昏い闇の中。
 一人で佇むウルフウッドは、なんとはなしに懐の煙草を取り出した。マッチに火をつける。
 その一瞬、わずかな光が周囲を照らした。
 彼の身体がこわばる。
 だがすぐに平静さを取り戻すと、ウルフウッドは小さな灯を煙草に移した。右手を振って不用になった火種を消す。
 それを足元に落としながら、彼は紫煙を吐き出した。いつも繰り返している動作である。
 ──また、この夢か……。
 それに気づいた瞬間に、足元に何があるのかはすぐに理解できた。口元に苦い笑みが広がる。
 動揺は一瞬だった。
 後はただ、この中で時間が過ぎるのを待つより他にない。
 夢は、願望の産物だという。
 ならば、現在自分の立つこの場所こそが、彼自身の望みになるのだろうか。
 吸い終わった煙草が地に落ちる。
 火種がかすかな明かりとなり、足元を照らした。
 普段ならば即座に踏み消す火種を残したまま、ウルフウッドは小さく照らされた足元を見る。
 横たわる、いくつもの物言わぬ影。
 ──それは、彼が犯した罪の証。
 ここにあるのは、すべて彼が殺めた者たちのなれの果てだった。
 決して消えない事実は、記憶となって彼自身をさいなむ。忘れられるはずがない。忘れる気も毛頭ない。
 この場に存在する生者は彼らの命を絶ったウルフウッドのみだ。地に伏しているのは魂の宿らない亡骸ばかりである。
 いずれ……
 自分もこの中の『住人』となるのだろう。
「──?」
 旋律が聴こえてきた。
 遠くから伝わる、かすかな音色。
 即座に鎮魂歌だと思ったのだが、どこかが違う。
 だが、こんな場所で他に流れる旋律などある筈がない。──少なくとも、彼には思いつかない。
 本人が知らないものが、何故聴こえてくるのだろう?
 …いや、知っている。
 旋律が彼の記憶にふれる。楽器の音色ではない、これは……。
「…子守歌、か…?」
 温もりと優しさが感じられる、慈愛に満ちた声。そう、これは。この声の主は……。


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