求む想い〜side zoro




 時折、こいつはぼんやりと視線をさまよわせる。

 我に返ると何でもないと笑うのだが、それがえらく気になった。
 声を掛けようとすると、作り笑いで誤魔化すのだ。
 理由は、大方予想がついている。

 そして、今。
 甲板の上で、たしぎは見るともなしに海原を見つめている。
 潮風に揺れる髪が蔭となって、その表情をおぼろげにした。
 すぐそばにいるはずなのに、消えちまいそうなたしぎの様子は、ひどく儚げで。
 足早にあいつに歩み寄り、俺は、その身体を抱きしめた。

「ロロノア…?」

 腕の中から聞こえた声音は、どこか夢うつつのような、ぼんやりしたものだった。
 いつもなら、平気だという言葉を返すはずだが、今日は違っていた。
 カラ元気を見せることなく、たしぎは俺の腕の中で身じろぎもしない。
 かけてやる言葉が見つからず、俺はただ、たしぎを抱きしめる。
 …腕の中にあるこいつの存在を、確かめるように。
 無言の時が過ぎていく。
 不意に、たしぎが身をこわばらせた。

「たしぎ?」

 名前を呼んでみる。たしぎは、俺の声に応じるように、かすかに頭を振った。これはこいつの大丈夫だ、という仕種だ。
 だが、その肩がわずかに震えていた。

 まだ見ぬ未来への不安。
 こいつは、夢を放棄したわけじゃない。
 だが、今までこいつの柱でもあった確たる信念を離れた今、内を占めているのは言い様のない不安だろうか。
 先の見えない不安。
 感情の赴くままに行動した事への罪悪感。
 一途でひたむきなこいつには、重すぎるモノだ。
 全てを背負うには、たしぎの肩はあまりに小さすぎる。
 ――俺は、腕に力を込めた。


「離さねェよ」

 たしぎが肩を震わせた。
 ゆっくりと、顔を上げる。そして、驚きに満ちた瞳を向けてきた。
 澄んだ黒いその瞳に、お世辞にも人相がいいとは言い難い、無愛想な顔が映し出される。

「離しやしねェ、絶対に」
「…どうして…?」
 かすれた声で、そう、問いかけてくるたしぎに、言ってやる。
「俺は欲張りなんだよ。全部手に入れなけりゃ気がすまねェ」
「全部って…?」
 左手でこいつを抱きしめたまま、右手でその頬に触れてみた。
 やわらかな肌から、かすかな震えが伝わってくる。
 そのまま、俺は震える唇をそっと塞いだ。
 驚きながら頬を染めるたしぎに、笑ってみせる。
「今だけじゃねェ。これから先もずっと、俺のもんだ」

 たしぎは一瞬泣きだしそうな顔をしたが、うっすらと目に涙を浮かべて、微笑んだ。
「未来なんて、わかりませんよ」
 たしぎの笑みを形作った唇をもう一度、塞ぐ。
 そして、答えた。
「離さねェよ、絶対に。……約束だ」

 不安に思う未来も全て、この手に抱いてやる。
 だから……。

「…はい。約束、です」
 笑みを浮かべたまま頷くたしぎの顔に、もう、憂いはなかった。 


──fin


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<あとがき>
 こちらはゾロ視点です。
 不安を抱くたしぎへ、彼女が潜在的に求めている言葉で応えるゾロ。言葉を口にするだけで安心できるのかはわからない、けれども自分の手で守ってやりたいという気持ちを伝えたい…そんな彼を書いてみたくて。
 こちらでは周囲の状況に触れていますが……つまりたしぎが海軍を辞めて、あるいは海軍を抜けて、ゴーイングメリー号に乗船することになった、という背景の元に書いています。
 あくまでそうなればいいなぁ、と思っている、パラレルな内容になりますが(笑)。
 こういう状況で、この言葉を聞いただけで安心することは無理だと思いますけど、でも互いにそれを知った上で、相手の望む言葉を口にすることは、ひとつの救いになりえるのではないか、と思うんです。
 自分自身を変えていく上でも、変わっていく上でも、心の拠り所になるんじゃないかな、と……そんなことを思いました。