空色の贈り物




 ――ふと目に留まった、あざやかな青の色彩。

 道を歩いていたゾロは、不意に足を止め、『それ』を見た。
 雑貨屋の入り口に展示されていた、いくつも並んだうちの、ひとつ。
 スカイブルーの傘である。
 同時に、一人の娘の笑顔が彼の脳裏に浮かんだ。
 青地で白く縁取りされた傘のデザインはシンプルで、下手に飾り気のないところがゾロ自身も気に入った。――もちろん、自分で使うわけではないが、好ましく思えた物が相手に似合うなら、嬉しいものだ。
 彼女がこの傘を使うところを想像するうち、ゾロの手がそれへと伸びる。
 そして、傘を手に取ってから、この雑貨屋全体を見渡すことができたのだが…。
 まず目に留まったのは、店の入り口の扉にかけられた可愛らしいリースだった。その向かって右側にはゾロが目を留めた傘を含めたいくつかの傘がディスプレイされており、左側には階段状に段差を設けた小さな鉢植えが二十ばかり並んでいる。それぞれの鉢植えに植わっているのは小さな花を付けた植物…ハーブだろうか。
 ショウウィンドーから覗く店内には、手作りらしい小物入れや鏡が見える。
 一瞬ためらったものの、ゾロは扉を押し開けた。
 案の定、中にも小綺麗な装飾品が並んでいる。雑貨屋というよりアンティークショップというべきだろうか。少なくとも、自分の肌に合う場所ではない。
 …他に客がいなかったのは、幸いだった。
「いらっしゃいませ」
 店内の様子に戸惑う彼へ、カウンターから声が掛けられた。
 見ると、落ち着いた印象の女性が柔和な微笑みを浮かべている。
「ああ、これを頼む」
 場違いな雰囲気につい無愛想になったゾロだが、店の女性はそれを気にした様子もなく、笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。贈り物ですか?」
「ああ、まぁ…」
 見ればわかるだろう、という言葉を飲み込み曖昧に頷くゾロへ、彼女は言葉を続けた。
「ではラッピングさせていただきますね」
 女性は傘を受け取ると、淡いピンク色の包装紙で手際よく傘を包み始めたので、ゾロはややたじろいだ。それを持ち歩くにはかなり抵抗がある。
 しかし、内心で慌てて言葉を探しかけたゾロを余所に、彼女は綺麗にラッピングした傘をモノトーンの細長い袋に納めて、彼に差し出した。
「どうぞ」
「…ああ、ありがとう」
 ゾロが拍子抜けした様子で傘を受け取り、代金を支払う。どうやら、余計な気を揉む必要はなかったらしい。
「ちょっと入りづらかったんじゃありませんか?」
「ん?」
 それまで黙っていた彼女は、釣り銭を用意しながら、口を開いた。
「でも、この傘を気に入って下さったんですね。ありがとうございます」
 釣り銭を渡しながら、彼女は微笑んだ。
「いや…」
 返答に窮したゾロは言葉を濁したが、彼女は笑顔のまま言った。
「相手の方が喜んで下さるといいですね」
 その言葉に、先程脳裏に浮かんだ笑顔を思いだし、ゾロはようやく肩の力を抜くことができた。
「ああ。ありがとう」
 自分にはそぐわない店だが、この女性のお陰か、ずいぶんいい雰囲気のように思えてくる。
 今度あいつを連れてきてやろうか、と思いつつ、ゾロは店を出た。


 ……とはいうものの。
 手にした荷物を見下ろしつつ、ゾロはどう切り出したものかを迷っていた。
 何かの記念日というわけでもなければ、頼まれたものでもない。
 強いて言うなら、似合うだろうと思ったゾロが、勝手に買ってきただけなのだ。
「ロロノア?」
 玄関前でしばし立ち止まっていたゾロを、背後から呼ぶ声があった。
 振り向いた彼の視線の先にいたのは、手にしていた物を贈るつもりだった当の本人――たしぎである。
「おまえ、なんでそこにいるんだ?」
 てっきり家の中にいるとばかり思っていた相手の突然の登場に、ゾロは内心焦っていた。
 しかし、当のたしぎはそれに気づく様子もなく、素直に答える。
「買い物に行ってたんです」
 改めて見ると、たしぎは袋一杯の荷物を両手に下げていた。…かなりの大荷物である。剣術で鍛えているため、普通の娘よりも腕力があるが、細い身体でこの荷物ではアンバランスも甚だしい。
 ゾロは彼女の荷物へと手を伸ばした。
「そんだけ大量に買い込むんなら、一声かけりゃいいだろうが」
「そんなに重くないですよ。ちょっとかさばっちゃいましたけど」
 にっこり笑うたしぎに苦笑を返し、ゾロが片方の荷物を持った。
 ……と。
 期せずして、双方の視線がゾロのもう一方の手にあった袋に集中する。
 ゾロはそのモノトーンの細長い袋を、たしぎに差し出した。
「持ってろ。そっちの荷物も貸せ」
「え?」
「いいから貸せって」
 半ば無理矢理大きな荷物を受け取り、ゾロは玄関の扉を開けた。
 ゾロから受け取ったモノトーンの袋を手に、たしぎは困惑した表情で彼の背中を見ている。
「ロロノア、これは?」
「やる」
「は?」
 目を丸くするたしぎにちら、と視線を向け、ゾロは素っ気なく続けた。
「さっき雑貨屋で見つけた。良かったら使え」
「見つけたって…」
「先に入ってるぞ」
「あの、ロロノア!」
 名を呼ぶ間もあらばこそ。ゾロはさっさと家の中に入ってしまった。
 外に取り残されたたしぎは、状況を把握できないままゾロが姿を消した扉と手に持っていた袋とを見比べる。
 しばらくしてから、ようやく彼女はモノトーンの袋に納められていた中身を取り出してみた。
 淡いピンクの包装紙で綺麗にラッピングされた、細長い物。竹刀にしては軽すぎるし、柄の形が…?
 セロテープを丁寧にはがし、開いた包装紙の中から出てきたのは、一本の傘。
 目にあざやかなスカイブルーに染められ、白く縁取りされたものだ。
「…私に…?」
 ぼんやりと傘を見つめていたたしぎの頬が、赤く染まった。
 傘の柄をそっと抱きしめる。
 我知らず微笑みを浮かべたたしぎの耳に、扉を開く音が聞こえてきた。
「おい、どうした?」
 扉から顔を覗かせたゾロに、たしぎは嬉しそうな笑みを返す。
「ロロノア、ありがとうございます。大切にしますね」
 両手で傘を抱きしめているたしぎの姿に、一瞬驚いた顔を見せたものの、ゾロもまた口元に笑みを浮かべた。
「ああ。さっさと入れ」
「はい」
 たしぎは青い傘を手に、ゾロの待つ玄関の扉をくぐった。


 ――その後。
 受け取った傘を大切にするあまり、たしぎがこれを実際に使うのは半年も後のことになるのだが、それはまた別の話である。


──fin

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<あとがき>
 「It's gonna Rain」を書いてから、ゾロが傘を買った経緯が気になりまして、それを考えるうちにできあがった話です。
 読んでくださった方は既にお気づきだと思いますが、パラレルシチュエーションになっています。
 ゴーイングメリー号の二人がまだ上手く想像できないので、陸で一緒に暮らしている設定なんですよ(笑)。
 本編の設定を踏まえたゾロたし話も書いてみたいんですが…いつになるかしら…。
 まだ本編では顔を合わせれば口喧嘩という間柄ですし、私の頭でそれを考えるのは難しくて(汗)。
 でも、ゾロたしはもちろんですが、これから他のキャラの話も含めて、色々な話を書いてみたいな、と思います。