隙 間 頭に霞のかかった状態で朝の授業二時間分を消化した刹那は、次の体育に備えて早々に体操着に着替えると、一番乗りで廊下に出た。 途端に盛大な欠伸が出たが、止める気も起こらない。 体育の前に木陰でちょっと眠ろうかと思いを巡らした時、明るい声が降ってきた。 「ずいぶん大きな欠伸だわね」 階段の上から、未来の笑顔が覗いている。 彼女も体操着に着替えている事に気づき、ようやく刹那は次の体育が合同授業だったことを思い出した。 同時に再び欠伸が出そうになったが、今回は何とか噛み殺す。 「やぁね、そんなに眠いの?」 しかし未来にはお見通しだったらしく、呆れ顔で階段を駆け下りてきた。 「昨日徹夜だったんだよ」 「ひょっとして、永久君が風邪でも引いたの?」 「違う違う。昨日ゼットが来てただろ?」 「あ、そういえば」 地上が平和になって以来、ゼットはちょくちょく刹那や未来の所へ遊びにやってくる。 未来は昨日用事があったので、顔を合わせただけで帰ってしまったのだ。 説明するのも億劫だったが、刹那はゆっくり言葉を継いだ。 「テレビゲームを見つけて、遊びだしたのが運の尽き。魔界にはああいうものがないって大喜びでさ、一晩中格闘ゲームに付き合わされた」 「……一晩中?」 「何本かあったし、対戦ものは一通り。あいつ負けず嫌いだから終わらないんだよ……」 コマンド操作を覚えるまでは適当に遊んでいるのだが、いざそれを終えると本気のバトルが始まるのだ。 元来こういうゲームと相性が良いらしく、ゼットの腕は見る間に上達した。が、普段から遊び慣れた相手に勝つのはやはり難しかったらしく、負けると即座に再戦を挑まれる。 刹那が手を抜くのを嫌がるので、双方ひたすら真剣勝負が続くのだ。 いっそ一人でアクションゲームなりロールプレイングゲームを遊ばせれば良かったのだが、なまじ最初に対戦格闘を選んだのが失敗だった。 対戦ゲームに味を占めたゼットがパズルも含めて片端から刹那を付き合わせ、呆れた永久がさっさと自室に引っ込んでしまった後も、延々とゲームの時間は過ぎて行き……。 「朝方になってようやく帰っていったけど、寝てる暇なんかなくってさ……」 完璧に呆れ顔の未来へ、言い訳するように刹那が言葉を濁す。 「で、当のゼットは素直に帰ったの?」 「帰りにゲーム機買うって言ってたな」 「魔界に電気なんてないでしょ?」 「だからデーバを一人連れてった」 「あ、そ……」 用意周到というか、何というか。 未来は手すりに寄りかかったまま肩を竦めると、彼の顔を覗き込んだ。 「それにしてもお人好しよね、刹那ってば」 「……永久にも言われた」 「でしょうね」 ま、そこが刹那らしいんだけど、と呟く未来の顔が小さく笑っている。 何もかもお見通しといった風情だが、あながち外れてはいないだろう。 「今日一日何とか頑張ってね。でも帰ったらちゃんと寝なさいよ」 「正直今すぐ眠りたいよ」 「あらあら」 幸い次は体育である。身体を動かせば眠気も幾分収まるだろう。 問題は、午後の授業だろうか。 給食の直後など、さあ眠れと言わんばかりのお膳立てなのだから。 結局、仮眠を取る時間もなく、刹那は次の授業へ参加することになったのである。 |
だが。 その後の授業に関して、刹那の心配は杞憂に終わった。 体育のドッジボールで避け損なった球が見事彼の頭にヒットし、保健室へ直行する羽目になったためだ。 おかげで刹那は放課後まで熟睡できたものの、目が覚めた後は彼を心配していた永久から、さんざんに叱られる結果となってしまった。 一方、事の顛末を知ったルシファーにゼットがお小言を食らったのは、少し後の話となる。 もっとも、悪戯好きな魔王がきちんと反省したのかどうか、定かではないが。 |
──fin
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