トマト 




 一家の食卓でささやかな問題が生じたのは、食事が終わろうとしていたその時だった。
 アンナがフォークを置いた息子の皿を見咎めたのである。
「ロイド、トマトを残しちゃダメでしょ」
 叱ると言うよりむしろ諭す口調だったが、幼い少年は上目遣いに母親を見上げ、ぽつりと呟いた。
「だって、キライなんだもん……」
「好き嫌いしちゃダメよ。お野菜は体に良いんだから」
「……」
 ロイドが無言でトマトを見る。その眉間には皺が寄っていた。
 アンナは小さく溜息をつくと、食卓を挟んで正面に座る夫へと視線を向ける。
「あなたもよ、お父さん?」
 内心でぎくりとしたものの、一瞬皿に目を落としたクラトスは、すぐに残された野菜から視線を外した。
「……いや、その、だな。私はこれだけはどうも……」
「あなたが食べないからロイドも食べないんです。子供の好き嫌いは親の責任なのよ」
 ちら、と息子を見たクラトスは、ロイドが澄んだ瞳をじっと自分に向けている事に気づき、少しばかり気まずい思いを味わった。
 だが、苦手なものは仕方がない。……と、思うのだ。
 妻子の無言の視線に晒され、遂にクラトスは音を上げた。
「……勘弁してくれないか」
 アンナは諦め顔で盛大な溜息をついた。
 根負けの証である。
「本当にもう。あなたとロイドはそっくりね。何も嫌いな食べ物まで一緒になることはないのに」
「……すまん」
「ごめんなさい……」
 アンナはクラトスとロイドの皿に残っていたトマトを自分の皿に移し、口に運んだ。
「ま、いいわ。次はきちんと食べてもらいますからね」
 むくれるアンナを横目に、ロイドとクラトスはこっそり視線を合わせた。
 ロイドの照れ笑いに苦笑を返す。
 食事を終えると、ロイドはクラトスの膝でにこにこと笑っていた。


──fin


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<あとがき>
 お父さん大好きー!
 …失礼しました、つい。(「親子」は思いっきりネタばれなので、何となく日記で叫びづらくて)
 一家の昔話です。アンナさんは天真爛漫な女性だったのかなと思っております。
 お父さんはアンナさんに弱いです。息子にも弱いです。でもトマトは食べられません(笑)。
 ゲームを遊んでるときは気づかなかったんですけど、親子揃って同じものが苦手なんてオイシイ設定があろうとは…!
 残しておいたデータで確認して笑ってしまいました。
 特にクラトス、料理は得意な方なのに、トマトが入ってると星二つに落ちるとは。
 親子は良いです。夫婦大好き。一家はほのぼのします。