starlit night 濃紺の夜空に君臨する月達の下、いくつかの建物が黒々とした影を道に伸ばしている。とうの昔に日は落ち、田舎町の時間感覚で言えば、すでに深夜といってもいい時間。風だけが吹き抜ける路地、影から影へと渡るように、ひとりの男が歩いていた。 建物の狭間差した月明かりに、艶のない黒髪と鋭い双眸が浮かび上がる。男のまわりには、夜の闇以上に濃密な漆黒が漂っていた。たとえばそれは野生の獣にも似た、ピンと張りつめた空気。 ニコラス・D・ウルフウッド、それが彼の名前であった。 足音も立てず移動していたウルフウッドの耳が、何かを捕らえて立ち止まった。 青みがかった灰色の瞳が、砂塵にまみれた古い教会を映し出す。 影と静寂が支配するこの街で、まるで地上の星のように光を放つ窓が、そこにあった。 「ジングルベール、ジングルベール、すっずが鳴るぅ〜」 砂糖菓子のような歌声が、明るい光と共にこぼれてくる。少々音程の怪しい、けれどとても暖かな、人を誘う声音。 「……子どもみたいやなぁ」 歌声を耳にし、小さく呟いたウルフウッドの口元が、やんわりとほころんだ。 張りつめていた空気が弛緩し、途端に夜はいつもの穏やかな闇を取り戻す。窓からは相変わらずソプラノ・ヴォイスが軽やかに流れてくる。 疲れていた筈の足が、その声に引かれて軽くなる。ウルフウッドは緩んだ口元をそのままに歩調を早めた。外套の裾がひるがえり、次の瞬間彼は暖かい光のあふれる室内へと足を踏み入れた。 「あ、お帰りなさーい」 パッと振り向いたミリィが、ほんわかした笑顔を浮かべる。クリーム色のパジャマの上に、オフホワイトのカーディガンを羽織った格好で、彼女はぺたりと床に座り込み、何かを縫っていた。 「あ、そのまま続けて構へんよ」 こちらの様子を気にしているミリィを制し、上着を脱ぐと椅子の背にかける。ライトの明かりに照らされ蜂蜜色に輝くミリィの頭越しに覗き込むと、彼女は羽のはえたちいさな人形を製作していた。 「クリスマスツリーの飾りなん?」 「はい、天使さんですよ!」 かわいいでしょ? と小首をかしげるミリィに近づき膝を折る。彼女の足元の箱には、ちいさな人形や光るボール、リボンで飾られた鈴などが大量に入っていた。 「もうすぐ、クリスマスですから。これ、みんなと一緒に作ったんですよ」 「ほうか、上手いもんやな」 少々いびつで、いかにも手作りといった雰囲気のそれらが、高価な既製品よりもずっと綺麗にクリスマス・ツリーを彩ってくれることは、間違いなかった。 嬉々とした表情で、天使を仕上げているミリィを見れば、尚更に。 「完成〜!」 出来上がったばかりの天使を掲げて、はしゃいだ声をあげるミリィ。その素直な表情が、愛しかった。ウルフウッドはミリィの背中から腕を回し、彼女ごとそのちいさな天使を抱きしめた。 「ニ、ニコラスさん?」 未だにこういったことに慣れないのか、少々慌てたような口調でミリィが自分の名を呼ぶ。それがくすぐったく感じられ、ウルフウッドは小さく笑った。 「さっき、歌うたってたやろ? もいっぺん、聞かせて欲しいんやけど」 「ええっ、外まで聞こえてました〜!? わたし、音痴なのに〜!!」 恥ずかしいのか、じたばたと暴れだした彼女を抱きすくめる。あまりにミリィが可愛くて、子猫のように腕の中に閉じ込めて離したくないと思った。 「そないなこと、ない。温くて、ずっと聞いていたい思うような、歌声やった」 太陽のように激しいわけではなく、月のように冷たいわけでもなく。 闇に瞬くちいさな星のように、どうしようもなく懐かしい優しさで。 いつだってミリィは、ウルフウッドを癒してくれる。 そのことに、きっと彼女は気付いていないけれど。 「あんたの歌、ワイは気にいっとる。好きやなって思う」 「う〜。ホント、ですか?」 「ホンマホンマ」 顔を赤くして尋ねるミリィに頷きながら、心の中でそっと付け加える。 声も、髪も、瞳も、ミリィを構成するもの全てが好きだと。 「じゃあ……」 最初はためらいがちに、だが徐々におおらかに、暖かな旋律が紡がれ始める。甘く優しいそれに耳を傾けながら、ウルフウッドは腕の中の天使を見つめていた。 |
──fin
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