魂の器



 天海モノリスで灯夜と瞳にその場を任せ、シックスとランチは彼らスプーキーズのアジトである由良島倉庫内のトレーラーに戻ってきていた。
 ランチは端末の傍らに腰を下ろし、画面を半ば睨みつけて黙りこくっている。
 シックスは苛立ちをまぎらわせようとその場を行ったり来たりしていたが、逆効果だったらしい。突然立ち止まり、右手で拳を作った。
「…ちっくしょう、一体どーなってやがんだよ!」
 ランチがシックスに目をやった。
 その視線を挑むように睨み返し、シックスは続ける。
「リーダーがあんなになっちまって、俺たちは何もできずにただ突っ立ってるしかねぇのか!?トーヤもヒトミもどうする気なんだよ?リーダーは…」
 その時、トレーラーの扉のロックを解除する音が響いた。
 二人の意識が扉に向けられる。
 ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて扉が開かれてゆく。
 二人がもどかしさを感じ始めた頃、ようやく一つの影がトレーラー内部に入り込んだ。
 華奢な身体。標準より高めの身長。大きめの瞳がおそるおそる中の人間に向けられる。
 ユーイチだった。
「……ユーイチ……」
「……あの、僕……その……」
「中に人がいるの?」
 意味をなさない言葉を消え入りそうな声で呟いたユーイチに、背後から凛とした声がかけられた。
 直後、一人の女性がトレーラー内に姿を見せた。年の頃は21,2。白のパンツスーツに身を包んだ、機敏さをかもしだす美しい女性である。赤いカチューシャは身につける者によっては少し幼く見えるはずだが、逆に彼女の雰囲気にそぐうものになっている。
「……あんた、何者だ?」
 警戒しつつ、ランチが問う。
「私はレイ。あなたたちがこのアジトのメンバーね。洗脳されてた彼を正気に戻して連れてきたのよ」
 洗脳、という単語に、三人がそれぞれ反応する。
 ……そして、シックスが動いた。
「ユーイチ、てめぇ!」
 右手を引き、力をこめて殴りかかる。同時にランチが立ちあがった。
「待て、シックス!」
 ユーイチが身をすくめ、両目を固く閉じる。
 その顔にシックスの拳が叩き込まれる──とランチが確信した。
 だが。
「うわっ!」
 地面に倒れたのは、殴りかかったはずのシックスだった。
「……ってぇ……」
 右手をしたたかに打ちつけたらしく、シックスがうめく。
「だ、大丈夫?シックス!!」
 驚いて目を開いたユーイチが、倒れている彼を見るなり慌てて駆け寄る。
 シックスはユーイチの手を借りながら何とか立ちあがった。しかし、我に返るなり自分を支えていた手を振り払う。
「シックス……」
 ユーイチがうつむく。
 ランチは溜息をついた。二人に向けていた腕を下ろす。戸口に立つ女性に視線を戻すと、女性──レイは、シックスを見ていた。
「捕まったのが彼でなくあなたなら、あなたが同じことをしていたわ」
 シックスがレイを睨む。
 だがすぐに目をそらし、彼は背後に立つユーイチの方へ少しだけ顔を向けた。
「……悪かったよ」
 ユーイチが顔を上げた。しかし、シックスの表情は見えない。
 見る見るユーイチの顔が歪み、瞳から涙があふれてきた。両手で目をこすりながら、彼は泣きじゃくる。
 ユーイチの背中を軽く叩きながら、ランチが改めてレイを見た。
「……助かった。礼を言う」
「気にしないで」
 ようやく彼女はこころもち笑みを浮かべた。
 シックスが殴りかかったあの時、レイがその腕を払ってユーイチを守ったのだ。
「ユーイチを治してくれたと言ったが、あんたは一体何者だ?」
 一転してランチが質問した。声のトーンは変わらなかったが、口調が硬い。
 シックスもまたレイを見る。
「……こういう事件を専門に手がける者よ。でもあなたたちはあまり関わらないほうがいいと思うわ」
「どーいう意味だよ」
「悪魔から自分の身を守る力を持たなければ、死ぬことになると言ったのよ。……そうね、彼らならそれもできるでしょうけど」
「トーヤのことか?」
 レイは答えなかった。だがこの場合は、それが肯定の意味になる。
「……あんたは専門家と言ったな。ひとつ訊きたいことがあるんだが」
 ランチの思いつめたような口調に、シックスが振り向いた。背後のランチを見やる。
「化けもん……いや悪魔にのりうつられた人間は、助けられるのか?」
 一瞬、ユーイチの啜り泣きが止んだ。彼もまたランチを見る。
 レイが眉をひそめ、視線を床に落とした。
 誰も、何も言わない。
 長く感じられたわずかな時間の後に、レイは顔を上げ、ランチの目を見据えた。
「気休めを口にしたところで仕方の無いことね。はっきり言うわ。害意ある悪魔に憑依された人間は、助からない」
「な……」
「人間の器には、魂の受け皿がひとつしかないの。そこに別の魂を乗せてしまったら、当然溢れた部分が器からこぼれてしまう。問題は乗せてしまう、ということね。元から受け皿にのっていた魂はつぶされて消滅し、上から乗せられた魂が残る。……そういうことよ」
「ふざけんなっ!じゃあ……リーダーは助からねぇってのかよ!?」
 びくり、とユーイチが大きく肩を震わせた。
「なんで……リーダーがそんな目に……」
「シックス。他人にあたるのはお門違いだ。あの時……トーヤやヒトミのように、俺達がリーダーを信用していれば、こんなことには……」
 突然、ランチがトレーラーのむき出しの鉄板を叩いた。腕を叩きつけるように鉄板を叩く音が反響する。シックスとユーイチが驚くことにも構わず、ランチは二度、三度と同じことを繰り返し、右手にうっすらと赤いものがにじんできた。
「やめて、ランチ!!」
 ユーイチが彼の右手にしがみつく。なおもランチは右手に力を込めていたが、その手から、ふっと力が抜けた。
 そのまま床に座り込む。
「……畜生……」
 ランチの口から呟きが洩れた。
 彼の腕をつかんだまま、ユーイチがうなだれる。
 そこに、細い手が差し伸べられた。顔を上げたユーイチに小さく微笑みかけ、レイはランチの傷ついた腕をとる。
 左手で彼の腕を支え、レイは右手を傷口にかざした。
 彼女の口から何事かの呟きが発せられ、右手がわずかに光を帯びる。
 右手に暖かく染み渡る光を感じ、ランチは思わず傷口を見た。
 呟きが途絶え、レイが手を引く。…いつの間にか、傷は消えていた。
「……あんた、これは……?」
 ランチが驚愕の表情を浮かべたまま、彼女の顔を見た。
 だが、レイはその質問には答えず、他の事を口にした。
「自分を傷つけても何にもならないわ。失った人も戻らない。……けれど、仲間がいるんでしょう?力を合わせれば……生きていける」
 レイは目を伏せて立ち上がった。
 一瞬表情を翳らせたものの、すぐに最初の雰囲気を取り戻している。
 レイはトレーラーの出入り口まで進むと、扉を開けて、三人を振り返った。
「じゃあね」
 扉が閉ざされるまで、誰も口を開かなかった。
 不思議な雰囲気を持つ彼女が姿を消して、しばらく時間を置いた後。
「……あの人も、大切な人を亡くしたのかな……」
 涙に潤んだ声でユーイチが呟いた。
 さぁな、と応え、ランチはシックスを見る。
「シックス。トーヤやヒトミを責めるなよ」
「……わかってるよ。二人のせいじゃねぇことぐらいは……」
 再びユーイチがしゃくりあげ、ランチは彼の頭を叩いた。
 シックスは悔しさと苛立ちを何とか飲み込む。
 ──なんで……リーダーのことを疑っちまったんだろう……。
 そのために、スプーキーを信じた二人が一番つらい役を背負う羽目になってしまったのだ。
 シックスはトレーラーの内部をゆっくりと見回してみた。
 多くの器材。端末。簡素な椅子が数脚。
 どれもコンピュータをメインとした配置である。だが。
 端末の前の椅子にはランチが、たくさんの機材を背後にしたトレーラーの中央にはスプーキーが、彼のその隣にはユーイチが、戸口から離れた小さな椅子には自分が、そしてスプーキーの正面にトーヤとヒトミが。
 いつもそれぞれに位置を占めていた。
 いつの間にか、この中は彼らの大切な居場所になっていたのだ。
 ……今頃になって、それに気づいた。
 トレーラーのあちこちから、スプーキーの面影が感じられる。
 振り返れば、普段と変わらないくたびれたスーツ姿に運動靴をはいた彼らのリーダーが立っていそうな、そんな感覚。
 しかし、振り向いた先に人影がある筈もなく、シックスは溜息をついた。


 彼らがそれぞれにひとつのことを想う長い時間が過ぎた後──
 扉がゆっくりと開かれ、見慣れた二人の姿が三人の視界に入った。


──了


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<あとがき>

 ソウルハッカーズを遊んでいて、一番印象的だったイベントが天海モノリスでのサタナエル戦でした。
 サターンでこのイベントを見た時はもう…。とにかくリーダーを助けたかったです。モノリスでランチとシックスがリーダーの事をわかってくれた時は、これでもう大丈夫だと思ったのに、結果は…。でもひょっとしたら生きているんじゃないか、と思わずにはいられませんでした(泣)。
 この話は、主人公とネミッサが戦っている間、トレーラーの中ではこういう会話があったのではないかな、と思って書き上げたものです。
 PS版ではリーダーを助けられると知りましたので、この話をアップするかどうか迷ったんですが、助けられるのは2週目からだという話を聞きまして、思い切ってアップしてみました。サターン版を見た直後に考えた話ですので、助かる場合は内容が矛盾してしまうんですが…(汗)。