目の前で、命を絶たれた。 襲いかかってくるGUNG-HO-GUNSは、常に己の命をかけて戦いを挑み、彼に敗れるたびにその命を落としてゆくのだ。 ヴァッシュが望むと望まないとに関わらず。──否、ヴァッシュが厭う行為であるが故に。 GUNG-HO-GUNS個人個人がそう考えているわけではないだろう。しかし、彼らの行動は結果的にヴァッシュを追いつめてゆく。 ──これ以上、人が死ぬのを見たくない。 そう、思った時だった。 「ウルフウッド?」 つい先程ここに佇んでいたはずの人影が、いなくなっていた。 それによって、ヴァッシュはようやくあれから時間が経過していたことに気づく。 どれほどの時間が経ったのかと辺りを見回した、刹那。 ──赤。 目に鮮やかな色が、彼の視界に飛び込んできた。先程ウルフウッドが佇んでいた位置からである。 向かって右手の道へ、点々と続く赤いもの。 「…血痕!?」 直後、ヴァッシュは走り出していた。目印にしてはあまりにも不吉な、その色を追う。 さほど走る必要はなかった。血痕は、ひとつの建物へとその足跡を残し、道路から途絶えていたのだ。 人々の憩う場所、聖地の扉はわずかに開かれている。 「ウルフウッド!」 ヴァッシュは教会へと駆け込んだ。そして、動きが止まる。 人々の祈りを聞く聖なる十字架の前に、それより一回り小さな、けれど人間が背負うには巨大な十字架が置かれている。 そして、地上の十字架によりかかる黒い影。 ステンドグラスから降り注ぐ陽光が、手前へとその影を映し出す。 「…ウル…フ…」 ヴァッシュは教会に足を踏み入れた。目の前の現実が認識できず、近づくことを怖れるように、ゆるやかな足取りで「彼」に歩み寄る。 まるで眠っているような表情が見える。力なく床に落ちた左手。右手は十字架に添えられたままだ。 ヴァッシュがその傍らに立った。膝を折り、おそるおそる彼に手を伸ばす。 暖かい。 手のひらに伝わってくる温もりで、ヴァッシュが我に返った。ウルフウッドの呼吸と脈を確認する。 かすかではあるが、息があった。弱いながらも脈もある。 「い…生きてるんだな、ウルフウッド!!」 もちろんいらえはないが、ヴァッシュは十字架にもたせかけられた彼のからだを床に横たえ、応急手当を始めた。 同時に左手をピアスに伸ばし、操作する。 本来は対になる小型マイクとの近距離通話を目的としたロスト・テクノロジーだが、左腕を手術した際にシップとの遠距離通信ができるように改良してもらったのだ。 「この先何があるかわからんが、ひょっとしたらわしにも何か手助けができるかもしれん」と言っていた老医師の言葉が頭に浮かぶ。 電波を変動させることで耳元で激しいノイズが起こったが、構っている場合ではない。 数秒後、ノイズがやや収まると、懐かしい声が耳に飛び込んできた。 「どうした、ヴァッシュ?」 どこかのんびりとした口調が、相手をの心を落ち着かせる、シップの老医師の声だ。 「先生、助けてくれ!怪我人がいるんだ!!瀕死のっ…!」 一瞬息をつき、ヴァッシュが半ば叫ぶように救いを求めた。 老医師は彼の様子で全てを察したらしい。 「わかった。すぐにそこへ向かおう。詳しい状況を話してくれ」 |
…銃声が収まってから、随分時間が経ちましたわね…。 ベッドの上に座り込んだままのミリィを残して行くわけにもいかず、メリルはその隣室で外の様子を伺っていた。 何度か激しい銃声が響いてきたものの、それも収まり、今は奇妙な静けさが辺りを支配している。まるで、静寂が街全体を覆い尽くしているかのようだ。 その中で、先程から言葉にはできない胸騒ぎを感じ、メリルは外へ出るべきか否かを迷っていた。 ミリィを放って行きたくはないが、もしもヴァッシュやウルフウッドの身に何かが起こっていたら…。 幾度目かの逡巡の後、メリルは隣室への扉を軽くノックした。 室内でミリィの身じろぎする気配を感じる。不安でたまらない彼女の心の内が伝わってくるようだ。 「ミリィ、ちょっと外の様子を見てきますわね」 あえて戻るという言葉を使わず、メリルは言った。 返事はなかったが、メリルは扉を閉め、外へと駆け出す。 どこへ向かうべきか一瞬迷い、銃声の響いてきた方向へと足を向けた時、少し離れた地面に点在する赤い染みに気づいた。 慌てて駆け寄る。 …確かに、血痕だった。それもかなりの出血だろう。 「ヴァ、ヴァッシュさん!ウルフウッドさん!どこですの!?」 敵が残っているかもしれないという可能性を忘れ、メリルは声を上げて二人の名を連呼した。普段の彼女らしからぬ行動だ。 血痕は奥から手前へと続いている。どちらへ向かうべきか躊躇した時、 「メリル!こっちだ!」 遠くから、鋭いヴァッシュの声が耳に届いた。 「ヴァッシュさん…!」 メリルが声の聞こえてきた方向へ走る。と、その視界にひとつの建物が飛び込んだ。 目に鮮やかな十字の象徴に、一瞬嫌な予感が頭をよぎった。 血痕は、その中へと続いている。 「ヴァッシュさん!!」 教会に駆け込んだメリルが見たものは、壇の前に立て掛けられている見慣れた大きな十字架と、その前に横たわっているウルフウッド、そして必死に彼の手当てをしているヴァッシュの姿だった。 「メリル、僕の荷物を持って来てくれ!それとアルコールもだ、早く!!」 「わかりましたわ!」 振り返りもせずかけられた言葉だったが、事態を把握した彼女は即座に身を翻し、元来た道を駆け戻った。 ヴァッシュやメリルが泊まった家の厨房からアルコール瓶を持ち出し、その付近を調べて放り出されていた彼の荷物を見つけると、それらを手にメリルはミリィの部屋に飛び込んだ。 「ミリィ!」 「…先輩…?」 ただならぬメリルの様子に、ミリィがそっと顔を上げる。 そんな彼女にヴァッシュの荷物を押しつけ、メリルの瞳がミリィの目を捉えた。 「よくお聞きなさい、ミリィ。ウルフウッドさんが重傷を負って、街の教会でヴァッシュさんの手当てを受けています」 ミリィが目を見開いて震え出した。みるみるその瞳に涙が溢れてくる。 「この荷物を持って、すぐにお行きなさい。大通りを出て右へ進めば、教会が見えてきますわ。わかりまして?」 「…せんぱ…」 「ミリィ!!」 びくん、とミリィが震える。 「一刻を争うんですのよ!手当てをするためにそれが必要なんですわ!すぐお行きなさい!」 「は…はいっ!!」 パジャマ姿のまま、ミリィが立ち上がった。荷物を受け取ると、部屋の入り口へ向かう。 出掛けに、彼女はメリルの方を振り向いた。 「先輩、ありがとうございます!!」 そう言い残して部屋を飛び出したミリィの姿を見届けると、メリルはすぐに家中のシーツをかき集めた。手当てには清潔な布が必須である。ましてやあの深手だ、布はどれほどあっても困ることはないはずだ。 それらと毛布を手にすると、メリルはミリィの後を追った。 |
ヴァッシュがウルフウッドの状態を事細かに伝えると、老医師は応急手当の詳細を指示し、最後にこう結んだ。 「よいか、おぬしは決してその男の側を離れるでないぞ。処置についてもそこにいる中ではおぬしが一番詳しいはずじゃしの」 「…わかった、先生。頼む…早く来てくれ…」 「わかっておる。大体準備は整った。全速力でそちらに向かう。それまで、その男をしっかり見ておるんじゃ」 「…待ってるよ、先生…」 「決っして希望を捨てぬようにな、ヴァッシュ」 「……ああ……」 「ヴァッシュさんっ!」 弱々しいいらえを叱咤するように、ミリィの声が教会内に響いた。 振り向くヴァッシュの目に、一瞬立ちすくむ彼女の姿が映る。次いで、その手にある物が。 「ミリィ!荷物の中身を出してくれ。ここで僕が言った物を渡して欲しい」 「は、はいっ!」 我に返ったミリィが荷物を手に二人に駆け寄る。 彼女は床に倒れたままのウルフウッドを挟んで、ヴァッシュの向かい側にしゃがみこむと、まず酒瓶を彼の側に置いた。次いで荷物の口を開いて手早く中身を床に広げてゆく。 「ヴァッシュさん!」 続いてメリルの声が響いた。両手にシーツや毛布を抱え、中に入る。 「ウルフウッドさんを動かせます?下にこれを敷いた方が…」 ミリィが気を利かせて荷物を移動させると、メリルはそこに毛布を広げた。ヴァッシュがそっとウルフウッドの身体を持ち上げ、毛布の上に横たえる。 その間にもメリルは清潔なシーツを広げ、ミリィはその上にヴァッシュの荷物を出してゆく。 焦燥感をあえて抑えつけ、ヴァッシュが二人に指示しながら、応急処置を進めた。 間でメリルが清潔な布を集めるべく教会と民家を何度も往復し、ミリィは傍らでウルフウッドの手を握ったまま、彼を励まし続けている。 ヴァッシュの手当てによってウルフウッドの出血は徐々におさまりつつあるが、完全には止まらない。 しかし、それでも三人は必死でその命を繋ぎ留めようとしていた。 応急処置が一段落ついたのは、およそ三時間後だった。 あれほど強い光を発していた太陽も完全に没し、自然の光源が失われた教会内には、メリルが民家から調達してきたランタンが灯されていた。 ヴァッシュとミリィはウルフウッドの側を離れず、傍らで彼を励まし続けている。 「頼む、頑張ってくれ、ウルフウッド。もうすぐ先生が来てくれる。それまでの辛抱だ」 ミリィはウルフウッドの手を両手で包み込むように握り締め、それを額にあてていた。 「牧師さん、しっかりして下さい…戻ってくるって約束したじゃないですか。お願い、約束、破らないで…」 彼の身を一心に案じ続けるその肩に、ふわり、と暖かいものがかけられた。 振り向いたミリィは、優しい表情を浮かべたメリルが背後からコートを掛けてくれたことに、遅まきながら気づく。 「先輩…」 「そんな格好じゃ風邪をひいてしまいますわよ、ミリィ。冷えてきましたし」 「…ありがとうございます」 メリルはいつの間にかミリィのコートを取って来たらしい。片手でコートの前を合わせ、ミリィは再びウルフウッドの手を取った。 「ヴァッシュさん」 「あ…何だい?」 「止血は終わりましたわよね。ウルフウッドさんに毛布をかけてもよろしいですか?これから冷えてくるはずですから」 「そうだね、ごめん。全然気づかなくて…」 メリルは手にしていた毛布をウルフウッドにかけた。 怪我の部分が覆い隠されたせいか、部屋に灯されたランタンの薄明かりの中で横たわる彼は、ただ眠っているだけのように見える。 「ウルフウッド…」 それ以外の言葉が出てこない。ただ彼を見下ろすヴァッシュの肩にも、メリルはそっと毛布をかけた。 「…ありがとう」 メリルはただ微笑みを返す。 「彼に…二人についていてあげて下さいね、ヴァッシュさん」 「わかってるよ。…ごめんね」 「その言葉は、この人の口からミリィに言っていただかなくてはいけませんわ」 少しだけ、ヴァッシュの頬に笑みが浮かぶ。 「そうだね…」 「ええ、もちろんですわよ」 ヴァッシュに応えつつ、メリルもまたウルフウッドの生還を望まずにはいられなかった。 |