──戦いが終わったら、どうするんだ? 何気なく尋ねた言葉だった。 色々な国を巡り、様々な戦いをくぐり抜け、生死を共にした仲間の望む未来図は、一人一人少しずつ異なるものだろう、そう思いながら。 けれど。彼は、即答しなかった。 遠くにそびえたつ山々を眺めながら、答えを探しているのかと思ったのだが。 彼は、隣に立つ少年に視線を向けた。 「……まだ、わからないな」 何故か、胸を衝かれたような気がした。 そんな自分の心を訝しみ、エルクは意識して少し大きな声を出す。 「なんか、やりたいこととかねぇのかよ?別に大したことじゃなくってもいいんだぜ。何かつくりてぇとか、遊びてぇとか、絵でも描きてぇとか」 ああ、と彼は笑う。 「そうだな…ククルと一緒にのんびりしたい。もう飽きたって音を上げるまで、ゆっくりするのもいいかな」 その笑みがあまりに澄んでいたせいだろうか。 エルクは彼──アークの姿が、そのまま消えてしまうような錯覚を覚えたのである。 |
「なぁ、シュウ」 「ん?」 簡易式ベッドに寝転がったエルクは、部屋の天井を眺めながら同室の男の名を呼んだ。 ここはシルバーノア艦内の一室である。乗組員は二人一組で一室があてがわれており、この部屋はシュウとエルクに割り当てられていた。 点検を終えた重火器を組み立てながらシュウが応じると、エルクは再び口を開く。 「…アークってさ、何のために戦ってるんだろうな」 シュウの手が止まった。銃を床に置いて、彼は顔を上げる。 その様子を察したエルクは、ベッドの上で身を起こし、あぐらをかいた。 「いきなりどうした?」 「ちょっと気になったんだよ」 エルクは先程の出来事を簡単にシュウに話してみた。 「戦いの終わりがすべての終わりみたいに考えてるんじゃねぇかな、あいつ」 「区切りではあるだろう。単にそこまで考えていなかったとは思わんのか?」 「ん…そうだよなぁ…」 エルクは先程のアークとの会話を反芻してみた。その情景を思い出す。 「…消えちまうような気がしたんだ」 シュウ片方の眉を動かした。意外だといわんばかりの仕草に、エルクがむっとした顔を見せる。 「今、どういう風の吹き回しだって思ったろ」 「口には出していないぞ」 「顔に出てんだよ」 「そうか?」 しれっとした表情が憎らしい。 エルクは口を尖らせたが、肩をすくめて気を取り直し、話題を戻した。 「シュウはあん時居合わせなかったからわからねぇと思うけど。なんか、あいつやけに静かだったんだよ」 「アークの落ち着きは今に始まったことでもなかろう」 「そうじゃねぇって!だから…」 エルクの言葉が途切れた。どこか居心地の悪そうな表情から、彼が話の切り出し方に迷っている事を察し、シュウは黙って待つ。 「…タワーからこっち、静かすぎねぇか?」 考えあぐねていたエルクだったが、結局、最後は単刀直入だ。 質問を予期していたにも関わらず、シュウが押し黙った。 時折、シュウは相手の質問を拒否する顔を見せることがある。 そんなときは、何を聞いても明確な解答が得られない。 それでも、後からきちんと説明してくれることは多い。──そう、自分のこと以外ならば、大抵は。 だが、エルクは今答えが欲しかった。 言葉を続けるには時間を要したが、それでも話しかける。 「気になるんだよ。あいつが何を考えてんのか」 ひどく気まずい空気を感じつつ、エルクが本音を漏らす。 「エルク」 「何だよ」 「…少し、待ってやれ」 「……え?」 思わぬ言葉にエルクの気勢がそがれた。 そんな彼に、シュウは静かに言葉を継ぐ。 「立て続けに多くのことが起こったんだ。さしものアークも普段通りというわけにはいくまい」 パレンシアタワーでの出来事を言っているのは一目瞭然だった。 エルクが口をつぐむ。 「…時間がないのはアークもわかっているだろう。だからこそ、信じてやれ」 諭す言葉には穏やかな説得力があった。 それは、彼らのリーダーを務めるアークに対する、シュウの信頼の証であるように思える。 昨日今日のつきあいではないのだ。彼の心境をわかると口にするのはおこがましいが、その気持ちを察することはエルクにもできる。 「なぁ、シュウ」 「何だ?」 「…あいつ、泣いてたのか?」 「わからんが……シルバーノアではその様子はなかったな」 そっか、と呟き、エルクは再び仰向けに寝転んだ。視界に映る天井の色は、周囲の壁のそれと変わらない。 シルバーノアを駆る、アークたち。 的確な指示と鋭い洞察力、力に満ちた声。 その裏で、彼は幾度の悲しみ、苦しみを乗り越えてきたのだろうか。 十六歳という年齢を感じさせぬほどに。 「それにしても」 いつの間にか、床に置いていた銃を組み立てながら、シュウが呟く。 「おまえがアークに心を許すことが出来て、安心した」 「……は?」 意外な言葉に、エルクは思考を中断した。そして、シュウを見やる。 シュウは唇の端に笑みを見せ、エルクに視線を向けた。 「どっからそういう言葉がでてくるんだよ」 「見ていれば自ずとわかるものだ。心配する仲間がいるんだ、アークも大丈夫だろう」 「…シュウもえらくマイペースになったんじゃねぇ?」 うまい反論が見つからず、エルクは負け惜しみのような言葉を返す。 「さぁな」 だが、シュウはさらりとそれを軽くいなすと、作業に戻った。 エルクはその様子を見るともなしに見つめていたが、やがてひとつ伸びをしてベッドを降りた。 「ちょっと出てくる」 「ああ」 シュウのいらえを背に、エルクは部屋を出ていった。 |
部屋を出て数歩のうちに、彼を呼び止める声があった。 「エルク」 声の主を見て、エルクは少しばかり意外そうな顔をする。 「アーク」 そろそろ夜も更けようかという時間だが、アークはまだ衣服を改めていない。 それを言うとエルクもそうなのだが、パレンシアタワーの一件以来、シルバーノアに乗る彼らは、皆出来る限りアークを休ませようとしていたのだ。特に心配性のポコが彼を見つけたら、強引にアークを部屋に戻そうとするだろう。 「今日は見張りじゃねぇんだろ?」 「ああ。今日はイーガたちに任せてる。君を捜してたんだよ。ちょうど良かった」 「オレを?」 「ちょっと話がしたくてね。いい風が吹いてる。外に出ないか?」 |
皓々と月が地上を照らしている。 夜の空気が大地を支配しているが、その闇は薄い。星の輝きを飲み込むほどの月明かりに照らされているためだ。 不思議な雰囲気だった。 「綺麗な月だな」 地面に腰を下ろしてぼんやりとその風景を眺めているエルクの耳に、隣に立つアークの声が届いた。 「ああ」 独り言のような言葉にエルクが短く応じる。 すると、アークは横目でエルクを見つめ、含み笑いをした。 「エルクは思ってることがすぐ顔に出るんだな」 「悪かったな」 「悪くなんてないさ。エルクらしいと思うよ」 「…どーゆーイミだよ」 口元に浮かぶ笑みのせいか、アークの言葉にからかいが混じっているように感じられ、エルクがむっとした顔を見せる。 その不機嫌そうな表情に、アークの笑みが苦笑に変わった。 「ごめん。怒らせるつもりはなかったんだ。…さっきのことで、少し話がしたかったんだよ」 「……」 「心配をかけたみたいだったからさ」 さらりと言ってのけるアークからは、先程の儚げな印象は見受けられない。立ち居振る舞いも、話す口調も、普段と変わらないように見えた。 「別に心配なんかしてねぇけど。らしくねぇって思っただけだし」 こうしてみると、先程の出来事自体、現実感のない夢だったようにも感じられる。 アークの姿は普段の彼そのものだ。 ──だが。 「無理する必要なんかねぇだろ」 アークから視線を外して、エルクは言った。 「エルク?」 彼の名を呼ぶその声に、驚きが含まれているような気がした。 だが、エルクは応えない。 目の前で大切な人を喪うこと。 無力な自分自身に歯がみするしかなかった時。 その苦しさを、痛みを、悲しみを。簡単に消化できるはずはないのだから。 夜風が頬に触れる。髪をなでてゆく。 昼間とは異なる静寂を感じさせる空気の中で、少しだけ、時間が流れた。 「…無理、とは少し違うんだ」 エルクがアークを見上げた。 アークの視線は前に向けられている。瞳に映るのは月明かりに照らされた夜の世界だが、その先に見えているものは、何だろうか。 「今はただ、目的を成し遂げたいと…そう思っているだけだから」 「アーク」 「いや、ちょっと違うな。そうじゃなくて……」 アークは瞳を閉じた。 エルクは黙って彼を見上げている。継げられるであろう彼の言葉を待ちながら。 心地よい夜の風と、ほの白く周囲を照らす月明かり。 この空気の中にいると、心の壁が少しずつ薄まっていくように感じられる。 だからこそ、人は夜という時間の中で、本音を口にできるのかもしれない。 アークが静かに瞳を開いた。 そして、傍らのエルクを見やる。 「はっきりと気持ちの整理がついてないのは事実だよ。これでもかなり落ち着いたんだけどね。ただ、だからって立ち止まりたくはないんだ。立ち止まったままじゃ何も変わらない。時間が流れるのを見ているだけでいたくはない。何もしないでいるのは嫌なんだ」 「……」 「だけど、今の俺は冷静でいようとしても、どこか焦っていると思う。だから、みんなに見ていてほしいんだ。誤っているならはっきりと言ってほしい。下手な遠慮はいらないよ」 やわらかな笑みで締めくくられた言葉は、強さに支えられているような気がした。 アーク個人だけではない、絆に支えられた、強さ。 エルクがにやりと笑ってみせる。 「なぁ、アーク」 「ん?」 「それ、他のヤツにも言ったのかよ?」 「いや。…実はさっきのエルクを見て、自分の気持ちがようやく理解できたんだ。もう遅いし、みんなには明日、ちゃんと伝えるよ」 アークが少し照れた表情を浮かべた。……珍しい。 そして、エルクに深い笑みを向ける。 「ただ、それに気づかせてくれた君に礼が言いたかったんだ。ありがとう、エルク」 エルクがアークから面と向かって礼を言われた記憶はあまりない。 もともとエルクは照れ屋なのだ。人に礼を言われると、ついその場の雰囲気を流してしまうことが多々ある。今回も、例に漏れなかった。 「オレは別になんにもしてねぇよ」 「気づかせてくれたのは君だからね。それに、当人がなんでもないと思ってることでも、相手に多大な影響を与えることだってあるさ。……素直に頷いてくれればいいのに」 エルクが肩をすくめると、アークは声に出して笑う。 「でも、そこがエルクらしいかな」 「なんだよ、それ」 エルクは口をとがらせたが、悪い気分ではなかった。 おそらく、彼の気持ちが伝わってきたせいだろう。 「あれから、もう一度考えてみたんだ」 アークが改めて言葉を紡いだ。穏やかな表情だったが、夕方の儚げな雰囲気は感じられない。 「この戦いが終わったら……ククルと一緒に世界中を旅してみるつもりだよ」 未来へ向けての、ひとつの展望。 すべてが終わってからの、彼の夢。 「そっか」 神殿で、彼の帰りを待つ少女。 封印を守りながら、彼を支え続けるククル。 彼女への想いを胸に、前へと歩み続けるアーク。 何よりも強い絆で結ばれた、二人。 ──アークさんとククルさん、ずっと一緒にいられたらいいのにな……。 何故か、エルクの脳裏にリーザの言葉がよみがえった。 二人のことを知ってから、いつもそう思っているらしい、少女の顔を思い出す。 彼女の言葉が、初めて胸の奥まで届いた気がした。 「早く連れてけるといいな」 心からの気持ちが、自然とエルクの口をついて出る。 「ああ」 応えるアークの笑みは穏やかで、言葉は力強かった。 |
──fin
<あとがき> タワーの後、仲間から見たアークの姿が書きたくて作ったお話です。 パレンシアタワーのイベントの後は、まさに立て続けにイベントが発生するので、落ち着ける時間がないんですよね。過去イベントの間のアークは、自分のことよりむしろククルを気遣っていたと思いますし…。 それで、ちょっと小休止的な話を書いてみました。…いかがだったでしょうか。 そういえば、リレー小説以外でのシュウとエルクが会話する話って「救い」以来かもしれません(笑)。実は私、シュウとエルクのやりとりって大好きなんですが、なかなか書く機会がないんですよね〜。小説として書きたいのはアークの話が多いので、出番が回ってこないんです(苦笑)。(ギャラリーを見ていただければおわかりいただけると思うんですが、私はシュウファンです〜。でもってアークは贔屓キャラ☆) でも、その分リレー小説ではシュウが頑張ってますね。リレー小説って普段書かない話を題材にしていますので、いつもと違った雰囲気で書くことができるんですよ。その辺りもおいしいな、と思います。 アークとエルクというコンビも好きです。ただ、この二人の場合、どうしてもエルクはやりこめられる側になってしまいますけど(笑)。 |