「あ。ダーリン、目が覚めました?」 メロディがおさまると同時に、ミリィがウルフウッドの顔を覗き込んできた。 すっかり耳に馴染んだ声は、天真爛漫なこの娘のものだ。 「…ハニー?」 呼びかけると、ミリィは嬉しそうな笑みを浮かべた。 あの闇はどこにもない。ここにあるのは、いつもの空と砂の大地だ。 ウルフウッドは身を起こした。 あの夢の後は、いつもひどい吐き気をもよおすのだが、今はその気配が全くない。 頭痛がないことを確認するように額に手をあててみたのだが、傍目にはぼんやりしているように見えたらしい。ミリィは小首をかしげて彼の顔を覗き込んできた。 「もうお昼なんですよ〜。まだ眠いですか?」 「いや、目は覚めたわ」 「そうですか?よかったです。捜しに来たらぐっすり眠ってたんで、どうしようかと思っちゃいました」 ウルフウッドはミリィを見た。心から安心した様子の彼女に、言う。 「なぁ、ハニー」 「はい?」 「今、なんか歌っとったか?」 「え…?」 ミリィが目を丸くした。自分の勘違いかと、咄嗟にその場を取り繕いかけたウルフウッドに、ミリィは照れたような笑みを見せた。 「聴こえてたんですか?眠ってる人に子守歌ってヘンかなって思ったんですけど、なんとなく、歌いたくなっちゃったんです。……うるさかったですか?」 最後だけ、少し心配そうに彼女は問いかける。 ふ、とウルフウッドの頬に笑みが浮かんだ。 「いいや。ええ曲やと思ったで」 「ありがとうございます〜。…あれ?夢の中でもわかったんですか?」 「夢見とったから、わかったんや」 「……?」 「綺麗な声やったな」 ウルフウッドがさらりと言った言葉に、ミリィの頬が赤く染まった。 「あ、あれ?」 ミリィは両手を頬にあて、嬉しさと戸惑いがないまぜになった表情を浮かべる。 そんな彼女に、ウルフウッドは少しばかり意味ありげな顔を見せた。 「どないした?」 「ヘンですね。顔がちょっと熱っぽいみたいなんです」 「どれ」 ウルフウッドは右手を伸ばした。ミリィの背に腕を回し、頭を自分のもとへと近づける。 額と額が触れ合った。 「…熱はあらへんなぁ」 「う〜ん。カゼじゃないんでしょうか?」 額を合わせたまま、ミリィは困った顔でこめかみに人差し指をあてた。 ウルフウッドが、そんな彼女の首に回していた腕にほんの少し力を入れた。 思わずバランスを崩したミリィを両手で抱きとめる。そして。 「おおきにな」 一言だけ、耳元で囁いた。 相手に返事をする間を与えず、彼はすぐに身体を起こした。両腕はミリィの肩に添えられ、彼女を支えている。 「大丈夫か?」 ミリィは3度、瞬きをした。そして我に返る。 「は、はい。大丈夫です。すみません……あれ?」 「どないした?」 「ほっぺ、治ったみたいです」 先程の拍子で頬の上気がおさまったらしい。 ウルフウッドはにっこりと笑って見せた。 「そら良かった。ほな、行こか」 「あ、そうでした!」 言われて、ミリィはようやく彼を捜しに来た当初の原因を思い出したらしい。 「先輩もヴァッシュさんもきっと待ちくたびれてますよ!急ぎましょう!!」 ミリィが慌てて立ち上がる。ウルフウッドもゆっくりと腰を上げた。 ばたばたと一度は走りかけた彼女が、不意に背後のウルフウッドを振り返り、彼のもとに駆け戻ってきた。 腕をつかむ。 「ダメですよ、のんびり歩いてちゃ。早く帰りましょう!」 言うなりミリィは駆け出した。つられてウルフウッドも走り出す。 「そうだ。昨日の夜に出た卵料理、すっごくおいしかったんですよ!ダーリンは卵嫌いじゃないですよね?よかったら、お昼はオムレツにしませんか?」 自分の腕を引きつつ喋る彼女に、つい苦笑してしまう。 けれど。手に触れる暖かさには、彼女の心の温もりが含まれているように感じられる。 「せやな。たまには卵もええか」 「じゃあ決まりですね!きっと、とってもおいしいですよ。楽しみです〜」 この安らぎは、ほんのひとときのことなのかもしれない。だが…。 隣を駆けるミリィの横顔を見つめながら、腕に温もりを感じながら。 つい、願ってしまった。 この娘と共に過ごす時間が、少しでも長く続いてくれるように、と……。 |
──Fin |
このお話は、ノベルページにもあります通り「Hide in the Dark」「TIME」を踏まえた話になっています。以前「Hide in the Dark」をアップした後で、掲示板でちらっと話題にしたウルミリバージョンです。(もう3ヶ月前の事なので、覚えてらっしゃる方も少ないでしょうか…(笑)) ミリィはもともとカンの鋭い娘ですよね。相手の心の内を見ることはできませんが、その雰囲気から喜怒哀楽を敏感に感じ取ることができると思うんです。だからこそ、決して内面を表に出さないウルフウッドの心を和ませられるのではないでしょうか。ウルフもそんな彼女に惹かれているように思います。 |