サークルゲートを抜けた先は、懐かしい空気に満ちていた。 視線の先には、鬱蒼とした木々の中に鎮座する、古びた神社。 地上である。 長袖の袖口からは冷気が染み込んでくる。ちらほら降る雪は寒さの象徴と言えるだろう。 しかし、今は七月である。夏の盛りにまずあり得ないこの現象は、魔界の影響を受けたものだった。 異常気象は相変わらずだが、原因は既に判明している。 まだ全てが終わったわけではない。 しかし、とにもかくにも、戻ってきたのだ。 「んー、やっぱり地上は落ち着くわね!」 未来は伸びをひとつして、勢い良く振り向いた。 「さて。行くわよ、ベール」 ヘルグリフォンへと成長したパートナーは、翼を軽くはためかせて問いかける。 「どこに?」 「学校。あの後何か起こってないか、やっぱり気になるもの」 言いつつ、未来は既に歩き始めている。 サークルゲートをくぐる前に話していた仲魔の補充というのは、どうやら口実だったらしい。 しかし、ファイアーランドでも大きな事件を経験したばかりである。 アイスランドに始まり、マーブルランド、サンドランド、フォレストランドを経て一度は地上に戻ったが、すぐにファイアーランドへ向かうことになり……。 ベールは魔界へ来てから色々な出来事に遭遇したパートナーの姿を思い起こした。 たまには、息抜きもいいだろう。 鋭い瞳に苦笑にも似た光を宿し、ベールは意気揚々と神社を出ていく未来の後を追った。 |
「未来ちゃん、ナイスタイミング!!」 自分の教室に入った未来を出迎えたのは、喜色満面のクラスメイトたちだった。 「やっぱり今やるべきなのよ」 「ちょうどいいよね」 「未来がいてくれれば怖いものなしだな!じゃ、さっそく行こう」 三人は未来を囲むように集まると、当人そっちのけで盛り上がる。 「ちょっと、一体何の話?」 ただ一人話の見えない未来の困惑に気づいた眼鏡の少女が、ようやく説明を加えた。 「あ、ごめん。あのね、合わせカガミって知ってる?」 「……合わせカガミ?」 言葉に不吉な響きを感じ取り、未来は眉をひそめた。 しかし、相手は楽しそうに話を続ける。 「ある時間にカガミとカガミをあわせて呪文を唱えると……オバケが出て来るんですって!」 彼女はショートヘアの少女と共に小さな悲鳴を上げた。 嬉しそうな悲鳴に未来の冷めた視線が向けられる。 「これからとなりの教室に行ってオバケを呼び出すんだ。原宿小学校最強の未来がいてくれれば、ホントに出てきても安心だよ」 帽子の少年が勢い込んで話を継いだ。 彼も興奮しているらしく、二人と未来の温度差には気づいていない。 無責任な信頼を寄せつつ、クラスメイトたちの顔は期待に満ちあふれていた。 この状態では、止めろと言っても聞かないだろう。 未来は溜息をついた。 「しょうがないわね。付き合うわ」 「ありがとう!」 「行こうぜ!」 「楽しみ〜」 四人が向かった先は、開かずの教室だった。 ついこの間未来がキュウビノキツネと戦い、聞くところに寄れば刹那がキングフロストと戦った教室である。 この遍歴から考えても、ただの教室であるはずがない。 「あれ、未来ちゃん。その子は?」 開かずの教室に一番乗りした短い髪の少女が、驚いた顔でベールを見ている。 ベールは学校に戻って来た時から未来の背後についていたのだが、クラスメイト達は合わせカガミの話に夢中で気づいていなかったらしい。 「最近家に来た大型犬よ」 言いつつ、未来は目配せをした。 一応事前にベールを説得しているとはいえ、犬扱いされるのはあまり気持ちのいいものではないだろう。しかし、これが一番無難な説明方法だった。 グリフォンは翼を持っているが、身体に沿う形で折りたたんでおけば、一応はごまかせる。耳の羽根も垂らせば大きな耳と見えなくもない。 多少無理はあるものの、固定観念と先入観によって『少し恰幅の良い大型犬』と言い切ることもできると踏んだのだ。 「噛みつかない?」 どうやら、未来の目論見は的中したらしい。 首を伸ばして恐る恐るベールを見る眼鏡の少女に、未来は苦笑を返した。 「平気よ、大人しいから。でもちょっと人見知りで、他の人にはなつかないの」 これはベールの主張である。余計な愛想を振りまきたくないという彼女の気持ちには納得できたので、未来も賛同した。 ついと首をそむけて明後日を向いたベールに、クラスメイト達はそれぞれ残念そうな顔を見せたが、すぐに目的を思い出し、早速全員が鏡の前に集まった。 眼鏡の少女は鏡の正面に立ち、懐から出した小さな鏡を胸の高さに持ち上げる。 帽子の少年が呪文を唱え始めた。 全員が神妙な顔で成り行きを見守る中、儀式が行われる。 記憶を頼りに帽子の少年が途切れ途切れの呪文を唱え終えた。 直後。 鏡がまばゆい光を放ち、何者かが鏡の前に出現した。 「きゃあああっ!!」 「嘘!?」 「出たー!!」 三人が口々に悲鳴を上げ、一目散に逃げ出す。もはや正体を見極めるどころの話ではない。 クラスメイト達の素早さに感心しつつ、未来は軽く腕組みをした。 半透明なそれはまだ実体化していない。しかし、これは紛れもなくデビルだろう。 「で、どうするの?」 気のない様子でベールが問いかける。 「どうもこうも、ねぇ……放って置くわけにはいかないでしょ」 「仕方ないわね」 「ありがと、ベール」 ベールは軽く息をついて臨戦態勢に入った。 未来も気を引き締める。 時を置かず、身構える二人の前に姿を見せたのは、どこか気の抜けた表情の、ひょろりとしたデビルだった。 デビルは首を左右に巡らし、口を尖らせる。 「あ〜、一緒に遊びたかったのに、みんなどこ行ったの?」 「え?」 意外な言葉に戸惑う未来へ、デビルは暢気な顔を向ける。 「ニンゲンがたくさんいるみたいだったから、遊ぼうと思ったの〜」 「……それは、残念だったわね」 肩透かしを食った感があったものの、悪意のないデビルの様子に未来も緊張を解く。 「キミは逃げないのね?」 「見慣れてるから平気なの」 「じゃ、キミと一緒に遊ぼうかな〜」 あまりにのんびりしたデビルの様子に、未来は思わず笑ってしまった。 「いいわよ。仲魔になる?」 「うん〜。ボク、キツネのナマモノ。よろしく〜」 「私は要未来よ。こちらこそよろしくね」 挨拶をしたキツネのナマモノは、そのままデビライザーに収まった。 「あっけなかったわね」 呆れ顔で双方の気持ちを代弁するベールに、未来は肩を竦めて笑う。 「ま、こんなこともあるでしょ。寂しがりだったんじゃない?」 言いつつ、教室の扉を開く。 と。 「未来、大丈夫!?」 「オバケは!?」 逃げたクラスメイト達が未来を取り囲んだ。 どうやら、教室の外で様子を伺っていたらしい。 彼らの剣幕に押されつつも、未来はとりあえず事実を述べた。 「だ、大丈夫。もう何もいないわよ」 子供達がおそるおそる教室を覗き込んだ。 未来の言う通り、開かずの教室には何もいない。 クラスメイト達は顔を見合わせ、しげしげと未来を見つめた。 「やっつけたの!?」 「すごい、さすが最強小学生!!」 「……あのね……」 彼らは口々に未来を褒め称え、大騒ぎを始める。 その様子に周囲の子供たちが集まり、あれよあれよという間に未来の武勇伝が広まってゆく。 何とか状況を説明しようとする本人の言葉に耳を傾ける者はなく…… 結局、この事件は要未来の原宿小学校最強伝説の一ページを飾ることになったのである。 |
──fin
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