望みと願い バンパイアマウンテンの大広間では、そこここで議論する声がこだましていた。 議論、というのは正確ではない。大半のバンパイアの意見はほぼひとつにまとめられていたのだから。 ――試練に失敗した半バンパイアに死を、と。 確かに、第四の試練においてダレンが危険な状態だったのは事実である。正直カーダも、あのまま猪が突進していたならば、彼が助かったとは断言できなかった。 だが。 ハーキャットの介入は予想外の出来事だったのだ。 あれを試練の中断と取るならば、当然やりなおしを請求する権利があるだろう。 しかし、バンパイアたちは口を揃えてダレンの死を求めた。 それまでダレンを援護していた者たちも、手のひらを返して叫んだのだ。 「……だから、このままでは駄目なんだ」 カーダの唇から溜息にも似た声が漏れた。 何故、助ける方法を探そうとしないのか。過ちは正せば良いはずなのに、どうして、安易に死を求めるのだろう。 力を失うことは、即ち死へと繋がる。 力こそが是なのだという考え方に、カーダは反発を覚えずにはいられなかった。 誇りを持つことは大切だ。だが、自ら戦いを求めて死にゆく同胞の姿に対して、疑念を抱かずにはいられなかったのである。 いかなる時であっても、過ちが死と結びつくならば、バンパイア一族は自ら首を絞めていることにならないのか。 そして、幾度も問いかけてきた疑問への解答が得られる前に、『事態』が起こってしまったのだ。 もはや一刻の猶予もない。 カーダは唇を噛んだ。袋小路に陥りそうな思考を無理矢理抑えつける。 ――今は、ダレンのことだ。 事は一刻を争う。パリスの話と広間の様子からして、彼の死はほぼ確定だろう。 ガブナーやバネズが職をかけて試練の再挑戦を求めているが、聞き入れられる可能性は皆無に近い。 試練の会場でカーダに次いでダレンを擁護したエラでさえ、試練の失敗者への死を求めているのだから。 クレプスリーが年かさのバンパイアたちに話を聞いているものの、パリスが過去の例を引き出せない以上、そちらの見込みも薄かった。 クレプスリーは優秀なバンパイアだが、掟によって元帥たちの最終決断が下れば、ダレンを死の間へ向かわせるはずである。 ダレンを助ける方法はひとつしかない。 バンパイアの掟による死の運命から逃れ得る、ただひとつの手段。 カーダの目が、自室の棚にしまい込んでいた地図に向けられた。 今、この地図の写しを持ったバンパニーズたちが、ここバンパイアマウンテンの横穴に潜んでいる。ダレンを逃がした場合、鉢合わせする可能性も皆無ではない。 現在彼らが隠れている地点を避け、できる限り早くマウンテンを出るルートで、ダレンを外へ逃がす。 もし、バンパニーズたちと遭遇した場合は、ダレンをとらえればいい。 多くのバンパニーズに囲まれれば、まず逃げられないはずだ。ましてや、あの怪我である。 バンパイア一族が今置かれている状況を説明すれば、あの子なら現状を理解できるだろう。時間はかかるかもしれないが。 万一、最悪の事態に陥った時は……。 カーダはポケットに手を伸ばした。 服の上から伝わってくる硬い感触は、彼が常に身につけている得物のそれである。 計画に失敗は許されない。 そのために、どれほどの犠牲を強いることになっても後悔はしないのだ、と……。 カーダは静かに息を吐いた。 ダレンなら、大丈夫だ。バンパイアマウンテンから出てゆけば、逃げおおせる。それだけの力を持っている。タイミングが合えば、自分の計画がそれをバックアップできるだろう。 ――あの子が死ぬには早すぎる。 カーダはポケットから離した手を、地図へと伸ばした。 それをしっかり握りしめ、通路へ向かう。 ダレンの部屋へと向かう足取りには注意を払った。周囲へ気を配りつつ、逃走計画について頭の中で幾度もシミュレートを繰り返す。 自身の納得がいったところで、カーダは足を止めた。 囁くように話す声が耳に届く。 バンパイアマウンテンには珍しい、やや高い子供の声。 元来バンパイアには子供と女性の数は少ない。ましてやここを訪れるのは、大半が将軍職に就いている者である。成人男性の中に混じった少年のよく通る声は、それだけで彼の所在を知らしめるのだ。おそらく本人は想像だにしていないだろうが。 カーダは足音を忍ばせつつ、目的の部屋へと近づいた。 地図をしっかりと握りしめ、するりと中へ滑り込む。 室内にいたのは、ハンモックに横になっていたダレンと、その傍らに佇むリトル・ピープル、ハーキャットの二人のみだった。 他のバンパイアは皆協議中だ。今しかない。 「どうしたんだ?」 突然現れた彼に向けられた訝しげな少年の顔を見やり、カーダは静かに口を開いた。 |
──fin
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<あとがき> 6巻を読んで書きたくなったカーダの話です。 カーダがダレンを逃がしたことは、危険きわまりない選択だったはずですが、それを選んだ彼の葛藤もまた大きかったのではないかと思いました。 自身の手で殺めることになるかもしれない、それでも可能性に賭けてダレンを救いたかったのではないかと。 シーバーと話しながら、そしてカーダを糾弾したダレンが思わず涙を流したように、カーダもまたダレンを大切に思っていたはずですから……。 ああいう結末を迎えてしまいましたけれども、最後までダレンとカーダは互いが互いをかけがえのない友達だと思っていると、信じています。 |