月影に咲く笑顔



 月が皓々と夜の世界を照らしている。
 静まり返った庭に佇む人影を認めたエルクは、我知らず安堵の息を漏らした。
 フィニアやアレクと共にリーザの家にやってきたのは夕方の事である。
 エルク達の突然の来訪に驚きながらも、リーザはいつもと変わらず、皆を歓迎してくれた。
 心尽くしの料理に舌鼓を打ち、その後も夜が更けるまで話は尽きなかったが、明日からの探索に備えて団欒を切り上げたのは、一時間も前の事だった。
 客室へ案内されて早々に床についたものの、眠りが訪れる気配はなく、エルクは扉を隔てた向こうでリーザが片づけをする物音を聞いていた。
 間もなく隣室から漏れる明かりは消えたのだが、外へと続く扉が開く音を聞きつけたのが、つい先程。
 今度は外の様子が気になって、眠るどころの騒ぎではない。
 迷う必要もなかった。昼間の疲れから深い眠りに落ちている二人を部屋に残し、エルクは外へと向かう。
 捜し人はすぐに見つかった。
 しかし、声を掛ける機会を計るうち、いつしかエルクは月の光に淡く煌めく金色の髪に目を奪われていたのである。
 一人佇む姿はひどく頼りなげだ。
 駆け寄りたくなる衝動を抑え、敢えてエルクは強く草を踏み、足音を立てて彼女に近づいた。
 背後の気配には既に気づいているはずだ。だが、彼女は反応しない。
 やがて、エルクはリーザからやや距離を置いて立ち止まった。
 双方が手を伸ばせば届く位置だが、それ以上近づくことが憚られる気がしたのだ。
「げんき……そうだね。リーザ」
 我ながらお世辞にもならない挨拶である。しかし、他に言葉が出てこなかった。
 リーザが振り返る。
「……馬鹿!どうしてもっと早く、会いに来てくれなかったの?私、ずっとずっと待ってたのに……!」
 いつになく強い声だった。普段物静かなリーザが滅多に発することのない激しい口調は、その感情を如実に物語っている。
 世界中を飛び回るエルクに連絡を付けるのは難しい。
 彼にも一応の住居はある。しかし、定期的に帰るわけではないのだ。
 仮にギルドへ手紙を言付けたとしても、エルクがそのギルドへ立ち寄らねば意味がない。必然的に、エルクとリーザの連絡手段は、エルク自身の訪問という形になる。
 だが、最近は特に忙しさに取り紛れ、なかなか彼女を訪ねることができなかった。
 いつも笑顔で送り出してくれるリーザに甘えていたという自覚もある。
 今にも泣き出しそうな彼女の表情に気まずさを覚え、エルクは目を伏せた。
 俯きかけた彼の首へ、細い腕が伸びる。
 身体に軽い衝撃。
 エルクが躊躇ったその距離を、リーザは軽々と飛び越えていた。
 ほのかな甘い香りに鼻腔をくすぐられ、エルクは我に返る。
「お、おいっ、リーザ……」
 動揺した声が発せられると同時に、リーザの腕から力が抜けた。
 彼女はエルクから身を離し、慌てて背を向ける。
 その仕種から、普段見せない大胆な行動を恥じていると思われた。彼女の性格は理解しているつもりだ。しかし、次のリーザの言葉で、そんな思考は吹き飛んだ。
「ごめんね、エルク。久しぶりに会ったのに、わがまま言って」
 ひどく寂しげな、声、だった。
 ──何ヶ月、会っていなかったのだろう。
 機会を作る努力を怠った自分の不甲斐なさを思い知らされた。
「いや、こっちこそ……リーザにはずいぶん寂しい想いをさせちまった」
 応える言葉に自ずと悔恨が滲む。
 振り向いたリーザは、そっと首を横に振った。
「ううん、エルクは世の中を少しでも良くしようとずっと頑張っているんだもの。私も少しくらい我慢しなくちゃね」
 リーザはいつだって、負担にならないよう気遣ってくれる。
 常に傍らにいるわけではない。けれども、エルクを信じ支えてくれる、かけがえのない存在だ。
 小さく微笑む彼女への愛おしさに、エルクは目を細めた。
「俺……リーザの優しさに甘えて自分勝手してるけど、でも、ここは、俺が帰ってくる場所だと思ってる」
「エルク……」
「……へへ、なんか照れるな」
 つい零れた本音だったが、気持ちに嘘はない。
 ここにリーザがいてくれる、それがエルクの原動力になっているのは事実なのだ。
 気持ちを伝えるのは、照れくさく、難しい事だけれども。
 リーザが抱いていたフィニアへの誤解を解き、改めて旅の決意を伝えたエルクの耳に、思いも寄らない言葉が飛び込んできたのは、この時だった。

「エルク、私、ついて行こうかな」

 静かな声と穏やかな表情で、リーザはそう言った。
 一瞬、我が耳を疑ったエルクの瞳を、まっすぐに見つめたまま。
「私もエルクと一緒に旅がしたい。連れて行って」
 驚く彼に訴えかける言葉は短かく、すぐに周囲は夜の静寂に包まれた。

『だめだ』
 否の答えを口に乗せようとしたエルクは、しかし彼女の一途な眼差しに返答を躊躇する。
 危険な目に遭わせたくない。ここで待っていてほしい。
 そんな思いが頭をよぎった。
 だが……。


 大破壊の後、エルクはハンターとして各地を駆け回っていたが、リーザはこの地に住居を定め、心を通わせたモンスターたちと共に暮らしていた。
 周囲に心を砕き、モンスターと協力しつつ小さな畑で作物を育て、過ごす日々。
 付近の村や町の人々のモンスターへの恐怖や敵視は、ある意味当然といえるものだ。しかし、共存とまでは行かずとも、互いに譲り合う考えを持つに至ったのは、彼女自身の努力の賜物である。このフォレスタモールで培った時間が、リーザの望んでいたモンスターとの共存の礎になることは間違いない。
 そして、牧場で生活する彼女の毅さに救われたと思ったのは、一度や二度ではなかったと思う。
 戦いとは、一つの形に留まるわけではない。
 再度浮上したロマリア城での決戦の際、ヒエンに乗り込まなかった仲間達は、各々の土地でそれぞれの戦いを繰り広げていた。
 リーザにとっての戦いは、牧場で凶暴化したモンスターを守る事だったのだ。
 あの動乱をくぐり抜け、大地と共に生きる彼女の努力は実を結びつつある。
 そして、今。

 ……守りたい、と思う。
 誰よりも大切なこの娘を、自分の手で。


 エルクの瞳に強い光が宿った。
「ああ。一緒に行こう」
 リーザの目が見開かれる。
 しばしの時をおいて、彼女は小声で訊き返した。
「……ほんとに、いいの?」
 信じられない様子のリーザに、エルクはゆっくりと頷いてみせる。
「ああ。危険な旅だがな」
 事情は既に話してある。あの旅を共にした仲間なのだ、平坦な道のりでないことは百も承知だろう。
 またリーザの力はエルクの知るところでもある。彼女の能力に助けられることもあるはずだ。守られてばかりの少女ではないのだから。
 ──だが、何があろうとも、必ずこの手で守ってみせる。
 エルクの決意が伝わったのだろう、リーザの顔が輝いた。
 そして。
 笑顔を浮かべたまま、リーザはエルクに抱きついたのである。
「お、おいリーザ!」
 先程とは異なる不意打ちだ。
 動揺も露わなエルクの耳に、リーザの感極まった声が届く。
「嬉しい……ありがとう、エルク」
 朗らかな明るい声音。こんな彼女の声を聞いたのは本当に久しぶりだった。
 そして、溌剌とした笑顔も、また。
 エルクはそっとリーザの背に手を回し、華奢な身体をしっかりと抱きしめた。

 ──これからは決して離さない、そう心に誓いながら。



──fin


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<あとがき>

 長らくお待たせしました、74999HITのキリ番小説です。らぶらぶ…とは言い難いかもですが。
 機神のこのシーンは好きなんですが、リーザがエルクと共に旅に出るという行動が、「これまでの生活をなげうつ」と取られかねないような気がしまして、その辺りも併せて書いてみたかったんですが、やや消化不良になってしまいました…。
 実はゲーム進行中も牧場がモンスターだけになるのはちょっとマズイかも、なんて思ってはいたんです。人間がいないと村人は不安になるでしょうし。うーん。
 そういえばこの時、モンスターがアレクの面倒を見てくれてたようですが、どんな風に看病してもらったんでしょ?(笑)
 ゲームを遊んでいた時は、リーザ加入が本当に嬉しかったです。待ってました!しかも強い(笑)。うちの主要パーティはエルク、リーザ、フィニアでした。シュウが復帰してからはエルク、シュウ、リーザだったような。(あ、でもフィニア外せなかったかも(汗))ともかく優先順位がこのままでしたね〜。フィニアも可愛くて好きなんですが…(苦笑)。