本音と建前。 




 ダンジョンの探索中、モンスターに遭遇したグレイたちは、すぐさま臨戦態勢を取った。
 ミリアムは精神統一と同時にヘルファイアの詠唱を始め、他のメンバーはそれぞれに武器を構えて敵の隙を窺う。
 しかし、モンスターの攻撃は彼らより先んじていた。
 反撃も回避も不可能なミリアムに狙いを付け、その触手が振り下ろされる!
「危ない!」
 仲間の危機を察知したジャンがミリアムの前に飛び出し、大剣で攻撃を弾いた。
 直後、ミリアムのヘルファイアが発動し、モンスターの触手を灼く。
 すかさず、ジャンの大剣が焼けただれた触手を切断した。
 苦痛に呻いたモンスターが一旦身を引く。
「ありがと、ジャン」
「いやいや、仲間の危機を防ぐのが騎士の務めさ」
 ミリアムの礼に、少し振り向いてジャンがウインクを返す。
 と。
 ぴこーん。
「影矢」
 やや離れた位置からクローディアの鋭い矢が空を切り、モンスターの身体に突き刺さった。
 ちなみに、この技は最強クラスに名前を連ねており、敵を一撃死させる事もある必殺技だ。……本来こういった雑魚相手に閃く技ではない。
「流石クローディアさん!」
 彼女の技の冴えにジャンは感嘆の声を上げたが、クローディアの背後に黒い影が揺らめいて見えたのは、ジャミルの気のせいだろうか。
 味方に怯む彼へ、低い声が飛んだ。
「ジャミル、続け」
「え、何……」
 反駁する間もあらばこそ。
 刀を構えたグレイが疾った。
 一呼吸遅れてレイピアを手にしたジャミルも続く。
 豪快なエフェクトと共に「挟撃陣」が発動した。
 影矢にこそ耐えたものの、流石にこの連携にはひとたまりもなかったらしい。モンスターはあっさりと倒れた。
「うわぁ、かーっこいい!あたいも負けてらんないね!」
 敵にとどめを刺した二人へミリアムの賛辞が届くが、正直ジャミルは生きた心地がしなかった。
 弓を掛け、矢筒を背負い直すクローディアにジャンが駆け寄り、何かを喋っている。
 ミリアムは刀身を布で清めるグレイに近づき、興奮気味に先程の連携の感想を述べているようだった。
 だが。
「……なぁ、ジャン」
「何だい?」
「お前、クラス変更する気はないか?」
 妙に疲れた声のジャミルに、ジャンが首を傾げる。
「いきなりどうしたんだ?まぁ、一時的に帝国正騎士のクラスを外れちゃいるが、城塞騎士はなかなか便利だろう。味方の危機を防ぐことができるんだ」
 それが別の危機を呼び込むと、何故気づかないのだろうか。
 脱力しつつも状況説明をしようとしたジャミルへ、横槍が入る。
「確かに、ディフレクトは役に立つ。現に今もミリアムを守ってくれたしな」
 刀を鞘に収めつつ、グレイが意見した。
「……そうね。一人はいてくれた方が気分も楽だわ」
 クローディアも彼の意見に賛同する。

 ――おまえら、それ本心じゃねぇだろうが!

 ジャミルが反論するより先に、二人を支持する声が上がった。
「そうさ、ジャンが守ってくれなかったら、あたいもヤバかったじゃない」
 ……隣の男の不機嫌な気配を察してくれ、ミリアム。
 しかし、ジャミルの内心の声が聞こえるはずもなく、ミリアムは上機嫌である。
 確かに城塞騎士のディフレクトは便利なスキルだ。自衛手段を持たない刀、弓、術を使う味方への攻撃を防ぐ事ができるのだから。ジャミル自身、助けられたことが一度や二度ではない。
 しかし。このパーティ内においては、唯一最大の欠点が潜んでいる。
「ジャンのディフレクトって的確だよね。おかげであたいも安心して術に専念できるよ」
 彼女の誉め言葉にジャンが爽やかな笑顔を向けた。
「君の役に立っているなら騎士としても本望だね」
 ……だからそういう会話を堂々としてんじゃねぇ!
 和やかな会話の周囲に、どこか寒さを感じさせる不穏な空気が漂っている事に、何故気づかないのだ、この天然コンビは。
 ジャミルは深く溜息をついた。
 いっそエスタミルに戻りたいというのが正直な所だが。
「まさかパーティを抜けるなどと言い出さないだろうな?」
 低いけれども明瞭な声で、グレイが問うた。
 こちらの心を読んでいるのかと思わず疑うタイミングである。
 ジャミルが何かを答えるより先に、落ち着き払った声が続いた。
「せっかくここまで一緒に来たのに、そんな中途半端な事は考えないわよね」
 クローディアの澄んだ瞳がジャミルを射るように見つめている。
 ジャミルの背を冷たい汗が滑り落ちた。
 ……こいつら、何でこういう時だけ滅茶苦茶息が合うんだよ……。
 絶妙な呼吸で牽制する二人に、言葉を返せないジャミルの様子を肯定と受け取ったのだろう、ジャンとミリアムが彼に詰め寄った。
「まさか、本気なのか?ジャミル」
「え、何で!?頼りにしてるんだよ、あんたのこと」
 ……ミリアム、不用意な発言は抑えてくれ、頼むから。
 自覚のないジャンはともかく、俺は二人の怖ろしさに気づいてるんだ。
「そ、そんなわけねーだろ。まだディステニィストーンをこの目で拝んでねぇんだし」
 ジャミルはどこか引きつった笑いを返しつつ、何とかこれだけを答えた。
 ──彼が意識しているのは、少しばかり離れた位置から成り行きを見ている冒険者と狩人である。
 しかし、会話の相手である二人は、そんなことを露も知るはずはなく。
「驚かさないでくれよ、ジャミル」
「ホントだよ、もう。大体、まだ旅も始まったばかりなんだからさ」
 幸いなことに、ジャンもミリアムもジャミルの言葉に納得したらしい。
 二人は軽口を叩きつつ、ダンジョンの探索を再開した。
 パーティに参入した当初から、ジャミルがディステニィストーンを手に入れるという夢を語っていたおかげだろう。
 ……そう、そんな夢を持っていた頃もあったのだ。
 少しばかり遠い目で過去を振り返ったのもつかの間の事。
 先程の戦闘はクリアしたが、根本的な問題は解決していないわけで。
 相変わらず心の内を全く表に見せないパーティリーダーと弓の達人をそっと盗み見、ジャミルは己が身の不運を嘆かずにはいられなかった。


──fin


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<あとがき>
 ジャンがミリアムを庇ったら、グレイとクローディアが嫉妬するかなーなんて(笑)。
 そしてジャミルが貧乏クジを引く羽目に…。ごめんね。でも適役は彼しかいないでしょう。
 アルベルトが城塞騎士で同じ状況になっても、こんな事にはなりません。
 ジャンだから問題なのです(笑)。