただしかけて、異様に口内が乾いて言葉にならない。 恐れるでもなく、悲しむでもなく、怒るでもない、驚いているようなまんまるの目をしてミリィがそこに立っていた。 血の匂いが、漂った。 その足元に死体が転がっている。 この男を今、殺したのだなと、初めて実感した気がした。 銃を下ろしてガチリとセーフティをかける。 そして無造作にジャケットの内側に仕舞い込む。 するべき、言い訳の言葉などない。 言い訳をする気などもない。 さすがの彼女も気づいたろう。自分と彼女とでは住む世界が違いすぎるのだと。 百の説明より、一発の銃弾の方がなんと雄弁な事か。 そして、なんと簡単だった事か。 こんなに呆気ないのかと、おかしくて笑いたくなった。 (これでえかったんや) くるりと、ミリィに背を向け、ウルフウッドは思った。 |
「――ですッ!!」 ミリィの悲鳴のような声にぱっと目が覚め、飛び起きた。 隣のミリィもほとんど同時に、自分の声に目が覚めたようだった。 その額をわずかに汗で湿らせて、荒い息にその肩を上下させている。 (……今のは) 夢だったのかと、パジャマ姿で隣にいるミリィに思った。 いまさらな夢だった。 何度も、諦めようとして、それでも彼女が欲しくて、そしてこの手を取ったんじゃなかったのか。 「…どないした?」 ウルフウッドが、かすれた声で尋ねた。 「怖い夢でも見たんか?」 「あ…。いえ。よくわから、ない。です」 そういって、それから、ふるふると頭を振った。 「違う、やっぱり、怖かったです。私をおいて…」 ミリィが隣にいるウルフウッドの存在を確かめるようにその手を伸ばした。 とっさに、その手をさけて飛びのく。 ミリィが驚愕に目を見開いた。 「あ。いや…。その、ワイは…」 言い訳しようのない行動をとっさにとってしまったウルフウッドが慌てて言い訳を口にしかける。 彼女を手に入れたからといって。この手の汚れが清められた訳でも、過去の罪が許された訳でもけしてないのだと、あの夢が自分に告げているような気がした。 忘れるなと。 自分は人殺しなのだと。 ミリィが、がばっと、ウルフウッドに抱き着いた。 「ハ、ハニー?」 「いやな、夢を見ました。あなたが、私を置いていってしまう夢」 「それは…」 同じ夢を…。見ていたはずはない。 あれは、ただの夢なのだから。 「すごく、怖かったんです。何も言わずに、あなたがどっかに行ってしまうかと思って」 声が震えていた。抱きしめられている胸のあたりがとても熱い気がした。 「ハニー…、いや、ミリィ」 何度も、諦めようと思った。 それでも諦められなかった。 この、血にまみれた手が彼女を汚して、後戻りの出来ないところまで引きずり込んでしまう恐怖より、あの時は彼女を失う事の方が怖かった。 そうして、この手を取ったのだから。 「ワイなら、ここにおる。安心し」 そっと、その頭を抱き寄せて軽くその髪にくちづけをする。 ミリィがちょっと離れて、そしてウルフウッドの顔を見上げた。 少し、目が赤くなっていた。 「どこかに、行っちゃったりしませんか?」 「大丈夫や。あんたに黙ってどこぞに消えたりなんぞせんから」 「本当に?」 「そんなに信用ないんか? ワイ」 「信用なんか…。できません」 ミリィが少し、すねたような顔をしていった。ウルフウッドがそれを見て、少し笑った。 「どうしたら、信用してもらえんのやろな?」 …目を閉じれば。 簡単に思い出す事ができた。 漂う硝煙の匂いを。 立ち上る血の匂いを。 乾いた風を突き抜ける、銃声を。 その身体に手を回しかけてわずかにためらい、そして、思い切り抱きしめる。 (どうしたら、信じる事ができるんやろな) この腕の中に、今、彼女を抱きしめている事を。 |