海の蒼と空の青 うららかな午後の昼下がり。 大海原を行くゴーイングメリー号の中では、クルーがめいめいの時間を過ごしていた。 甲板にリクライニングチェアを出し、日除けのパラソルが作った日蔭の中、部屋から出してきた本を読んでいるナミ。 同じく甲板で何やら色々な道具を広げて、新しいパチンコ玉の製作に余念がないウソップ。 いつも通り大の字になって眠っているゾロ。 船首の特等席で、眼前に拡がる海を飽きることなく眺めているルフィ。 唯一甲板に姿を見せていないサンジは、キッチンでティータイムの準備中なのだろう。 空は快晴、海も穏やかで、至って平穏な時間である。 不意に、ナミが軽く瞬きをした。本から目を離すと、顔を上げて、パラソルの蔭から身を乗り出す。 カモメが一羽、ゴーイングメリー号の遙か頭上を飛んで行った。 ナミの口元を笑みがよぎる。 そして、彼女はゆっくりと甲板を見回してみた。 船縁で両手を組み、そこへ頭を乗せて眠っているゾロ。彼からやや離れた場所で材料をこねているウソップ。ナミがココヤシ村から運び込んだ、大切なみかん畑の下の丸い窓にちらりと映ったのは、キッチンでデザートを作っているサンジの顔。 そして、ナミが最後に視線を向けた先、船首で海を眺めているルフィ…。 何故か、そのルフィと目があった。 いつも前を見ているはずの彼が、その顔をナミの方へと向けていたのである。 そして、にかっと笑った。 「こっちに来ねーか?ナミ」 楽しそうに誘うルフィへ、ナミは肩をすくめてみせる。 「私はここでいいわよ」 「気分いーぞー!そんなとこで本ばっかり読んでて面白いか?」 「何言ってんの。あんたこそ毎日毎日、海見て楽しい?」 「おお、楽しいぞ!」 ナミは手にしていた本に栞を挟むと、閉じた本をチェアに乗せて、船首へと歩み寄った。 ルフィよりはやや低い位置から、同じように進行方向の海と空を眺める。 海の色は澄んだ蒼。空にはゆっくり流れる雲。そして、抜けるような青い色彩が広がっている。気温や気圧に変化はない。しばらくは落ち着いた航海ができるはずである。 「変わりないわね」 軽く頷いて独りごちたナミに、上から声が降ってきた。 「変わってるぞ!」 一瞬、ルフィの存在を忘れていたナミは、思わず降り仰いで声の主を見た。 特等席からナミを見下ろすルフィの瞳は、生き生きと輝いている。 「海は絶対に同じカオを見せないんだ。見てるだけで面白い!」 ナミは軽く瞬きをした。 心から楽しそうなルフィの様子に、ようやく納得する。 彼女の視点はあくまで航海術を下地にしているのだ。海流にはパターンがある。それを読むのが彼女の得手であったし、必要なことでもあるのだが、海や空に対してそういう見方しかできない以上、彼女にはルフィが言うところの「面白さ」は理解できないのだ。 ナミは、もう一度、海へと視線の先を転じてみた。 澄んだ海の青は綺麗だと思う。どこまでも続く水平線は、本当に遠く感じられるけれど。 ナミは肩をすくめた。 「…そーゆーモノ?」 船首に座ったままのルフィを見上げると、彼はおお、と頷いた。 ルフィは純粋に海の変化を楽しんでいる。 何故か、少しだけ。寂しさを感じてしまった。 「ナミこそ、難しい本ばっかり読んでて面白いか?本なんて一度読んだら終わりだろ?」 「何言ってんの。本の内容は同じでも、読んだその時その時によって、得られることが違うのよ」 「…そんなもんか」 「そんなものよ」 首を傾げるルフィに対して、ナミの説明した言葉の意味は、果たしてどれほど伝わっているのだろうか。 ひょっとすると、全然伝わっていないのかもしれない。 そこへ、キッチンの扉が開く音がした。 ルフィの首が勢いよくそちらを向く。 やや遅れて彼の視線を追ったナミの瞳に、扉から姿を見せたサンジの笑顔が映った。 「ナミさん、お待たせしました。お茶の用意が整いましたが、どちらでお召し上がりになりますか?」 にこやかに問いかけてきたサンジへ、横槍が入る。 「サンジ、俺のは!?」 「ヤロー共のはキッチンだよ」 途端に無愛想になったサンジの返事を聞くなり、ルフィは船首から飛び下りた。そのままキッチンへと猛ダッシュをかける。 続いて作業の手を休めたウソップも「もうそんな時間か〜」と嬉しそうにルフィの後を追って行った。 二人の様子を視界の端に捕らえつつ、ナミはつい笑ってしまう。 「ったく、相変わらずよねぇ…」 同じく男共を見送ったサンジが肩をすくめる。 「まぁ、あれだけ喜んでくれりゃこっちも嬉しいんですがね、一応は。…さて、いかがいたしましょうか?」 丁寧に尋ねるサンジに笑みを返し、ナミは答えた。 「今日はキッチンでもらおうかな。お願いできる?」 「もちろん、喜んで」 サンジはナミに微笑みかけると、キッチンに戻りつつ、声を張り上げる。 「おい、テメェら!ナミさんの分に手ェ出したらコロすぞ!!」 そんなサンジの後に続こうとしたナミは、いつしか甲板からゾロの姿が無くなっていることに気づいた。どうやら、目を覚ました彼も中に入ったらしい。 一陣の風が吹いた。 穏やかな潮風が、ナミの髪を揺らしてゆく。 ナミは足を止めて振り返った。 もう一度、ルフィの特等席の近くから、正面の海を眺めてみる。 澄んだ蒼い海、どこまでも続く水平線、抜けるような青い空を雲がゆったりと流れている。 穏やかな海と空は、綺麗だと、素直に思えた。 ナミはそっと微笑む。 「さて、私も行きますか」 ナミはチェアの脇を通り抜けると、大騒ぎまっただ中のキッチンへと足を向けた。 |
──fin
|
<あとがき> 7月3日はナミの誕生日。というわけで、ナミ視点のゴーイングメリー号の話を書いてみました。 普段の彼らの姿を想像したとき、一番に頭に浮かんだのが特等席に座って海原を眺めているルフィだったんです。で、彼の視線の先にあるものを考えてみたんですが…やっぱり難しいですね。同じ景色でも人によってその見え方は違いますよね。特にナミは船の上では「仕事」として景色を捉えてしまうところがあるんじゃないかと思ったんですが、いかがでしょうか。 |