燕の空、人の空
詩島広海
道端に、少女がたたずんでいた。 ただ、立っているわけではない。 何かを気にしているのか、しきりに伸び上がったり、首を傾げたりしている。 ロロノア・ゾロにとって、彼女は積極的に話しかけたい相手ではなかったが、様子が余りにも気になるので、仕方無しに声をかけた。 「何してるンだ?」 「ロロノア!」 振り向きざま刀の柄に手をかけた少女に、ゾロは小さく両手を上げて降参の意を示した。 「別に悪いことをしたわけじゃねぇし、お前をどうこうしようってつもりもないンだ。刀から手を離してくれないか?」 飛びかからんばかりの勢いでにらみつけてくる少女に、ゾロはため息をつく。 「何か気になることがあったんだろ? そっちの方はいいのか?」 「あっ、そうです!」 こいつが海軍曹長だなんて、絶っ対何かの間違いだ。 つい先程まで見上げていた方に向き直ったたしぎに、ゾロは声を出さずに毒づく。 今だってそうだ。ゾロを海賊としてとらえるつもりがあるなら、最後までそうすれば良いものを、直前まで気にかけていたモノの方に向かい合うなどとは。 ドジで、あわてんぼうで、くいなと同じ顔のくせに、大間抜けで。 「ほら、あそこです」 脱線しかけたゾロの思考は、たしぎの声で引きずり戻される。 白い芙蓉の咲く民家の軒先に、燕の巣。 うるさいくらいにちいちいと鳴いているはずの雛の数は、ゾロが思うより少ない。 「他の雛はもう飛べるようになったのに、あの子だけ、まだ飛べないんです」 なるほど、見上げると晴れ渡った空の下、くるくると滑るように燕が群れ飛んでいる。一回り小振りな燕は、今年生まれた雛なのだろう。 時折、数羽が誘うように巣に近づき、飛び離れる。しかし、飛べない雛は巣を離れようとはしない。 「なんとか、飛べるようにしてあげたいけど……」 たしぎのつぶやきが終わるか終わらないかのうちに、彼女が立っていた場所を刃が薙いだ。 「なにするんですかっ!」 飛びすさりざま刀を抜いたたしぎは、こちら側に峰を向けた刀と、ゾロの真摯なまなざしにぶつかった。 「お前は、誰かに刀を『使えるようにしてもらった』のか?」 「……いいえ」 問いかけの意味を正しくとらえて、たしぎは答えた。 確かに、たしぎにも師匠というものが居て、剣の使い方を教わった。 でも「使い方を覚えた」のは、自分自身。強くなりたい、多くの名刀を見たいという思いが、今のたしぎを作り上げた。 他の誰でもない、たしぎ自身が、今のたしぎを作ったのだ。 「それなら、わかるだろ?」 分かったからこそ、たしぎはうなずいた。 飛ぶも飛ばないも、雛次第。他の誰も、あの雛を飛ばすことは出来ない。 ゾロが刀を納めるのと同時に見上げると、巣の端に雛がいた。 ふわりと巣を離れると、小さな翼に風を受け、宙に浮く。 そのまま数度羽ばたくと、何事もなかったかのように、雛は親兄弟たちとくるくる飛び回り始める。 「よかった…」 ふりかえると、ゾロは背を向け、立ち去り始めていた。 「ロロノア! 次は見逃したりしませんよ!」 たしぎの声に、ゾロは軽く右手を挙げて応える。 たしぎは笑みを浮かべ、青い空を見上げる。 やがて海を渡る若い燕たちが、ちいちいと鳴きながら、滑るように空を舞っていた。
sound sharing "ONE-PIECE" end.
020722-23 |
詩島広海さんからいただいたゾロたし小説です。 「こういうシチュエーションの話で、あれとこれとワンピの3バージョンいけそう」と聞いた途端、 その場でワンピ話をおねだりしちゃいました(笑)。 親身になって鳥を見つめるたしぎが可愛くて、そんな彼女を無視しきれないゾロがまた良くって! 本当にこんな再会をしていそうな二人にときめきました♪ 詩島さん、ありがとうございます〜! |