以心伝心 




 エスタミルのリー、ウハンジの「秘密」を暴露し、彼を懲らしめたグレイ一行は、隠し部屋を後にすると、事態に混乱する神官を残してアムト神殿を出た。
 本来、エスタミルで始末すべき厄介事である。これ以上介入するいわれはない。
「ウハンジの野郎は自業自得だけどよ、あの神官にはショックだったろうなぁ」
 温厚そうな女性の顔を思い出し、ジャミルは少しばかり同情する。
 とはいえ、彼もまたファラが無事だったからこそ、こんな事が言えるわけだが。
「まぁ、確かにショックだったかもしれないけどさ、クジャラート人はタフだからね。案外すぐに立ち直るかもよ?」
 明るく言うミリアムに、ファラもあっさり頷いた。
「言えてる言えてる。だってそうでなきゃこの町で暮らしていけないよねー」
 ……むしろクジャラートの女性がタフなのだろう。
 同じクジャラート人であるジャミルにはそう思える。
 ともあれ、元気そうなファラの様子にほっとしたのが本音だった。
 右手にパブを見ながら、北エスタミルの通りに入ると、一気に視界が開けた。
「うわぁ、ここが北エスタミルね!」
 町並みを目にしたアイシャが歓声を上げる。
 ガレサステップから連れて来られたというタラール族の少女は、誘拐されたショックよりも、見慣れぬ街並みへの関心の方が強かったらしい。
「この町は初めてだっけ?」
 目を輝かせて周囲を見回していた彼女へ、ミリアムが尋ねた。
 アイシャは隣に立つミリアムへ顔を向ける。
「うん。つい最近、初めて村を出て他の街へ行ったけど、それ以外は全然」
「そっか。……ね、グレイ。ファラを送る間、あたいたちはここで待っててもいい?」
 エスタミルは海を隔てて南北の大陸に分かれた土地だが、対岸は視認できるほど近いので、渡し船を介しての往復には、さほど時間がかからない。
 ファラを送り届けて依頼主から報酬を受け取る間に、ちょっとした観光の時間も取れるだろう。
 ミリアムの意図を察したグレイは軽く頷いて見せた。
「ああ。戻ったら合流しよう」
「じゃ、パブの前で。行こっか、アイシャ」
「うん!」
 嬉しそうなタラール族の少女を伴い、ミリアムは雑踏の向こうへ姿を消した。
 生まれ故郷である北エスタミルは、彼女の庭のようなものである。
 二人の姿を見送ったグレイへ、ジャミルが声を掛けた。
「そんじゃ、南エスタミルに戻ろうぜ」
「そうだな」


 無事ファラを自宅へ送り届け、南エスタミルのパブで報酬を受け取った二人は、簡単な情報収集を済ませると北エスタミルへ舞い戻った。
 しかし、まだパブの付近にミリアム達の姿はない。
 二人が戻るまで、グレイとジャミルは中で待つことにした。
「ちょいと寂しかったりするんじゃねぇの?」
 いつになく口数の少ないグレイへ、ジャミルはからかい半分に問いかける。
 アイシャが同行するまで、ミリアムは常にグレイの傍にいた。
 元来無口なグレイだが、普段は色々話しかけてくるミリアムに応じる分、それなりに声を聞くことができる。
 しかし今ここに彼女の姿はない。
 実の所、ムードメーカーである彼女の存在の有無で、グレイへの話しかけやすさは随分と違う。この点、町の人間の反応を見れば一目瞭然だった。
 その為だろうか、賑やかすぎるほど元気なミリアムの不在により、グレイはどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している気がするのだ。
 もっとも、これはあくまでジャミルの主観である。グレイ自身は普段と何ら変わった様子はない。
 共にパブの扉をくぐりつつ、ジャミルは先程の言葉の反応を待っていた。
 グレイはちらと彼を見たが、何も言わずにカウンターへ向かうと、マスターへ酒を頼んだ。窓から外の様子が確認できる位置である。
 その隣を確保し、ジャミルも軽い酒を頼む。
 マスターと世間話をするのはもっぱらジャミルだった。初対面の相手にも全く物怖じしない性格と話好きな点が、こういう会話にはもってこいなのだ。
 隣で二人の話に耳を傾けつつ、グレイはそれとなく周囲の会話に注意を払っている。経験上、こういう場での雑談が意外な事件に結びつく事があるためだ。
 しかし、今回は特に耳寄りな話は無かった。
 ジャミルの話が途切れた所で、グレイは席を立った。ジャミルも後に続く。
 と、窓の外にはミリアムとアイシャの姿が見えた。観光は一段落したらしい。
 なかなかに良いタイミングである。
「で、これからどうするんだ?」
 聞きながら、パブを出たジャミルは外で待つ二人に目を向けた。
 楽しげにお喋りしているミリアムとアイシャは、時間の経過にも気づいていない様子である。
 ジャミルの問いかけに即答せず、グレイは仲間の名を呼んだ。
「ミリアム」
「あ、グレイ!どう、何かいい情報あった?」
 アイシャと共に二人に歩み寄ったミリアムは、グレイの様子を見ると小さく笑った。
「ま、いつも何かあるわけじゃないもんね。じゃ、宿に行こうか?」
 彼女の意外な発言に、ジャミルはおや、と眉を上げた。
 まだ陽も高い。今なら船着き場で午後の便を受け付けている筈である。
 パーティを組んだ当初から、グレイはシルバーの遺産について調べたいと言っていた。
 帝国領土を経由して噂の元であるワロン島へ向かうならば、今日中にブルエーレ行きの船に乗った方が時間の短縮になる。
 正直ジャミルはグレイが先を急ぐとばかり思っていたのだが。
 しかし、ここで彼は二度驚くことになった。
 グレイが軽く頷き、了承の意志を見せたためである。
「ジャミルもアイシャも構わないかい?」
「あ、ああ。オレは別に」
「私も」
 二人のいらえを確認すると、ミリアムはアイシャに微笑んだ。
「今日はホントに色々あったからね、宿でゆっくりしよっか、アイシャ」
「うん!」
 再び話に花を咲かせつつ、ミリアムとアイシャが歩き出す。
 ――成程、アイシャの体調を気遣ったって事か。
 というわけで、早めに宿を取った件は納得したのだが。
「なぁ、グレイ」
「何だ?」
「ここで宿を取るって、先にミリアムに話したのか?」
「いや」
 ……要するに、ミリアムが彼の様子を見てそう察した、と。
 短く応えたグレイは相変わらずの無表情だったが、その口元に微かな笑みが浮かんだ事を、ジャミルは見逃さなかった。
 ならば、先程の冷やかし半分の冗談は的外れでもなかったのだろう。
 ジャミルはあらぬ方向を見て大仰に肩を竦めた。
「ごちそうさんってか」
 しかし、そんな彼に頓着することなく、グレイはさっさとミリアム達の後を追う。
 取り残された形になったジャミルが、慌ててグレイを追いかけた。
 ――ま、こいつらと一緒なら、退屈しないだろ。
 グレイに追いついたジャミルの表情は楽しげで、期待に満ちていた。

──fin


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<あとがき>
 普段の会話で阿吽の呼吸を見せるグレイとミリアムが書きたくなりました。
 実際にこういう会話をするようになるのは、終盤になってからという気もしますけど。
 ジャミルはお調子者でお人好し、という印象が強いです。
 ミリアムはパーティ内に女の子がいると、少し大人びた雰囲気になりますね。
 冒険者パーティではグレイとガラハドをぐいぐい引っ張るムードメーカーです。