もうひとつの出会い




「おい、これか?」

 挑んできたならず者を一撃の下に斬り伏せた娘は、直後、何かにつまずくや、派手に転んだ。
 その拍子に、彼女がかけていたらしい眼鏡が彼の足下に飛んでくる。
 見ると、案の定、身を起こした娘が、辺りを見回していた。
 ゾロはその場にしゃがみ込むと、足下に落ちていた眼鏡を拾い、彼女に声をかけたのだ。

 俯いていたために顔は見えなかったが、何かを探していたらしい娘は、ゾロの手にあった眼鏡を見ると、慌てて近づいた。
 そして、頭を下げる。
「ご…ごめんなさい!あ、ありがとうございますっ!」
 ややうわずった声は、派手に転んだ羞恥心によるものだろう。しかし、照れ笑いの中に安堵した様子がうかがえた。
 だが。ゾロはそこまで彼女の表情を観察してはいなかった。
 眼鏡を手渡そうとしていた手が、固まる。
 かろうじて声に出すことはなかった。
 しかし。彼は、心の中で、ひとつの名を呼んでいたのである。
 ――くいな、と。


『私だって、世界一強くなりたい』
 幼い頃、常にゾロを負かし続けていた、一人の少女。
 強くなりたい。その決意を胸に、戦っていた──くいな。


「刀、お好きなんですね。三本集めるなんて、どこかの賞金稼ぎみたい」
 屈託なく話しかけてきた娘は、どうやらゾロの素性に気づいていないようだった。
 刀を検分しながら、三本刀の賞金稼ぎの話題に当たり障りなく応じていたゾロへ、彼女はやや語気を荒げて言葉を継ぐ。
「イーストブルーじゃ知れ渡った剣士の名ですけど。“悪名”ですよ!刀をお金稼ぎの道具にするなんて、許せません!!」

 ──確かに、面差しは似ている。
 一瞬、ゾロが見間違えたほどに。
 だが…。

「どうしてこの時代…“悪”が強いんでしょうか。名のある剣豪達はみんな海賊だったり賞金稼ぎだったり…」
 手にしていた刀を見つめながら、娘はそんな言葉を口にした。
 やるせなさを含んだその声音に、刀を探していたはずのゾロは手を止め、彼女の顔を見やる。
「世界中の名刀だって、ほとんどそいつらの手にあるんですよ?…刀が泣いてます」
 悲しみのこもった瞳で、そっと刀を握りしめる娘の嘆き。
 関係ないと思いつつも、つい口を挟んでしまったのは、話の聞き手が自分だけだったせいだろうか。
「……まぁ、いろいろ事情があったりもすんじゃねェのか?職種にゃ時代のニーズってもんがあるからな」
 世界一の剣豪になるべく、旅立ったゾロが選んだのは“賞金稼ぎ”という職種だった。己の力量を試すには打ってつけの仕事であり、自ら海賊を狩ることで腕を磨くこともできる。彼にとってはある意味天職といえるものだったのだ。
 ――そう、海賊王を目指す男、モンキー・D・ルフィに出会うまでは。
 横から口を出してきた店主と娘の悪党論議がいつしか口喧嘩に発展しそうになった時、彼女は両手で刀を握りしめ、決意を秘めた眼差しで、正面を見据えた。
「…とにかく、私は…!!この“時雨”で剣士としてもっともっと腕を磨いて、いずれ世界中の悪党達の手に渡った“名刀”を集めて回るんです。最上大業物12工、大業物21工、良業物50工…私の命を賭けて」 
 視界に映ったのは、娘の凛とした横顔。
 背筋を伸ばし、内に秘めた決意を言い切った彼女の瞳は、まだ見ぬ遙か彼方の目的に向けられていて。
 先程、悪の強さを嘆いていた時には想像していなかった強い言葉に、ゾロの目が惹きつけられた。
 同時に、心の裡に生じたひとつの答え。

 ──ああ、違う。こいつはくいなじゃねェ。

 純粋に強さを追い求めていた、少女。
 腕を磨いて刀を集めるという決意を口にした娘。

 彼の信念とは異なる主義、主張を唱える娘の言葉を聞きつつも、その意見に対し、ゾロは敢えて反論しなかった。
 問いかけたのは、ただ一言。
「こいつも奪うのか?“和道一文字”っつったか…」
 どこか剣呑さを含んだ笑みを口元に浮かべ、ゾロは腰に下げた刀に右手を添えた。
 鯉口を切った拍子に、高く澄んだ鋭い音が響く。
 だが、彼女は一瞬驚いた表情を見せると、慌てて両手を振った。
「え!?……あ、いえ、違いますよ。私は別に名刀が欲しいわけじゃなくて。悪党の手に渡るのが嫌だって言ったんです」
「へェ……」
 ――どうやら、こいつの中で俺は悪人と認識されてないらしい。
 そう感じたゾロは、再び樽の刀に視線を戻したが、頬には笑みを浮かべていた。
 そんな彼の耳に、隣に立つ彼女の息を呑む気配が伝わってくる。
「え、これ、まさか……三代鬼徹!?」


 ゾロは三代鬼徹と店主が用意した刀・雪走を受け取ると、腰に三本の刀を揃え、傍らに座り込んでいた娘を振り返った。
「助かったぜ、ありがとうな」
「あ…いえ…」
 まだ放心状態から抜けきっていない様子の彼女に軽く笑いかけ、ゾロは店を出た。
 歩きながら腰に差した刀に軽く触れる。やっぱり三本あると落ち着くな、と上機嫌で呟いて。
 しばらく歩いてから気が付いた。
 ……あいつ、何て名前だったんだろうな。
 おそらくもう会うことはないであろう、娘。
 ――いや。
『剣士としてもっと腕を磨いて、世界中の悪党達の手に渡った“名刀”と集めて回るんです。私の命を賭けて』
 グランドラインには、名刀を手にする剣豪も多いはずだ。
 いずれ、会うことになるかもしれない。
 くいなによく似た、けれども親友とは異なるあの娘。
 おそらく、何年経とうとも。一目でわかるだろう。
 腕があれば、いずれ名は知れ渡る。いつしか自分が“海賊狩りのゾロ”という異名をとっていたように。
「…そん時は、名前もわかるだろ」
 口元にわずかに笑みを浮かべたゾロは、ひとりごちると、船へ戻るべく歩き出した。
──fin

◆storyへ戻る◆

◆トップへ戻る◆









<あとがき>
 本編を読んでいてまず気になったのが、「ゾロはたしぎをどう捉えているのか」でした。
 特に気になったのが、くいなとたしぎを重ねて見てしまっているのか、ということだったんですよね。
 ゾロたしの話を書きたいと思った時、そこがやはり引っかかりまして。個人的にゾロはたしぎとくいなを別人と認識しているんじゃないか、と思っていたんですが「じゃあゾロはどこでそう感じたのか」を考えた時、浮かんだのがこの話でした。
 ローグタウンの武器屋でのやりとりで、ゾロはたしぎ(まだ名前は知りませんが)をくいなと別の存在だと認識したけれど、いざ再会してみるとくいなと同じ事を言う、それで苛ついて怒り出し、あの口喧嘩に発展した…と(笑)。そんなふうに考えてみたんですが、いかがでしょうか?