ある日の昼下がり。 学校から帰った刹那は、自宅のマンション前で、後ろから追いついてきた未来に呼び止められた。 「刹那、ちょっと聞きたいことがあるの」 「何?」 未来の様子から、魔界での話になると察した刹那は、彼女を自宅へ招き入れた。 叔母夫婦は今日も遅いはずである。 永久はまだ帰っていなかった。が、話の途中で帰ってきても、差し障りはないだろう。 「アイスランドの盗賊団を覚えてる?」 椅子に座るのももどかしく、未来は開口一番に用件を切り出した。 「もちろん。危ない所を助けて貰ったんだ」 「じゃ、リーダーの女の子を知ってるわよね」 「ダイアナのことか?」 未来は頷いた。翳った表情がその内面を伺わせる。 刹那はアイスランドでの出来事を回想した。 |
さらわれた永久を追って魔界へ向かったものの、セントラルランドで突然捕まった刹那は、アイスランドの牢屋に囚われたのだ。 しかし、偶然にも同じ牢に捕らわれていたダイアナたちの手引きで、脱獄することができた。 その後、彼女はヘルを倒した刹那を匿い、正体不明の追っ手から逃がしてくれたのである。 この時の追っ手が、未来だった。 未来は大魔王に化けたアゼルに騙され、もう一人のデビルチルドレンを追っていたのだ。 |
「……私、あの時、彼女を倒したの。刹那を庇ってくれた事を知らなくて、バトルになって……。あの後も何度かアイスランドの隠れ家へ行ったけど、もぬけの空だったわ。可能性が低いのはわかってる。でも、何かひとつでも手がかりを見つけたくて……」 俯いたまま両手をきつく握りしめた未来の姿からは、悔恨が滲み出るようだった。 そして、刹那はようやく事態を悟る。 アイスランドでダイアナを捜しても見つかるはずがないのだ。 「生きてるよ」 刹那の言葉に、未来が勢い良く顔を上げる。 「本当!?」 「ああ」 「良かった……」 未来の肩から力が抜けた。和らいだ表情から安堵の感情が覗く。 「どこにいるのか知らない?きちんと謝りたいの」 「OK。じゃ、喚んでみるか」 「え……」 刹那は未来を残して居間を出ると、自室からデビライザーを持ってきた。 移動しながらデビホンでヴィネセンターに連絡を取り、未来の待つ居間に入ると同時に床に向かって引き金を引く。 「ちょ、刹那!」 デビルを召喚する魔法陣が床に描かれ、光を放つ。 室内に満ちた眩しい輝きが収まると、そこには一体のデビルが佇んでいた。 「珍しいワネ、どうしたの?」 小首を傾げて召喚主を見ているのは、赤い帽子をかぶり、緑の襟つきの赤いワンピースを着た、いちごフロストの少女。 刹那は未来を見やった。 いちごフロストの視線が不思議そうに彼のそれを追う。 ソファから立ち上がっていた未来は言葉をなくしていたが、二人の視線で我に返ると、一言だけ、呟いた。 「だ……ダイアナ?」 ふふ、といちごフロストの少女が笑う。 「久しぶりネ、未来」 「刹那の仲魔だったの!?」 目を丸くしたまま叫ぶ未来に、刹那は悪戯っぽい笑みを返した。 「あの後しばらく養生していてさ。会いに行ったら、力になってくれたんだ」 「そう……だったのね」 「黙ってて悪かったよ。オレもそっちの事情を知らなくてさ」 「ううん、無事だったなら、いいのよ」 答えると、未来は自分を凝視したままのダイアナに歩み寄った。 そして、頭を下げる。 「あの時は、本当にごめんなさい」 ダイアナは肩を竦めた。 「もういいワヨ。誤解も解けたし、無事だったんだしネ」 「ありがとう」 さばさばしたダイアナの様子には、恨みつらみは微塵も感じられない。 未来も、ようやく笑みを見せた。 「あの時、最後に綺麗な瞳だって言ってくれたでしょ。それが嬉しかったの。私の瞳の色はパパ譲りだから」 「パパ?」 「大魔王ルシファーよ」 「えええええ!?」 ダイアナは悲鳴に似た声を上げたが、彼女の驚きはそれだけでは終わらなかった。 「ちなみにオレの父さんでもあるんだけど」 「あ、あんたたち大魔王の子供なの!?」 完全に声が裏返っている。 勢い余って顔の形も若干崩れていたが、驚きの為か当人は気づいていないらしい。 驚愕としか言い様のないダイアナの様子に、刹那と未来は顔を見合わせる。 二人がデビルチルドレンだという事は魔界でも周知の事実になっていたが、父親が誰なのかは、さほど知られていないようだった。 実際、本人達がその事実を知ったのも、つい最近の事なのだが。 しかし、ダイアナの驚きはそれだけではなかったらしい。 きょとんとしている二人の様子に、ダイアナは深い溜息をついた。 先程の驚愕の波は通り過ぎたらしく、今は頭痛をこらえるように、右手の人差し指でこめかみを押さえている。 「……まぁ、とてつもない力を持つデビルチルドレンだモノ、親も並大抵のデビルとは思えなかったけど……大魔王の子供がどういう存在か、知らないのは当人たちくらいヨネ……」 「ダイアナ?」 「まーったく、あんたたちって放っておけないワネ!」 訝しげな未来に対し、ダイアナは軽く眉を寄せ、両手を腰にあてて肩を怒らせる。 「刹那」 「何だ?」 突然刹那を振り返ったダイアナの口から、意外な発言が漏れた。 「契約、解除してくれない?」 刹那の目が見開かれる。 しかし、ダイアナの顔を見るや、あっさりと提案を受け入れた。 「OK。今までありがとうな」 ダイアナは頷くと、大股で未来へと近づいた。 そして、状況が飲み込めずに戸惑う彼女の前で、宣言する。 「未来。アタシ、あんたに付いていくワ」 「え……」 「放っておけないモノ、あんたみたいな子」 ダイアナはわざとらしい仕草で肩を竦めて首を振った。 しかし、彼女の黒い瞳は、未来の赤みがかった茶色の瞳を捉え、小さく笑っている。 未来は二度、瞬きをした。 二人の様子を傍観する刹那へ向けて、ちら、と視線を寄越す。 刹那がウィンクを返すと、未来の顔に嬉しそうな笑みが広がった。 「……ありがと、ダイアナ。これからもよろしくね」 「ふふ。今後ともよろしくネ、未来」 そして、未来のデビライザーには、新しい仲魔が一人、増えることになったのである。 |
──fin
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