臥 待 月−ふしまちづき−




 パレンシアタワーでの激闘を終え、ほとんど休息する間もなくアークは過去へと旅立っていった。
 原因はククルの神殿の封印の力が弱まったためである。過去で再度精霊の力を借りて封印を施す必要に迫られ、アークがヨシュアの形見を使って過去へ向かう事となった。


 アークが旅立ってから半日が過ぎ、日も暮れた。
 最初は皆落ち着かない様子だったが、ククルがアークの成功を確信している事が伝わったのか、この時間になると、他メンバーはおのおのひとときの休息をとっていた。
 女性陣は神殿でククルと共に過ごしているはずである。

 シュウはふと思い立ち、洋酒の入ったボトルを手に、神殿裏手の小高い丘に登っていた。
 そろそろ夜も更ける時間だが、まだ月は出ていない。
 シュウは月のない星空を眺めつつ、ボトルの口を切った。
 そこへ、背後から近づく足音が耳に届いた。その音を耳にした瞬間に、既に相手が何者なのかをシュウは理解している。
 大体、酒の匂いに惹かれてくる者はメンバーにひとりしかいない。
「よぉ、シュウ。寂しそうじゃねぇか」
「戻ってきていたのか。まったく、おまえは酒の匂いには敏感だな」
「酒ってのは楽しんで飲むもんだろうが。ひとりで手酌は寂しいだろ?」
 丘の上に陣取った男の手元にある二つのグラスを確認し、トッシュが嬉しそうな笑みを浮かべた。その肩に担いでいた酒瓶──こちらはスメリア酒だが──を地面に置く。
 シュウもひとりで飲み明かすつもりは毛頭ない。そのためのグラスであり、そのための酒なのだ。
 トッシュがその場に腰を下ろすと、早速シュウの手にしていたボトルから、中に満たされていたアルコールが二つのグラスになみなみとつがれた。
「いい歳をした男が二人、酒を酌み交わすのも味気ないがな」
「堅いこと言うなって。…ほぅ、こいつはイケるな」
「初めてか?インディゴスの酒場で仕入れた年代物だ」
「そういやぁ、インディゴスってのはいい酒場があるらしいな」
「ああ。落ち着いたら、一度行ってみるのもいいかもしれん」
「そいつぁ楽しみだ」
 トッシュが邪気のない笑顔を浮かべる。こうしていると、さほど年齢を感じさせないのだから不思議なものだ。
 シュウもグラスを傾けた。久方ぶりの故郷の酒である。
 ゆっくり味わってから、口を開いた。
「…今回は早かったな、トッシュ」
 トッシュが小さく笑った。
 シルバーノアがトゥヴィルに戻るたびに、彼がひとりでふらっといなくなる事は、早くからメンバーの中で話題になっていた。
 彼の素行上パレンシアの酒場で飲み明かしているのだろうと思われていたのだが、それが恩義ある義理の父親への墓参りであることが他メンバーに知れたのは、つい最近のことである。
 以前から行動を共にしていたアーク達はこのことを察していたのだろうが、敢えて口に出すことはなかったのだ。彼の性格を慮ってのことだったのだろう。
「別れは済ませたしな」
 短い返答が、つい先日のパレンシアタワーでの戦闘を意味していることは容易に察しがつく。
「そうか…」
「…どんな形であれ、最後に親父に会えたのは…まぁ、嬉しかったけどよ」
「……」
 トッシュは空になったグラスに視線を落とした。
 夜も更けたこの丘の光源は星明かりだけだが、さほど暗くは感じられない。むしろ静謐さが増し、少しばかりしんみりとした雰囲気を作り出していた。この雰囲気は、今二人の間に上っている話題のせいかもしれない。
 シュウもグラスを空けた。そして、トッシュのそれに洋酒をつぐ。
「わりぃな」
 にっと笑みを浮かべ、グラスのアルコールを一口飲む。そうしてトッシュも先程のシュウと同様、相手のグラスに酒をついだ。
 その動作を見ながら、シュウが口を開く。
「そういえば、ポコがえらく心配していたが」
「ああ…気にする必要はねぇんだがなぁ」
 ボトルを置くと、トッシュは半分ほど中身の残っているグラスを手に取った。
「仕方あるまい。後でおまえの口から何か言ってやった方がいいんじゃないか?」
「あいつも気が優しすぎるんだよな。まぁどっちかってぇとアークの一件の方がこたえてたんだと思うけどよ」
 パレンシアタワーに挑んだのは、紋次との決着をつけるべく単身タワーに向かったトッシュと、それを追ったアーク、シュウ、サニア、そしてポコだった。
 タワーから脱出した直後もそうだったが、心優しい元楽隊の少年は、アークやトッシュの心の裡を思って泣いていたのだろう。
 普段は気が弱いだの腰抜けだのと悪態をつくトッシュだが、仲間の心は理解している。
 シュウはグラスの中に満たされた液体を見つめた。
「サニアも気にしているようだったな」
「道理でいつも以上にツンケンしているわけだ」
 トッシュが忍び笑いを漏らす。それを見つつ、シュウは表情を変えずに続けた。
「あれで根は気のいい娘だ。おまえが下手にからかうからああなる」
「手ごわい嬢ちゃんだと思うがねぇ」
 言いながら、ほろ酔い気分らしい彼が意味ありげにシュウを見る。だが、視線を返してきた相手は鉄面皮のままだった。トッシュは肩をすくめる。
「まぁ、とやかく言うことでもねぇか。で?」
「何だ?」
「おまえは何が言いたいのかと思ってよ」
「………」
 シュウは即答しなかった。グラスに口をつけ、少しばかり中の酒を喉に流す。その様子から彼が話の切り出し方を迷っていると感じたのだろう、トッシュは敢えて催促せず、グラスの酒を飲み干した。
「なぁ、トッシュ」
「ん?」
「おまえは何故アークと行動を共にしている?」
 今度はトッシュが口を閉ざした。しかし、悩んでいるわけではないことは表情からも明らかだ。
 冷んやりした夜風が吹き、トッシュの紅い髪をなでていく。
「ひとことで言うなら、奴に惹かれたんだろうな」
 シュウの少しばかり意外そうな視線に、トッシュが苦笑を返す。
「他に言葉が見つからねぇんだよ。俺が目的を失った時に救ってくれた恩人でもあるし、助けてやりてぇ弟だとも思う。そういう色々なモンがあるけどな」
 シュウの手が酒瓶に伸びた。
 過去を回想しているらしいトッシュの空いたグラスにアルコールを満たしながら、言う。
「…そういえば、互いに何故こうしているのかを話したことがなかったな」
「そういやぁそうか。隠すようなことでもねぇんだが。…こういう話をするのは初めてだったか?」
「ああ、何度か一緒に飲みはしたがな」
 トッシュはグラスを口に運びながら、少し考えている様子だった。シュウは地面に置いたグラスの口を覆うように指を乗せ、こちらも何かを思案している様子である。
 さほど時間が経たぬうちに、トッシュは大袈裟に手を振った。
「ま、いいさ。俺が初めてアークに会ったのは、アンデルの策略で親父と舎弟たちを殺されたと知った時だった。スメリアの牢ん中でな、居合わせたあいつらと一緒にモンスターどもをぶった斬ったんだが…一家の復讐に生きかけた俺を止めたきっかけが、アークだったってわけさ」
 ここでトッシュが苦笑を漏らす。
「一年前はあれでも危なっかしいガキだったんだぜ。エルク程じゃねぇが、血気にはやって突っ走ってたもんさ」
「おまえの口からそういう言葉が出るとはな」
「どーいうイミだ、そりゃぁ」
「いいや、面倒見のいいアニキらしいと思ってな」
「…まぁ、伊達に若頭はってたわけじゃねぇさ」
 トッシュが懐かしげに目を細めた。話しながら昔の自分の居場所であった一家を、過去を見つめているのだろう。
 その話に耳を傾けつつ、シュウは酒を飲む。
「…放っておいちゃあ危ねぇと思ってたんだ。最初はな。だがアーク…あいつらといるうちに、それが楽しく思えてきたんだよなぁ。旅してるうちに、オヤジや舎弟たちを失った悲しみが癒されてた…ってことなのかもしれねぇ」
 シュウは少しばかり想像してみた。今からは容易には想像しがたいが、トッシュの言う通り時折無茶をするアーク。自分の意見をはっきり口にする、負けん気の強いククル。戦闘のたびにメンバーの身を気遣う、優しいポコ。普段から修行に余念のないイーガ。大魔導士の肩書きを持ちながらも、どこかとぼけているゴーゲン。自慢げに召喚獣の話をするチョンガラ。そしてカタナの手入れをしたり、酒を飲みながら彼らの会話に耳を傾けるトッシュ。
 ふと、シュウはそこで自分の過去を連想した。
 生き方は全く異なっているはずだ。だが、何故か昔の自分を思い起こしてしまう。
「…かもしれんな。俺も、エルクに出会って救われた。あいつの存在自体に救われたような気がする…」
 トッシュが少し驚いたように片眉を上げた。そしてニヤリと笑う。
「珍しく素直じゃねぇか」
 シュウも口元に笑みを浮かべた。
「たまには、な」
 空になっているわけではなかったが、トッシュがシュウのグラスに酒をつぎたした。
 そろそろボトルの中身も寂しくなりつつある。
「あれくらいのガキはあっという間に変わっちまうぜ。もっとも、エルクはもうしばらくかかりそうだな」
「いや、あれで仕事は一人前にこなす。生活も一人で充分やっているぞ」
「そりゃアニキとしちゃあ寂しい限りだな」
「そればかりでもないさ」
「違ぇねぇ」
 トッシュが笑ってグラスの酒を干した。そうして、そのまま夜空を見上げる。
 下弦の月が、ようやく空に現れた。
「今夜は臥待月か。オツだねぇ」
 シュウには 耳慣れぬ言葉だったが、何故かその語彙が脳裡に浮かんだ。
 夜が更けてもなかなか夜空に月が昇らず、月見をするものは臥して、つまり横になって、姿を見せる月を待つ…故に臥待月というらしい。
 遥か昔、誰かからそう聞いた記憶がある。あれは、いつの話だったろうか…。
「スメリアでは月の呼び名も風流だな。満ち欠けの時期によって、いくつもの顔を持つ…」
「日に日に形が変わるせいかもな。見上げるたびにいろんなことを思い出さねぇか?」
 問い掛けつつ月を見上げたままのトッシュ自身、何かを思い出しているのだろう。
 昔の一家のことか、仲間のことか、さすがにそこまで窺い知ることはできないが。
 シュウも月を見上げた。
 呼び名のせいだろうか、インディゴスで見る月とは異なる趣が感じられる。
「…スメリアは夜空が澄んでいるな。月の光も冴え渡るようだ」
「ああ、星空にしろ、夜空にしろ、空ってのは何年経っても変わらねぇよなぁ」
「そうだな。おそらくこれからも変わらんだろう」
「せっかくだ、月が沈むまで月見酒とシャレこもうぜ」
 トッシュがグラスを上げて見せた。シュウもそれに応じる。
「たまにはそれも悪くないな」
 心地よい夜風を感じながらの酒もいいものだ。
 
 月を肴のささやかな酒宴は、さすがに月が沈む朝までとはいかなかったが、それでも遅くまで続き、二人はそれぞれに酒と会話を楽しんだ。
 
──了


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<あとがき>
 キリ番リクエストの小説…なんですが、酒場が出てきませんでした(爆)。ごめんなさい。
 トッシュ&シュウのコンビって格好良くって大好きなんですが、いざ自分で書こうとすると本っ当に難しいです(苦笑)。大体この二人って普段どんな会話してるんでしょうか??
 そう、臥待月ですが、月の出が遅い分、夜明けでもまだ南の空高くに残っているそうです。だから月の入りは確認することはできないんですよね。そんな時間まで飲んでたら、徹夜して更に迎え酒になります(笑)。
 時期的には「凍える想い」の後、「約束」と平行している形になりますね。ゲーム内でパレンシアタワー後、メンバーが集まっている時に一人で酒を飲んでいたトッシュが印象に残っていたせいだと思います。
 あ、ちなみにトッシュがお墓参りしているというのは、「でんねこホームページ」の対談のお部屋で話題に上っていたお話をお借りしました。
 そうそう、この会話の中にちらっと出ているんですが、実は私シュウ×サニアという珍しいカップリングが好きなんです(笑)。一番好きなのはアーク×ククルなんですけど。
 あくまで私が勝手に思っているものですので、「そんなカップリングやだ!」とおっしゃる方は、その部分だけ読み飛ばして下さいませ(汗)。