硝子越しの幻 




「あ、みんな。父さ……クラトスを見なかったか?」
 一同が顔を揃えた部屋に入ってくるなり、開口一番でロイドが尋ねてきた。
「あれ、一緒じゃなかったの?」
 ジーニアスが不思議そうに聞き返す。
 宿で食事を終えた一同はこの部屋に集まり、明日の予定を確認したのだが、ロイドが出て行った直後、クラトスも姿を消していたのである。
 てっきりロイドの後を追ったのかと思われたのだが、違っていたらしい。
「クラトスさんなら、外にいるよ」
 コレットが言う。ジーニアスが振り返った。
「そうなの?」
「うん。ほら、馬小屋の前に」
 窓際に佇んでいたコレットが窓の外を指す。ロイドが納得した表情を見せた。
「ああ、ノイシュの所か。ありがとな、コレット」
「ロイド」
 礼を言って部屋を出ようとした少年を、リフィルが呼び止める。
「私たちの前だからと遠慮する必要はなくてよ」
「え……」
 彼女の言葉の意味を捉えられなかったらしく、ロイドは首を傾げた。
 リフィルは少し具体的に提案する。
「せっかくそう呼びかけられるようになったのだから、きちんとお父さんと言っておあげなさいな」
 クラトスが行動を共にするようになってから、ロイドは彼に息子として接している。
 不器用な父親も、彼なりの優しさで息子に応じており、その姿は傍目にも微笑ましかった。
 ただ、ロイドが皆の前では敢えて父親を名前で呼ぼうとする点に対して、リフィルは少しばかり違和感を覚えていたのである。
 二人の時はそうでないと気づいてからは尚のこと。
 ――その理由に思い当たった為、これを機に提案してみたのだが。
 ロイドが赤面した。口ごもった彼は照れくさそうに視線をそらす。
「いや、その……」
「そうだね、その方がクラトスも喜ぶんじゃない?」
 ジーニアスが後押しするように賛同すると、ロイドはバツ悪そうに頭をかいた。
「えーっと、つまり、遠慮とか、そういうわけじゃなくて。……みんなの前だと、なんか照れくさいっていうかさ」
 予想外の回答に、リフィルは自身の想像が杞憂であった事に気づいた。
 しかし、好ましい彼の言葉に、つい笑みを漏らしてしまう。
「あら、だったら尚更ね。要は慣れですもの」
「……そうだな。ありがとう、先生、ジーニアス」
 はにかみながら言い残すと、ロイドは部屋を後にした。

 部屋を出ていったロイドの姿が窓の外に映った。
 振り向くクラトスの元へロイドが駆け寄る。
「しかし、不思議なものだな」
 窓から馬小屋の前で会話する二人を見やりつつ、リーガルが感慨深げに言った。
 宿屋に泊まる際、ノイシュは馬小屋に繋がれるのが常である。クラトスはその様子を見に行っていたらしい。
「何がだい?」
「あの二人が親子だという事だ。言われてみれば面差しが似ているように思えるが」
「どっちかっていうと、年の離れた兄弟って感じだもんねぇ」
 しいなが相づちを打つ。
 リフィルもまた別の窓からそちらに目を向けた。
 クラトスとロイドは馬小屋から顔を出すノイシュの前で、何事かを話しているらしい。流石に表情は伺えないけれども、普段の二人の様子を思い起こせば容易に想像がつく。
 楽しそうに話すロイドと、穏やかな面持ちでそれを受けるクラトスと……。
 ふと、リフィルは口を開いていた。
「だけど、エルフやハーフエルフにとっては、年の近い親子はさほど珍しいものではないのでしょうね」
 周囲の視線が彼女に集まったが、当の本人は窓の外を見つめたままである。
 人間とは時間の流れが異なる存在。緩やかな時間の流れを生きるエルフたちは、年若い姿で長い時間を過ごすのだ。
 ――我が子と思い込んだ人形をあやすエルフの女性。
 あの時は逆上して罵倒することしか出来なかったけれど、彼女の面影を持つ自分が並んで立つ事ができたならば、やはり年の離れた姉妹に見えるのではなかろうか。
 ……もしも、テセアラで共に過ごす事ができたなら。
 テセアラでのハーフエルフの立場はシルヴァラントよりも過酷だが、それでもなお。
「姉さん?」
 弟の声に、リフィルは我に返った。
 窓の外を見ていた彼女自身の姿が、硝子に浮かび上がっている。
 その瞳は、どこか寂しげで……。
 リフィルは一旦目を閉じると、心配そうに姉を見上げるジーニアスを振り返り、微笑んだ。
「いいえ、何でもなくてよ」
 脳裏に浮かんだ母親の姿は、記憶に沈める事にする。
 仮定はあくまで仮定でしかない。過去は変えられないのだ。
 少なくとも、母親に対する誤解は解けたのだから。
 気持ちを切り替え、リフィルは荷袋から一冊の書物を取り出した。
「さて。眠る前に今日の成果をまとめてしまいましょうか。プレセア、ちょっと手伝ってもらえるかしら?」
「はい」
 それまで無言で成り行きを見守っていた少女が、リフィルの願いに応じて彼女の元へ歩み寄る。
 プレセアは優れた記憶力と情報分析能力を持っている。それが役に立てるなら、と彼女からリフィルのモンスターデータ収集の手伝いを買って出ているのだ。
 リフィルにとっても、プレセアの申し出は有難いものだった。こういった仕事において、有能な助手の存在は大きい。
「……せっかくだし、ボクも勉強しようかな」
 机に向かい合ってデータをまとめる二人の姿を見、ジーニアスが独り言のように呟く。
 その瞳は、姉と言葉を交わす少女に向けられていた。
「あ、私も宿題しておこうっと」
 コレットが軽く手を叩くと、ジーニアスは慌てて荷袋の口を開いた。
 二人はリフィルたちの隣で本を広げつつ、準備を始める。
「本当はロイドが一番勉強しなくちゃいけないんだけどねぇ」
 溜息混じりのジーニアスにコレットは笑いかけた。
「帰ってきてから一緒に勉強すれば大丈夫だよ」
「……逃げなきゃいいんだけど」
「ふふ」
 ロイドの勉強嫌いは筋金入りである。旅に出てからもリフィルの授業があると知ったときの落ち込みようは、既に語り草になっていた。
 テセアラから合流したメンバーは実際に見たわけではないのだが、シルヴァラント組の様子で大体を察している。
 やがてジーニアスとコレットは自習を始めた。その傍らでは、リフィルが嬉々として遭遇したモンスターのデータをまとめ、プレセアが補佐をしている。
 いつしか勉強部屋となった室内の様子に、リーガルとしいなは苦笑を交わした。
 これもまた、日常茶飯事なのである。
「結局こうなるんだよねぇ」
「まぁ、普段と変わりない状態が一番落ち着くという事だな」

 ――その後、ロイドとクラトスが戻った時に一悶着起こったのは言うまでもない。



──fin



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<あとがき>
 少しまとまりに欠けてしまいました。反省。
 クラトスとロイドの姿を見るリフィルにも、思う所があるのではないかと。
 初回はコレットだったので、実際にこういうシーンを見たわけではないのですが。
 始めのうちは、ロイドもみんなの前でクラトスに「父さん」と呼びかけるのが恥ずかしかったかもしれないなと思ったら、こんな話になりました。
 むしろ本編では、「父さ……クラトス」に歯がゆい思いをしましたが(笑)。
 もっと素直に父さんって呼んであげてよー、と…。
 クラトスルートに入ったら、普段から父さんと呼んでくれる事を期待しております。