smile 「クレプスリーと再婚する気はないの?」 第三の試練で全身に負った火傷の痛みは相変わらずだったけど、ようやく少しだけ物が考えられるようになった時、見舞いに来てくれたクレプスリーから、バンパイアマウンテンに残るかもしれないという事を打ち明けられた。 その時は先のことまで頭が回らなかったけど。クレプスリーの話を思い出していた所に、偶然エラがやって来たのだ。いつもならクレプスリーと思い出話に花を咲かせる事が多いけど、その時は部屋にぼく一人しかいなかった。 だからかもしれない。 突然、彼女にこんな事を尋ねてしまったのは。 もっとも、クレプスリーにこそまだ訊いてなかったけど、これまでの二人の様子を見ていると、有り得ないことでもないような気はしていた。 第四の試練まであと一日。本当は、次の試練の事を考えなくちゃいけないはずだけど。 ぼくの質問に、エラは面食らったようだった。 半死半生の病人が、いきなりこんな事を言い出すなんて思ってもみなかったんだろう。 彼女はじっとぼくの瞳を見つめて、静かに口を開いた。 「何故そう思うの?」 意外にも、エラは即座に否定しなかった。 相手にされないんじゃないかと思っていたのに、エラは怒るでもなく無視するでもなく、淡々と聞き返してきたのだ。 「質問したのはぼくが先だよ」 それに気を良くしたわけじゃないけど、何より答えが知りたくて、返答を急かす。 エラは少しばかり肩をすくめて、あっさりと言った。 「答えは”いいえ”よ。次は私の番ね。何故そう思ったの、ダレン・シャン」 いつもと変わらない声なのに、答えを誤魔化せない、不思議な気配のようなものを感じた。 「何故って言われると困るけど…。二人で話してるといい感じだと思ったし。前にも結婚してたんでしょ?」 エラの表情が動いた。少し呆れたらしい顔だ。 「ラーテンが言っていたでしょう、バンパイアの結婚は人間とは違うのよ。大体、そんなことを気にしている場合?今の自分の状態がわかっているの?」 「わかってるよ。でも、痛みで考えをまとめるどころじゃなくてさ」 「そのくせ、こんなことが気になるの」 続けようとした言葉を先取りされて、ぼくは口をつぐんだけど、少ししてから頷いた。 隠すことなんて何もない。ただ、そう思っただけだから。 エラが小さく吐息を漏らした。 そして。 「あの人の側は居心地が良すぎるの」 エラの髪が揺れた。さらりと落ちた髪をかきあげた時には、いつもの表情だったけど。 大きな声を出したわけでもなく、不機嫌な様子でもない。初めて会った時から、エラはいつも落ち着いているけれど、今の彼女はとても静かだと思った。 だからだろうか。 ――今も好きなのか、とは訊けなかった。 言うべき言葉がみつからなくて黙っていると、エラがおもむろに立ちあがる。 できるだけ眠っておきなさい、と言い残して背を向けた彼女に、もうひとつ、訊いておきたかったことに気づいた。 「じゃあ、最後に一つだけ」 「何?」 立ち去りかけていたエラが振り向く。 「もしもだけど。クレプスリーがプロポーズしたら、どうするの?」 エラはつまらなそうな顔で肩をすくめた。 「さっき答えたはずよ」 「……そうだね」 素っ気ない答えはエラらしかった。だから、話はこれで終わりだと思ったんだけど。 しばらくぼくの顔を見つめていたエラが、ふと笑みを見せたのだ。 「あなたが成人した後に、ラーテンが同じ事を言うのなら……そうね、考えなくもないけれど」 その意味を確認する間もなく、エラはさっさと出ていってしまった。 はぐらかされるんじゃないかと思っていただけに、それはひどく意外な言葉で。 クレプスリーとエラ、かぁ…。 最初は驚いたけど、案外似合っている気もする。この話をするとクレプスリーは素知らぬ顔で話題を逸らそうとするけど、それが逆に子供っぽくておかしいし。 ひょっとしたら、二人が一緒に暮らしているって可能性もあるのかもしれない。 つい笑った途端、身体のあちこちが痛んだ。少し、意識もあやふやになる。 ……どちらにしても、それを確かめるには、次の試練をくぐりぬけなくちゃならないんだけど。 目を閉じて、身体の力を抜いた。瞬く間に頭の中に霞がかかってくる感じがする。 痛みもましになっていたし、少しだけなら眠れそうだ。 そんな朦朧とした意識の片隅で、エラの浮かべていた笑みがどこか優しかったことを思いだしながら、やがてぼくは浅い眠りについた。 |
──fin
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<あとがき> クレさんとエラが別れた理由はこういうものだったんじゃないかなと思いました。 実際、クレプスリーの傍らは居心地がいいような気がするんですよね。 けれど、エラは戦いを求める性格だと思うので、安穏とした生き方を受け入れられなかったのではないか、と。 クレエラ好きです。5巻でこの二人が元夫婦だと知ったときは、もう嬉しくって!! 夫婦だった頃の話を、是非番外編で見てみたいです〜。 ちなみにこの話、思いついたのは5巻を読んでいる最中でしたが、猛烈に書きたくなったのは6巻の某シーンを読んだときでした…。 |