trick or treat 「trick or treat?」 玄関ドアを開いた刹那を出迎えたのは、ジャックランタンとジャックフロストのパペットだった。 一瞬状況が理解できなかった刹那は、その場で目を瞬かせる。 「……未来?」 「当たり」 パペットの向こうから、未来の朗らかな笑顔が現れた。 「なんてね、さっき声をかけたんだから、わかって当然よね」 両手のランタンとフロストを動かして見せる未来へ、改めて刹那は問いかける。 「……いや、それはともかくとして。今のは何だ?」 「ハロウィンの挨拶よ」 「ハロウィン?」 聞き慣れない言葉を反芻した刹那へ、未来は簡単な説明を加えた。 「ヨーロッパやアメリカのお祭りね。仮装した子どもたちが近所の家を訪問して、さっきの台詞を言うの。お菓子くれなきゃイタズラするぞって」 「へえ」 「で、近所を練り歩いてお菓子をもらって楽しむ日なんだって。ええと、確か本来は聖人を祝うお祭りらしいんだけど……あ、新年のお祭りだったかな? 何でも魔界と地上が繋がって、精霊や魔女が行き来できる日みたい」 ……つまり、精霊や魔女を祓う儀式を仮装をした子どもたちが代行している、という感じだろうか。 刹那は豆撒きを連想する。 実際には、死者の霊が訪れるという伝承も残っており、むしろお盆に近い行事であるらしいのだが、刹那がそれを知るのは後の話である。 「由来はわかったけど、なんで未来がそれをやってるんだ?」 至極もっともな刹那の質問に、未来は肩を竦めた。 「お祭りを教えてもらったのはいいんだけど、知ってる人がいないのよね。だからまずは刹那に知ってもらって、永久君も一緒にお祝いしようかなって」 「要するに騒ぎだいんだな?」 短くまとめると、未来はパペットの口を動かしながら嘆息する。 「身も蓋もないわねえ。ま、確かにそうなんだけど。折角だもん、仲魔たちも召喚してお祭りしない?」 提案する少女を見返し、ふと刹那は疑問を抱く。 こういう場合、未来はまず父親の元へ行くはずなのだ。 欧米の習慣であり、魔界と地上が繋がる日となれば、魔界に住む者の方が詳しいだろう。無論、話の出所はゼットに違いない。 日本で知られていない祭りなら尚のこと。 もっとも、魔界と地上が繋がるとなれば、厄介事も多々あるのかもしれない。 父親は仮にも魔界を統治する魔王である。祭りどころではないことも考えられる。 それに何より、自分を誘ってくれるのは、やはり嬉しかったりするわけで。 「そうだな、たまにはそういうのも楽しそうだ」 承諾した途端、未来は嬉しそうな笑顔を見せた。 「決ーまり!永久君はいつ帰るの?」 「そろそろじゃないかな、今日は特に用事もないはずだし」 「じゃ、すぐに用意を始めなくちゃ」 いそいそと玄関を出ようとした未来へ、刹那は苦笑を返す。 「あんまり驚かせるなよ」 「大丈夫。刹那だって平気だったでしょ?」 ……確かに可愛いパペット程度なら大丈夫なのだが。 一抹の不安を覚えたものの、敢えて刹那はそれを気にしないことにする。 そして。 「あ、未来。ちょっと待った」 声を掛け、刹那は一旦居間に向かった。 間を置かずに玄関へ戻ってくると、小首を傾げた未来が玄関に佇んでいる。 「ほら」 刹那はジャックランタンの手に飴玉を握らせた。 そうして、目を丸くする未来に微笑みかける。 「イタズラされちゃ、かなわないからな」 簡単に祭りの説明をしたものの、刹那がすぐに応じるとは思っていなかったのだろう。 未来は飴玉に視線を落とし、小さな呟きを洩らす。 「……刹那って、こういうところが油断ならないのよね」 「え?」 一瞬不穏な発言を耳にしたように感じたのだが、それを確かめる前に未来はくすくすと笑い出した。 「未来?」 彼女の顔を覗き込もうとした刹那へ、顔を上げた未来は全開の笑顔を返す。 「ありがと、刹那」 彼の心配を余所に、未来は心から嬉しそうに礼を言ったのである。 |
──fin
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