始まりの刻 ロロノア・ゾロ。 イーストブルーでは悪名高い、賞金稼ぎの男。 腕のいい賞金稼ぎとはいえ、ロクな噂を聞かないこの男がどんな人間なのか、気にはなっていた。 ……だけど。 初めて会った時は、刀を探していて。 二度目に会った時は、敵として対峙した。 「この刀は、渡すわけにはいかねェんだよ」 不敵な笑みを浮かべて、鋭い眼光でこう言ってのけた男。 不遜な態度に怒りを覚え、力の差に悔しさを感じ、あの男の行動を思い起こすにつれ、腹立たしかったのに。 妖刀の呪いに打ち勝った強運。 運試しをしたその度胸。 他者を寄せつけない力量。 ……いつしか、それらすべてに対して、剣士として、憧れていたのだ。 噂では知り得なかった不器用さと、優しさ。 口の悪ささえ、照れ隠しなのかもしれない、と知ったのは、いつのことだったろう。 その内面を垣間見た時、彼に惹かれていると自覚した。 それらの気持ちすべてに蓋をして、追いかけていたのに。 |
追いかけて、勝負を挑んだものの、愛刀時雨を払い落とされ、力及ばない己の腕に悔しさを感じて、唇を噛んだ、あの時。 ──突然だった。 だから、からかわれていると思った。 この男は、決して私相手に本気を見せなかったから。 「惚れた女に口づけるってのは、馬鹿にした行為かよ?」 言葉が、出なかった。 目の前に立っていたのは、追うべき相手。捕らえるべき男。 特殊な感情を抱く相手じゃないと、解っていた、はずなのに。 「たしぎ」 初めて名前を呼ばれて、身体が震えた。 「──俺と来い」 荒々しく唇を塞がれ、力強い腕に抱きしめられて。 その時は、思考の欠片すら残せなかったけれど。 ……ひどく、熱い夜だった。 来いと言われてあっさり行けるほど、簡単な事ではない。 彼には彼の生き方があるように、私には私の立場がある。 だから、気持ちを押し込めて気づかないフリをしていたのに。 心の中にあった壁を簡単にくぐり抜け、強引に真実をつかんでしまった男。 ──いや、この男は……。 はじめから、私を魅了していたのだ。 「いつか、攫ってやるからな」 突然の宣言に、私は彼の顔を見る。 今、一緒に行くことは出来ないと、そう答えたばかりだというのに。 「私の話を聞いていたんですか?」 「だから、今すぐじゃねェよ」 ベッドに横たわり、組んだ腕に頭を乗せたロロノアは、半身を起こした私を見上げて笑う。 そして、目を閉じた。 「俺もお前もいつまでもこのままじゃねェ。いずれ変わる。どういう形になるか解らねェが、立場が変わったら、そん時は……攫ってやる」 唐突な、けれども自信に満ちた彼の言葉に、つい笑ってしまう。 「勝手なことばかり言いますね、あなたは。そんなことができると思いますか?」 想像もしなかった仮定を持ち出され、私は否定の意味を込めて問いかけた。 ……そのはずだったのに。 目を開いたロロノアは、私の瞳を捕らえて、不敵な笑みを浮かべたのだ。 「お前を攫ってやる、絶対にだ」 確信に満ちたその表情。 頭から信じるには、あまりに現実離れした言葉だと思う。 でも…。 少しだけ、笑みを返す。 自分の中に、今まで知り得なかった内なる感情がちらりとあらわれるのを感じた。 「できるものなら、どうぞ」 私の挑発的な声音に、彼はにやりと笑う。 「ああ、覚悟しとけ」 決して揺らぐことのない、自信に満ちた声。 ──今だけは、その言葉を……。
──fin
|
<あとがき> 実はこの話、もともとはゾロ視点の「膝枕」の対になるもうひとつの話として書いてました。この話の中の一部分をメインにまとめてみたんですけれど、それなら全く異なるひとつの話として独立させた方がいいように思えたので、結局こうなりました。 たしぎの性格がほのぼの甘々の時とは全然違うんですが、時雨を手に海軍に在籍して、海賊を追っている彼女はこういう人なのではないか、と思います。 実はこの話で一番書きたかったのが、ゾロの「攫ってやる」発言でした(笑)。 個人的に、ゾロって、欲しいものは絶対に手に入れようとする人だという印象が強いんですよね。たしぎに惹かれている自分を自覚して、その気持ちを表に出した時、彼女もまた同じ想いを抱いていることを知って…こうなったというか…。うーん……。 私の書くゾロたしでは、ゾロがまず一歩を踏み出す…アクションを起こすというシチュエーションになるようです。…いえ、どちらかというと一歩を先んじる、ということなのかも。 |