好き嫌い 




 焚き火を囲み、ジーニアスが腕を振るった料理にそれぞれ舌鼓を打ち、和やかな夕食が終わりかけた時のこと。
「ロイド、トマト残してる」
 ジーニアスの指摘に、ロイドがぎくりと肩を強張らせた。
 ほぼ食べ終えたロイドの皿に、付け合わせのトマトが二切れ残されている。
「好き嫌いは駄目よ、ロイド」
 やんわりと注意をするリフィルから逃げるように、ロイドは隣に座る少女へ話しかけた。
「いや、俺もう腹一杯だし。コレット、どうだ?」
「ゴメンね、私ももうお腹一杯なの」
「って、おまえあんまり食ってねぇなぁ……体力もたないぞ」
 コレットの皿の料理は半分ほどしか減っていなかった。そもそも最初に用意した量からしてロイドより少なめだった筈である。果たしてこれで体力が維持できるのかと、ロイドは眉を寄せた。
 コレットは小さく照れ笑いを返す。
「お昼は食べたよー。さっきお水を飲み過ぎちゃったかも。でもほら、私ちゃんとピーマン食べられるようになったよ?」
 藪蛇である。
「コレットの事はともかく、トマト食べなよ、ロイド」
 案の定、ジーニアスに再度指摘され、ロイドが詰まった。
 トマトを睨み付けたまま動かない少年の姿に、コレットがくすくすと笑い出す。
「ロイドは昔からトマトが苦手だよね〜」
「誰でも嫌いなもんのひとつやふたつ、持ってるだろ」
 ついぶっきらぼうに言い返したロイドの目が、コレットの向こうのある一点で止まった。
「クラトスもトマト嫌いなのか?」
 全員の視線がクラトスの皿に集中する。
 食事を終えた彼の皿の上には、確かに、トマトだけが残されていた。
 一同の間に沈黙が漂う。
 それまで我関せずと涼しい顔をしていたクラトスだったが、無言の圧力に折れるように、ぼそりと呟いた。
「あまり得意ではない」
 ロイドの顔が明るくなった。
「だよなー、トマトってちょっとクセがあってさ、食べにくいっていうか。わかるぜ、うん」
 同士を得て活気づいたロイドと複雑な表情のクラトス。ある意味珍しい取り合わせである。
 ここでリフィルが軽く咳払いをした。
「……成人してからの嗜好には、仕方のないところがあるかもしれないわね」
 途端にロイドが抗議の声を上げた。
「ずっりー!なんでクラトスは良くて俺は駄目なんだよ!」 
「ロイド、あなたは成長期なんだから、きちんとバランスのとれた食事を心がけなくてはいけないでしょう」
「だーかーら、嫌いなもんは嫌いなんだって!」
 大人げないロイドの態度に、ジーニアスは明後日の方向を向いて溜息をついた。
「ダイクおじさんは好き嫌いなんてないのにね」
「仕方ねぇだろ」
 ここで突然、ジーニアスが俯いた。
「心を込めて作った料理を食べてくれないなんて、ショックだな……」
 傍目にもわかるほど肩を落として、ぼそりと呟く。
 半分はポーズである。だが、見る側にしてみれば、心が痛むのは仕方ない事で。
 ロイドが慌てて話しかけた。
「ご、ごめんな、ジーニアス。でも俺トマトはどうしても……」
 不意に、クラトスが皿を置いて立ち上がった。
「周りを見てくる」
 一瞬全員が驚いて彼を見たが、常と変わらぬその様子に、リフィルが即座に応じる。
「ええ、お願いするわ」
「あ、逃げんなよ!」
「馬鹿を言うな。……すまんな、ジーニアス」
「あ、うん、それは構わないけど……」
 ジーニアスに詫びを残し、クラトスは賑やかな一行を離れた。
 先程の言動はロイドをからかう意味が強かったのだが、意外な相手からの反応に、ジーニアスは少し悪いことをしたかな、と思ってしまう。
 だがそんな気持ちも、ロイドの文句であっさりかき消えてしまった。
「ちょっと待てジーニアス!何でクラトスならあっさり引き下がるんだよ!」
「クラトスさんはトマト以外好き嫌いしないじゃないか。本当に駄目ならしょうがないし」
「納得いかねぇ!俺だって駄目だって言ってるだろ」
 クラトスが良いなら自分もと思うのは、ロイドにしてみれば当然だろう。
 しかし必死に食い下がるその様子は駄々っ子以外の何者でもなく。
「ロイドって魚も苦手だよね?魚だって体にいいのにさ」
「魚は骨取るのが面倒なんだよ」
「あっそ……。まぁ今はトマトだよ。二切れくらいすぐだって。食べちゃいなよ、ほら」
「だから、駄目なんだって!」
 こうなると話は堂々巡りである。
 それを悟ったのだろう、リフィルは中断していた食事を再開し、コレットは二人の言い合いをにこにこ笑って見守っていた。

 賑やかな会話が続く中、その場を離れたクラトスは、周囲に警戒の目を向けながらも昔を思い出す。
 ――まさかあんな所が変わっていないとはな……。
 アンナに注意されつつも、結局トマトが食べられなかった幼い息子の姿を思い起こし、クラトスはそっと苦笑を浮かべた。

──fin


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<あとがき>
 一緒に旅をしていれば、こういう一幕もあったのではないかと。
 仲間達も、少し近寄りがたい雰囲気のクラトスにこんな一面があったと知れば、ちょっと好感度が上がるような気がしますね。
 特にロイドはクラトスもトマト嫌いと知った途端、一気に親近感が増したのでは…(笑)。
 ところでクラトスがハンバーグ、カレー、オムライスと子供の好物が得意なのは、やはりお父さんだからでしょうか?