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アッカ・ラレンティアと双子
アッカ・ラレンティア

 レア・シルウィアから生まれた双子、ロムルスとレムス(この時点ではまだ名
前はついていませんが)は、ゆりかごに入れられてティベリス河に流されます。
しかし、パラティウムの丘近くの土手に流れ着き、そこで一頭の牝狼に乳を与え
られます。ローマの象徴となる、双子と牝狼の構図です。しばらくして、王家に
仕える牧夫のファウストゥルスが双子を見つけ、家に連れ帰り、妻のアッカ・ラ
レンティアと共に養育しました。成長した双子は、やがてローマを建設します。

 さて、アッカ・ラレンティアの人となりですが、最も穏健なものによると「子
供好き」。これでは面白くもなんともありません(をいをい(笑))。

 ところが、アッカ・ラレンティアには異名が多くあり、そこから異説が生まれ
ます。異名とは、「ルパ」、または、「ファウラ」或いは「ファブラ」。「ル
パ」は「牝狼」の意、「ファウラ」と「ファブラ」には、「売春婦」という意味
があるのです。また、「牝狼」とは、同時に「売春婦」をも意味していました。

 そこで、後代、アッカ・ラレンティアという遊女が双子を拾って育てた事か
ら、伝説が作られたのであろう、という解釈が成り立つ事になりますが、まー、
よーわかりません。因みに、「牝狼の授乳」の話に限って言えば、この構図の銀
貨で、紀元前269年のものが残っているそうです。


 アッカ・ラレンティアのその後ですが、良く分かりません。夫ファウストゥル
スは、結構活躍し、しかし情けない死に方をしていますが……。或る資料による
と、彼女は12人の実子をもうけ、彼らはアルウァーレースと呼ばれる、大地女神
デア・ディアを祭り、豊穣を祈る12名の神官団の創設者となった、という事です。

 さて、ラレンティアには、女神としてのラレンティアもありました。伝説によ
れば彼女は元々ロムルス(またはアンクス・マルティウス)時代の人で、或る事
情からヘラクレスの神殿に饗応の為に居たところ、ヘラクレス神から、次の朝市
場に行ったら最初に出会った男に挨拶して友達にする様に命じられました。彼女
がそうして出会ったのは、年の進んだ財産のある、独身のタルティウスという人
物で、彼女はこの人物と結婚し、彼の死後は財産を相続したものの、その大部分
を遺言によって民衆に寄贈しました。その時点で彼女は「神の友」と呼ばれてい
たのですが、本稿のラレンティアが葬られている場所に来た時に突然姿を消し、
女神として崇められる事になった、という事です。

 次回は、ロムルスの行ったサビーニ族からの略奪婚の際、唯一人妻でありなが
らローマ人と結ばれた、ヘルシニアを扱います。

構成・文:DSSSM:dsssm@cwa.bai.ne.jp
イラスト:CHAMI