例によって休日のある日、ダークパレスへやってきた未来と刹那は、タイミング良く遊びに来ていたゼットも交えて父親とのティータイムを楽しんでいた。 話題は地上と魔界の違いだったはずだが、会話が進むうち、いつしかデビホン機能談議になっていた。 お手製のクッキーを頬張るゼットへ、その作り手である未来が問いかける。 「ね、ゼット。デビホンにはメール機能がないの?」 デビホンは地上で普及している携帯電話に比べて、やや大きめだ。 その名の通り電話機能を持っているが、他にヴィネセンターとつなげてデビルのやりとりができる。未来や刹那には必要不可欠なものだった。 しかし、メール機能などは聞いたことがない。 「ないね。大体、そんなもの必要ないし」 「メールを送れたら便利じゃない?」 市販の携帯電話を思い浮かべて問う未来に、ゼットは気のない返事をする。 「そうかなぁ。面倒くさいよ、いちいち文字を打ち込むなんてさ」 「でも、電話だけだと、相手の都合が悪い事だってあるでしょ。そういう時はメールがあると便利だと思うわ」 「けどさ、デビルがデビホンを覗き込んでメールのやりとりなんて見た目からしてヘンだろ?そもそもデビホンは使い手が少ないから、そういった需要がないと思うんだよね。話した方が早いしさ。刹那はどう思う?」 突然話を振られた刹那だったが、返答には時間を要しなかった。 「オレは別にどっちでもいいけど」 「あら、メールが使えたら便利じゃない」 賛成意見を得るべく未来は力説するが、刹那は肩を竦める。 「今のところ不自由してないな。大体地上の携帯とは互換性がないから、友達とメールのやりとりなんか出来ないだろ」 「……確かにそうだけど」 刹那の言うことは至極もっともなのだが、未来は不服そうだった。 「未来はメールが使えなければ困るのかな」 それまで聞き手に徹していたルシファーが会話に参加すると、未来はちらと父親の顔を伺い、ぽつりと呟いた。 「パパのメールが欲しくなったの」 ルシファーが軽く目を見開く。 刹那は意外そうな表情で未来を見やり、ゼットは楽しそうに笑った。 「成程ね。でもさ、ルシファーがデビホンを手にちまちまメールを打ってるとこなんて想像しにくいなぁ」 一瞬の沈黙の後、刹那と未来が吹き出した。 「確かに似合わない……」 「ご、ごめんねパパ」 口元を覆い、困った顔で未来が謝罪する。しかし、我慢しようとするものの、笑いはなかなかおさまらない。 刹那は顔を伏せたまま、楽しそうな笑いを漏らしていた。 一方で、発言した当人はけろりとしている。 ルシファーは苦笑を浮かべていたが、二人の笑いが収まるのを待った上で、改めて意見を述べた。 「残念ながら、デビホンにメール機能をつけることはできないだろう。だが、私もメールより電話の方が好ましいな」 未来が少し寂しそうな表情を見せる。 そんな娘に、ルシファーは優しく微笑んだ。 「電話ならば、直接相手の声が聞けるだろう。私はメールよりも未来の声が聞きたい」 未来の頬が赤く染まる。そして、満面の笑みを返した。 「そうね。私もパパの声が聞きたい!でも、お仕事の邪魔じゃない?」 「日中は執務に追われるが、お前達が帰宅する頃には一段落ついているよ。いつでも、かけておいで」 「ありがとう、パパ!」 喜ぶ未来は今にも父に抱きつかんばかりである。 そんな未来を見つめる少年が二人。 「何を見惚れてるのかな、刹那君」 「それはこっちの台詞だろ。嬉しそうな顔してるよな、ゼット」 「だって未来って可愛いじゃないか」 「……おまえ、ひょっとして……」 「さぁ?」 本心を伺わせない表情で、ゼットは紅茶を一口飲んだ。 |
ティータイムを終えると、未来はティーセットを載せたワゴンを厨房に返しに行った。 何故かゼット同伴だが、刹那は気にしないことにする。 気に掛ける必要に迫られた時は、むしろ父親が黙ってはいまい。 「刹那も私の番号は知っているな?」 「うん、前に教えてもらった。でもオレはいいよ。家にいると何だかんだで忙しいし、会いたくなったら直接ここに来ればいいだろ?必要になったらかけるからさ」 「そうか」 「それに」 刹那は扉の向こうへ姿を消した未来の笑顔を思い浮かべる。 「普段デビホンが必要なのは未来だと思うしさ」 「……そうだな」 刹那の言葉に、ルシファーは頷いた。 彼と未来が兄妹と判明したのは、最近の事である。しかし、すぐに互いの関係が変わるわけではない。 永久とのような間柄になれるはずもないし、未来とはまた違った兄妹になるだろう、と思うのだ。 今の未来に必要なのは、父親とのコミュニケーションなのだろう。 「ね、父さん」 刹那の呼びかけに、ルシファーが顔を向ける。 「やっぱり娘って特別?」 ルシファーはセツナに視線を向け、くすりと笑う。 「お前も未来も、私の大切な子供だよ」 父親の答えはくすぐったかったが、刹那の心に暖かな安らぎを与えた。
──fin
|