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 ガイウス・ファブリキウス・ルスキヌス(282,278執政官、?監察官)?-?


 この人は甚だしく貧乏であったけれども、非常に勇敢であり、また道徳面にお
いて非常に厳正、公正、清廉なことで伝説的な人物でもあります。ルソーはこの
人物に惹かれ、その著「学問芸術論」の中で、学問や芸術よりも徳の方が重要で
あるという演説を、彼にさせたのでした。

 ファブリキウスは捕虜に関する使節としてピュルロスの陣営にしばらくいたこ
とがあり、彼らの間には多くの逸話があります。

 ピュルロスは彼に個人的に好意を示し、友情と歓待のしるしから彼に金を取ら
せようとしましたが、ファブリキウスは拒絶しました。ピュルロスは次の日、会
議の席で彼を驚かそうと思って、一番大きな象を自分達の席の後ろに置き、そこ
に幕を張る様に命じます。ピュルロスとファブリキウスが席に座ったところで合
図をすると幕が外されて、象が突然鼻をファブリキウスの頭の上に持ち上げ恐ろ
しい荒々しい声を出しました。するとファブリキウスは静かに後ろを向き、笑っ
てピュルロスに言いました。
「昨日は黄金が私を動かさなかったが、今日は象が私を動かさない。」

 それから食事になって様々な話が交わされた時、殊にギリシャや哲学者の事に
話が及ぶとキネアスはエピクロスの学説を持ち出し、最高善を快楽と考え、政治
は人間の幸福を乱す害悪として避け、また神々は無為の生活を送り安楽に満たさ
れているものだと説きました。するとその言葉が終わらないうちにファブリキウ
スは大声を揚げて言いました。
「そいつはいい。ピュルロスもサムニウムの人々も、我々と戦争をする間その学
説を守って頂きたい。」

 ピュルロスはますますこの人の気位と性格に感服して、ローマに対して戦争を
する代わりに友好を結びたいと一層望むようになりました。そこで親しく説いて、
和議が成立したならば自分と一緒に行動し、全ての自分の仲間や将軍の中の第一
人者となるように勧めました。するとファブリキウスは静かにピュルロスに向かっ
てこう言ったそうです。
「しかし王様、それはお為になりません。今あなたを驚嘆し尊敬している人々が
私というものを良く知ると、あなたよりも私に王になって貰いたいと思うでしょ
う。」


 その後ファブリキウスが執政官に就任し、ピュルロスと戦うことになった際の
話です。
 一人の男がピュルロス王の侍医の書いた手紙を持ってきて、危険なしに戦争を
止めさせる謝礼がローマ人から貰えるならば、毒を盛ってピュルロスを殺してみ
せようと申し出てきました。ファブリキウスはこの医者の不正を憤慨して同僚執
政官のアエミリウスにも同じ心持ちを起こさせ、ピュルロスのところへ手紙を遣っ
てその陰謀を警戒する様に勧めました。

 その手紙を読んだピュルロスは早速その陰謀を糾明して侍医を罰し、ファブリ
キウスとローマ軍にはその返礼に無償で捕虜を返し、再びキネアスを送って講和
の交渉をさせました。しかしローマの人々は、敵側の好意にせよ危害を免れた報
酬にせよ無償で捕虜を受け取るのを潔しとせず、ピュルロスに同数のタレントゥ
ム人とサムニウム人を釈放してやり、ピュルロスがその乗って来た船でイタリア
から武器と軍隊を撤退して再びエペイロスに帰るまでは、友好及び平和に関して
協議することを許さなかった、ということです。


 これでピュルロス戦争編は終わり。次はいよいよポエニ戦争に突入します。次
回はローマとカルタゴの併存を命をかけて否定したレグルスです。


DSSSM:dsssm@cwa.bai.ne.jp