たどる想い





 ──誕生日おめでとう、リーザ。
 そう言って、おじいちゃんは私にリボンをプレゼントしてくれた。
 とっても嬉しくて。毎日、髪を結わえる時に使っている、大切なプレゼント。
 リボンを見るたびに思い出す、おじいちゃんの優しい微笑み。
 とても懐かしい、大切な思い出。


 簡単なミーティングを終えて作戦室を後にした少年の名を、軽やかなソプラノの声が呼びかけた。
「アークさん!」
「…リーザ?」
 歩みを止めて振り向いたアークは、駆け寄る彼女の姿を認めると、小さく笑った。
「今日はお疲れさま。慣れない戦闘で大変だったろう?」
「あ、いいえ!今日は危ないところを助けてくださって、ありがとうございました!」
 アークに近づくと、リーザはぺこりと頭を下げた。
 今日はエルクの請けたギルド仕事に一日を費やしたのである。
 ハンターのエルクとシュウ、助っ人としてアークとトッシュが、そして回復役にリーザも同行し、仕事は無事に終えることができた。
 だが、今回、回復役として参加したものの、赴いたダンジョンには手強い敵が多く、リーザは何度もアークに助けられたのである。
「アークさんってすごいんですね」
 リーザの素直な感嘆の言葉に、アークは苦笑を返す。
「すごいという表現はちょっと違うんじゃないかな」
「そうですか?」
「言葉は嬉しいけどね」
 アークの見せる穏やかな表情に、ふと、リーザは顔を曇らせた。
「今日はすみませんでした。私、ほとんど役に立てなくて…」
 胸の前で両手を握りしめ、リーザがやや俯く。
 今回、リーザを連れて行くことに関しては、まずエルクが反対したのだ。危険だというのがその理由である。
『危険だからといって、いつも隠れているわけにはいかないだろう』
 自ら同行を申し出た彼女を援護したのは、アークだった。
 おそらく、勇気を奮い立たせて自発的に行動しようとしたのであろうリーザの意志を、尊重したいと思ったのだ。
 最初はエルクに同意していたシュウやトッシュもアークに賛成し、結局はエルクが折れることで、リーザがメンバーに加わることになった。
 しかし、リーザ自身は頑張っていたのだが、この仕事に臨むにはやはり無理があったのだろう。
 何度かリーザの危機を救いつつ、回復能力を持つアークが彼女の補助もやってのけたのだ。
「回復役を任されたら仲間の様子を常に把握しなくちゃいけないからね、慣れないと難しいはずだ。君は一生懸命頑張っていたと思うよ。それは、他のみんなも解っているんじゃないかな」
「………」
「それに、山頂で花を見つけたのは君だよ」
 リーザが顔を上げる。少し驚いた表情を浮かべているのは、思ってもみなかった言葉を耳にしたせいらしかった。
 そんな彼女に、アークは穏やかな微笑みを返す。
「『力』は持つ人間によって異なるものだから、一面だけを見て役に立たないと思い込むのはおかしいな。君自身はとても強い力を持っていると思う。もう少し自信を持ってごらん」
「…はい、ありがとうございます」
 優しく諭すようなアークの口調に、心が落ち着いたのだろう、リーザは深く頷いた。返ってきたその声も、先程よりはっきりしたものである。
「で、何の用だったのかな?」
「あ!」
 リーザは頬を赤らめた。
「すみません、ちょっとお訊きしたいことがあって。アークさんのお誕生日って、いつですか?」
「誕生日?」
 不思議そうにアークが尋ねると、リーザは微笑んだ。
「はい。みなさんのお誕生日をお祝いしたいなと思って。……トッシュさんはもう過ぎちゃったそうなんですけど」
「ああ、12日だったっけ。でもお祝いなんてガラじゃないって言いそうだな」
「実は、もう言われちゃいました」
 リーザが小さく舌を出すと、アークは声を立てて笑った。
「トッシュらしいな。じゃあ、みんなの誕生日はもう聞いたのかい?」
「はい。アークさんが最後で……あ、違う。ククルさんにはまだ聞いてませんでした」
「ククルは6月26日だよ。俺は8月23日」
 アークの言葉に、リーザが目を丸くした。
「え!?8月23日って、三日前じゃないですか!!」
 ああ、とアークは頷く。
「そういえば今日は26日だったっけ」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「いや、別に言って回るようなことじゃないし」
 リーザが肩を落とした。そして、呟く。
「…もっと早くに聞いておけばよかった…」
 視線を落とした彼女の寂しげな言葉に、アークは苦笑する。
「別に、誕生日だから何かしなくちゃいけないわけじゃないし。それに、君たちと合流してからまだ2ヶ月も経っていないんだ。気にすることはないよ」
「でも……あ!アークさん、ククルさんのお誕生日ってどうしたんですか!?」
 顔を上げたリーザの眼差しは真剣そのものである。
 アークは彼女の剣幕に少し驚いていた。
「え?…その日は戻ったよ。せっかくの日だから、みんなで話し合ってトウヴィルで一日休むことにしたんだ」
「今回は帰らないんですか?」
「いや、特に用事もないし。そうそう頻繁に帰るわけにもいかないよ」
 アークの言葉に、ふと、リーザが悲しそうな顔をした。
 切なげなその瞳は、アークの心に一人の少女の姿を思い起こさせる。
 脳裡に浮かんだそれを振り払うように、彼は眼前の少女の名を呼んだ。
「リーザ?」
「…アークさん。もっと、ククルさんのことを考えてあげて下さい」
「………」
 まだ幼い少女の意外な言葉に、アークが押し黙る。
 リーザはアークに真摯な瞳を向けたまま、言葉を継いだ。
「私がこんな事を言うなんて、おかしいかもしれませんけど…。アークさんがククルさんのことを大切に想っている気持ちと同じくらい、ククルさんもアークさんのことを想っているはずだと…私、そう思うんです。アークさんの誕生日って、ククルさんにも大切な日なんですよ」
 アークがわずかに目を見開いた。
 リーザが眉根を寄せる。少し切なく見える表情で、彼女は続けた。
「…それに、アークさんには、もっと自分を大切にして欲しいです。戦闘の時も、いつも自分のことは後回しで、仲間のことばかり気にしているじゃないですか。──傷だらけになっても、自分のことを考えないなんて…一緒にいる人の方が、つらいです」
 ──考えもしなかった、言葉だった。
 仲間を守ること。先へ進むこと。そればかりを思っていた。
「今の私はまだ頼りないと思いますけど…頑張りますから。だから……」
 懸命に相手に自分の気持ちを伝えようとする、心優しい少女。
 まだ幼い、守るべき存在だと思っていた少女に、教えられることがあるとは、正直思わなかった。
 ──いや、純粋であるが故に。彼女には、大切なものがはっきりと見えているのではないだろうか。
 リーザの左肩に、暖かなぬくもりが生まれる。
 話しかけることに夢中だった彼女は、遅まきながら、肩に置かれたのがアークの右手であることに気づいた。
 驚くリーザに、アークは優しく微笑みかける。
「ありがとう、リーザ」
「アークさん…」
「俺の行動が、仲間を傷つけていたなんて気づかなかったよ」
「………」
「だけど、みんなを信頼していないわけじゃない。逆なんだ。何よりも信頼している。だからこそ仲間が傷つくのを見たくないと思っていたけれど…逆に、それが仲間の心を傷つけることになるなんて、思いもしなかった」
 そして、アークは苦笑する。

『アーク、怪我したら僕も回復するからね』
『男ってのは、多少傷がある方がハクがつくんだよ』
『ジジィはしぶといもんじゃよ。あまり心配しなさんな』
『日々修練なり。これしき、大したことではない』
『張り切っとるのぉ』

 …そう、仲間達の言葉の裏側には、常にアークへの気遣いがあった。
 彼自身は気づいていなかったけれど。

『無理し過ぎちゃ駄目よ、アーク』

 トウヴィルで一人封印を守る彼女の、控えめな笑みと、少しだけ心配そうな声。
 この間、別れ際に彼女が口にした言葉だ。
 一人残される彼女には、アークの無事を祈ることしかできなくて。

 ──みんなが一緒なんだから、ね。

 脳裏を過ぎったのは、共に旅をしていた頃の彼女の口癖だった。
 そして、あの言葉に続いたであろう、気持ち。

 目を閉じた一瞬の間に、アークの耳に仲間たちの声がよみがえった。
 自分を気遣う大切な仲間たちの心。
 ──そして、大切な少女の想い。
 アークはそっと目を開いた。
 そして。
「…久しぶりに、トウヴィルに戻るよ」


「お帰りなさい、アーク」
「ただいま、ククル」
 神殿でいつもと変わらぬ笑みに迎えられ、アークは安堵の息をつく。
 ここは…彼女の元は、自分の帰るべき場所なのだと、改めてそう思いながら。
 ククルが着物の袖口に右手を入れて、中からそっと小さな袋を取り出した。
 微笑みと共に、それをアークに差し出す。
「三日遅れたけど…お誕生日おめでとう、アーク」
 何もないはずのトゥヴィルで用意された、真心のこもったククルのプレゼント。
 ……待っていて、くれたのだ。
 アークは両手を伸ばすと、ククルの手のひらごと、差し出されたプレゼントを包み込んだ。
 驚く彼女に、アークはやわらかな笑みを返す。
「…ありがとう、ククル」
 わずかに頬を染めて笑顔を見せた彼女を、アークは静かに抱き寄せた。


 トウヴィルを吹く風が、岸壁に腰を下ろすリーザの長い髪を揺らした。
 真夏の盛りの時期だが、このトウヴィルは高地に位置しているせいか、眼下に広がるパレンシアの城下町やダウンタウンに比べると、随分涼しい。
 沈む夕日を眺めつつ、彼女の隣に立っていたエルクが悪戯っぽい瞳を向けてきた。
「そーいや、リーザがアークを焚きつけたんだってな」
「た、焚きつけただなんて…ただ、もっとアークさんに自分のことやククルさんのことを考えて欲しかっただけよ」
「わかってるって」
 思わず言い訳しようとした彼女に、エルクが笑いかける。
「おっさんが言ってたぜ。あのアークに自分からトウヴィル行きを言わせるなんて、なかなか大したお嬢ちゃんだ、ってさ」
「…ククルさんの事を考えたら、黙っていられなかったの」
 エルクがリーザの顔を見やった。
 そんな彼に、リーザは微笑んでみせる。
「だって、大切な人の誕生日って特別なものでしょ?一緒にお祝いしたいじゃない。……いつも離れ離れなんだから、そのくらい構わないはずじゃないかなって、思ったの」
「そだな」
 エルクは再び夕陽に目を向けた。
 傾いた太陽は、水平線の彼方に半分ほど沈んでいる。
「…リーザの誕生日って、いつだっけ?」
「え?」
 リーザがエルクを見上げた。
 彼はあらぬ方向を見ている。その頬が少し赤く見えるのは、夕陽に照らされているせいだけではないらしい。
「9月8日よ。エルクは4月11日よね?」
 エルクが思わずリーザの顔を見た。
「何で知ってんだ?」
「前に話してくれたじゃない。忘れちゃった?」
 彼の顔を覗き込むように見上げてきたリーザの瞳に、エルクは頭をかく。
「…わりぃ、覚えてねぇ」
 リーザが吹き出した。
「ごめん、ウソ。シュウさんが教えてくれたの」
「シュウが?」
 意外な名前に、エルクが首を傾げる。
「なんでわざわざ…」
「あの時、エルクも一緒だったわよ。ほら、前に野宿した時。ちゃんとエルクに訊いたけど、先に酔いつぶれちゃったでしょ」
「…ああ、あん時か」
 まだシュウ、シャンテ、エルク、リーザの四人で旅をしていた頃。
 インディゴスウィスキー運びの仕事をこなした後、依頼主である酒場のマスターから感謝の気持ちとして貰い受けたブランデーを、その後の野宿で空けたことがあったのだ。
 もちろんそのほとんどを飲んだのはシュウとシャンテの二人だったが、身体が暖まるからと、エルクとリーザも2,3滴ブランデーを入れたホットミルクをもらったのである。
 だが、エルクはそれだけでは満足できなかったらしく、シュウの目を盗んでブランデーを一杯ストレートで飲み干すや、そのまま寝こけてしまったのだ。
 翌日、エルクがシュウに長時間こんこんと説教されたのは言うまでもない。
「あの時んな事聞いてたのかよ」
「ふふ、エルクの寝顔、可愛かったわよ」
「…………」
 エルクがふいと顔をそむけ、その場を離れていく。
 一見怒っているようだが、顔が赤くなっていた。
 子供っぽいその行動にくすくす笑っていた彼女へ、つっけんどんなエルクの声が飛ぶ。
「さっさと帰るぞ、リーザ」
「はーい」
 尖った声も照れ隠しによるものだ。いつの間にか、それくらいのことはわかるようになっている。
 立ちあがったリーザが、エルクに駆け寄った。
 少し離れた場所で、エルクは彼女を待っている。
 リーザがエルクに追いつくと、二人は肩を並べて神殿へと戻って行った。


──fin


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<あとがき>
 遅ればせながらのアークお誕生日お祝い小説です。…が、アーク×ククルというよりアーク&リーザの話、という感じになってしまいました(苦笑)。
 生真面目な、というかちょっとお堅いアークは自分から進んでククルの元に帰ることが少ないように思ったんですよね。1の仲間はできれば頻繁に二人を会わせたいと思っているけれど、アークが承知しないような気がして(いざとなれば実力行使してくれそうな兄貴もおりますが(笑))。で、今回はリーザに説得してもらいました。
 最後にちょこっとエルク×リーザの雰囲気も出せればと思ったんですが、逆にこちらの方が印象が強すぎたかも、という反省がありますね、今回は。う〜ん、もっと精進しなくっちゃ。