Propose 〜 ゾロ×たしぎ 〜


うち寄せる波を見つめながら、ゾロは墓の前に座った。
「約束は守ったぞ」
そう言うと3本の刀のうちの1本を取り出す。
そして墓前に捧げた。
持ってきた酒の栓を抜き、墓に掛けて残りをラッパ飲みする。
墓の下で眠る少女との約束を叶えたいが一心で今まで戦ってきた。だが、その願いが叶った今、何をすればいいのか分からない。
船長ルフィが晴れて海賊王の名を継いだとき、ゴーイングメリー号の乗組員はしばしの休暇が与えられた。
ゾロは迷わず進路を偉大なる航路から外れて東の果ての島を目指した。
有り難いことに航海士が地図を書いてくれたため15年目にして始めて故郷へと帰り着くことが出来た。
だが、墓の下の人間は彼に何も語りかけてはこなかった。
名実共に世界一の剣豪の名を手に入れたゾロは心の中を吹き抜ける空しい風と戦っていた。

崖の上から見るともなく海を見つめていると、一隻の小舟が彼の船を付けた海岸へと到着するのが見て取れた。
降り立つ人物に見覚えがあった。
・・・海軍少尉、たしぎだった。
たしぎは崖の上のゾロの姿を認め、そして彼の元へと駆けてきた。
「ロロノア・・・!」
叫んで刀を構えた瞬間、たしぎは彼が座る場所が何なのかに気がついた。
そして刀を収めて一礼し、そのまま踵を返して戻ろうとした。
「待てよ・・・」
思わずゾロはたしぎを呼び止めたが、自分の行動が理解できなかった。
振り向いたたしぎは驚くほどに、墓の下の少女に酷似していた。
出会った頃よりさらに成長したその姿は眩しいほどだったが、ゾロにとってはさらに墓の下の少女との相似を感じさせるようになった。
少し眉を顰め、だがそのままゾロの言葉に従って、たしぎは墓前へと歩み寄ってきた。
墓標の文字を認め、そしてそのまま膝を折って手を合わせた。
その光景をゾロは無言で見つめていた。
何となく、たしぎはくいなに手を合わせたりはしないような気がして、ゾロは目を見張った。
「世界一の剣豪、ロロノア・ゾロ・・・」
彼の新たな称号と共に、たしぎは彼の名を呼んだ。
「私はあなたに勝ちたくて剣を励んできました。どうか最後に私と手合わせを願えませんか?」
「・・・最後?」
「ええ、最後です」
そう言って、たしぎは墓前に捧げられた刀をゾロに渡した。
「お願いです・・・」
たしぎの真剣な瞳に気圧されて、ゾロは渋々といった表情で刀を抜いた。
くいなの墓前でたしぎと戦うのは意味があるように思えた。
まるで剣道場のように互いに礼を交わして、ふたりは間合いを取った。
ゾロは片手で黒いてぬぐいを取って頭に巻く。そして左右の手に刀を握り、最後に墓前に捧げたもう一本の刀を口にくわえる。
たしぎから白光に似た気が迸り、ゾロはその気迫に気圧されまいと歯を食いしばった。
一瞬。
たしぎが間合いを詰めて斬りかかってくるのを流すようにかわして、ゾロはたしぎの刀を弾こうとした。
が、今日に限ってし損じる。
今日のたしぎはどこか違った。どこがというのは分からないが、刀を交わしその違いを実感する。
これは真剣にならなくては、とゾロは真顔になり、そして手首を狙って峰打ちする。
が、これもかわされる。
ぎりっと奥歯を噛みしめ、ゾロはたしぎに斬りかかった。
そしてたしぎはゾロの刀を胸に受け、地面に倒れた。
はっと我に返るとたしぎは血を流して倒れていた。
息は、まだある。が、傷は深い。
「・・・たしぎ!」
ゾロは狼狽した。たしぎは確かに彼の刀を受けずにそのまま自分から斬られに行ったように見えたのだ。
「嬉しいです・・・あなたの手に掛かることができて・・・」
「おい、待て」
ゾロは慌ててたしぎの服を切り裂き、墓前に転がる酒を傷口にかけて自分のシャツを切り裂いてたしぎの胸を縛る。
「私は、もう無理なのです・・・ロロノア・・・」
たしぎは微笑むようにしてゾロを見つめている。
瞬間、口から大量の血を吐く。
ゾロの斬った傷は確かに深いが致命傷ではない。
この血は全く別のものだ・・・
「おい、お前!どうしたんだ?」
「私の命は持って半年。だからあなたに斬られて死にたかったのです」
「勝手なこと言うな!真剣勝負に手を抜かれて怒ったのはお前じゃないのか?」
その言葉にたしぎはふっと微笑みを浮かべる。
「そうでしたね・・・」
「なんだよ、お前!仮にも世界一の剣豪にむかってそれは失礼じゃねェか!」
「・・・ごめんなさい・・・」
女は目も開けるのも辛そうに微笑んでいる。
ゾロはふと、自分の腹巻きの中に入れておいたある薬のことを思い出した。
それは彼の船の船医であるチョッパーが刀傷の絶えない彼のために作った薬であり、そして後になって万能の不死の妙薬と呼ばれるようになった不思議な薬であった。
ただこの薬の製造はもはや困難で、クルーに一瓶づつ与えられたのみなのだ。もう本人にも新たに作ることは不可能であり、この薬の元となった薬草は偉大なる航路の果てで海の底に沈んでいる。
ゾロは躊躇いもなくその瓶の封を切り、そして自分の口に含んでたしぎの唇にその液体を注ぎ込んだ。
虫の息であったたしぎだが、こくんとそれを飲み込み喉を動かした。
その効き目は絶大で、白かったたしぎの頬に微かに赤みが差す。
ゾロはたしぎが再びその瞳を開けるのを、溢れる涙を拭おうとはせずに見つめていた。
たしぎの生命が戻ってくるのを確認して、ゾロは酒を振りかけながら刀傷に応急処置を加えていった。
きっと医者に見せればなんとかなるだろう、と思う。
「・・・なんで助けたんですか・・・」
たしぎもまた溢れる涙を拭おうとはせず、脱いだシャツを切り裂いているゾロを見つめていた。
「・・・わかんねェ・・・」
「その薬があなたの船の船医が作り出したもので、それがあなたの最後の分だと分かっているのですか?」
「さすが海軍だな。そんなことまで知ってるのか?」
「答えてください!ロロノア!」
「わかんねェんだよ、自分でも。気づいたらお前に飲ませていた。そうしないといけないと思ったまでだ」
ゾロのいらえに、たしぎは唇を震わせた。
先ほどまで青ざめていた唇にはほんのりと血の気がさし、峠が越えたことを表していた。
まさに万能薬。不死の妙薬と呼ばれる所以である。
「ロロノア・・・完敗です・・・」
「そんなこと言わず、また掛かって来いよ」
ゾロは白い歯を見せて笑った。
たしぎはまた、一筋の涙を流した・・・

一年後、村ではあるカップルの結婚式が執り行われた。
このカップルは風変わりで、新郎は海賊であり新婦は海兵だという。
そして共に剣に励み、たまにふたりで剣を交える姿が村人に目撃された。
からかうように笑う男を真剣に怒る女。
ふたりの微笑ましい仲むつまじい姿は、村人達の語りぐさになったという。

- FIN -







シホさんからいただいたゾロたし小説です。
空しさを抱えていたゾロが、たしぎと渡り合うことで心境が変わってゆき、
最後に見せてくれた笑みが印象的でした。
それらを引き出すことができたのは、たしぎなんですよね。
途中の展開にはらはらしましたが、ハッピーエンドが見られて嬉しかったです。
シホさん、掲載ご許可ありがとうございました!