DOWN !!


 【 1 】

「は、は、はーーーくっしゅん。う゛〜〜」
 大きなくしゃみをした後の特有の寒気に、ワイはベットの中に縮こまった。体がひどく怠い。そして熱を帯びているのにも関わらず、ひどく寒いのだ。
「牧師さん、大丈夫ですかあ?」
 あまりに派手なくしゃみだったからだろうか。ベッドの傍らに立っていたミリィが、心配そうにワイの顔をのぞき込んできた。
 はあ……。クリクリとしたライトブルーの瞳が、やけに愛らしいのう。
 ……と、見とれている場合ではない。
「ビックリさせてもうたか? すまん……ふわっくしゅん!」
「あらあら」
 彼女はクスリと微笑んだ。その笑顔に、ひどく照れくさくってしまう。自分の寝ているベッドの近くに、人が寄ってくるのはひどく久しぶりだから。
 ワイは風邪を引いた。病気とは無縁であるニコラス・D・ウルフウッドが、である。いつもの威勢のいい喋りは影を潜め、ベッドの上にノックダウンや。
 もしこれが、たったひとりの旅の途中であったなら、一人暮らしの老人さながら、ワイは孤独に病魔と闘わなければならなかったことだろう。けれどそれは免れた。それだけでも運がいいと、納得のいかない病気(納得のいく病気があるとは思えないが)を甘んじて受けようと、今はもう腹を決めている。(←著者注釈―もうこの辺り、熱のために思考経路がショートしているらしいく、普通はそんなことは思わないものだということすら気づいていない)。
 だから無理をしてベッドから這い出るようなこともせず、ワイは大人しく横になってる。そしてもうひとつ。ワイの心のマイハニー、ミリィ・トンプソンが誠心誠意看病してくれるので、身体が怠いということを除けば、ワイ的オッケーな状況だったりするのは、心の中の小さな秘密や。
「すまんなあ、看病なんかしてもろうて」
 水を換えたり着替えを洗濯したりと、きびきび動くミリィに礼を述べる。すると
「そんなあ。遠慮しないでくださいよ〜。困ったときはお互い様ですよお」
 彼女は屈託なく笑った。
 はあ、働く女というのはいいもんやねぇ……。
 特に自分のためだったりなんかすると、最高である。
 ミリィの姿は軽装にエプロン。けれど白衣の天使も裸足で逃げ出すほどの愛らしさで、ワイの為だけにとびきりのエンジェルスマイルを浮かべてくれる。さらに、労りと慈悲の心で、ワイを気遣ってくれる。
 ジ〜〜ン……。なんてええ娘なんやろ。
「ワイは世界一の幸せもんやなあ……」
 ワイは熱くなる目頭を指で押さえた。病気になると気が弱くなるせいか、ちょっとのことでも感動するものらしい。
 ……いや、ちょっとのことなんてゆうたら罰当たるがな、ホンマの話。
「もう、オーバーですよ。さあ、額のタオル、かえましょうね」
 ワイがひとりで感動していると、ミリィが額の上のタオルに手を伸ばしてきた。その手をそっとつかんでみたら、ひんやりとしてやけに気持ちがいい。
 ワイは相手のブルーの瞳を、真っ正面からジッと見つめた。
「ハニー……、ワイな……」
 こんなときだからこそいってしまおうか? ずーっと胸に秘めてきた、彼女に対する想い。
 いや、秘めてきたわけではなく、機会があるごとにさりげなく取り出してみてはいたのだが、彼女が鈍感なのか、自分のアプローチの仕方が悪いのか、未だになにも進展していないのだ。
 ……でも、ホンマのこというと、ずっと悩んでいる。あからさまに告白なんぞしてもいいもんなのか。つまり、ワイにそんな資格があるんかちうことや。
 かたや普通(?)のOLねーちゃん、かたや牧師とガンマンちうやくざ家業。相手のこと考えたら、やっぱ釣り合わんよなあ。 けど……しかし……やっぱ、つきつめると、往々にして、まがりなりにも、自分にだって幸せになる権利はあるんちゃうか!?(←著者注釈―熱のため、かなりのハイテンション)
「どうかしたんですか?」
 ミリィは小首を傾げている。けれど握られた手を振り払うような素振りは見せない。いや、むしろ向こうもワイの手をちょっとつかんでる感じや。これは……いけるかも!
 病気の時に卑怯かも知れないと、気持ちの隅で考えつつ、けれど、普通の時はネガティブな感情が心を戒めるのだから、ワイには今しかチャンスがない。そう心を叱咤した。
「ずっとアンタのことな……」
「はあ?」
 いえ、いってしまえ、ニコラス! 男じゃないか!!
 心の中のもうひとりの自分が叫んでる。
「その、ずっと、す、す、す……」
 その時や。
「ただいまーー!!」
「お買い物してきましたわよ」
「あーっ、先輩とヴァッシュさん、帰ってきましたよ。おかえりなさーい!」
 部屋の扉が開き、ヴァッシュとメリルが入ってきた。
 ぬお〜〜〜、なんてお約束の展開や! 今時、お笑い番組かてそんなんあらへんやろ!?(←著者注釈―怒りのため、トライガン世界をまったく無視した発言)
 ミリィはワイの手を優しくはずすと、メリル達に走り寄っていく。ヴァッシュが山のように荷物を持たされていたからだ。
「好きやってん……」
 ワイはタイミングを外した言葉を口の中でもごもご呟いて、ガクリとベッドに沈み込んだ。
 なんという間の悪さ……(泣)。
 そりゃ、日頃の行いは悪いほうかもしれんけど、こんなときくら神さんも力貸してくれてええんちゃうか。ワイかて毎日色々頑張ってるちうねん。
 ワイは枕に向かってブツブツと愚痴ってしまった。
「ウルフウッドさんの加減はいかがですの?」
 メリルが買い出しの品を確認しながら、ミリィに聞いている。彼女もまた、ワイの身体を気遣ってくれているのだ。
「ええ。だいぶ……あれ?」
 ミリィはそこで言葉を切った。こちらを振り返り、ビックリしたように目を見開いている。
 その隣から顔を出したトンガリも、少しだけ驚いた顔をしていた。
「うわっ。ウルフウッド、大丈夫? なんか顔が真っ赤だよ。また熱があがったんじゃない?」
「えっ? さっきはそんなことなかったのにぃ」
「ミリィ、またお喋りがすぎたんじゃありませんの? 病人に無理をさせてはいけませんわよ」
「う〜〜、ごめんなさい、先輩」
 メリルに軽くたしなめられて、ミリィはシュンと表情を暗くする。ああ、そんな顔せんといてーな。
「ごめんなさい、牧師さん」
「え、いや、こ、これは、ちゃうねん」
「今度はちゃんと看病しますからあ」
「あ……うん。たのむわ……」
 トンガリやメリルもいる手前、本当のこともいえず、ワイはあいまいにうなずいた。彼女はちっとも悪くないのに、注意を受けてしまったことに胸が痛まないでもないが、ミリィに告白しようとしていたので顔が赤いです……なんて、死んでも口にできへん。
 ホンマ、ごめんなあ……。かんにんやで、ハニー。
「じゃあ、今からおいしくてせいの出る食事作りますね。先輩、手伝ってください」
「ええ。じゃあ、あとは頼みますね、ヴァシュさん」
 ニコニコとしたトンガリをおいて、女性陣が台所へと消えていく。パタンと扉が閉じると、部屋の中が一気に暗くなった。華のない部屋というのは、かくも寂しいものなんや。キンキラキンで派手なトンガリ頭も、ただうっとおしいだけやった。
「ふふ〜ん」
 そのトンガリがワイのベッドに近づいてきた。その顔にはニヤニヤとした気色悪い微笑みが張り付いている。
「な、なんやねん、その笑いは!?」
「よかったね、牧師さん♪」
 ニッコリと浮かんだのは、まさにエンジェルスマイル。その笑みにどんな意味があるのか、本当のところはわからないが、今までの経緯や心情を見透かされた気がして、頭の上まで毛布をたくし上げた。
「うっさい、ボケ!」
 ホンマ、最悪や。


 【 2 】

 思い返してみるに、ワイは今まで本格的な風邪を引いたことなどなかった。
 孤児であり、幼い頃から殺すか殺されるかの世界に生きてきたのだから、病気などできるはずもない。ただの風邪といえど命取りというもんや。
 唯一安らげる教会(ホーム)にいたときでさえ、そうやった。迷惑はかけられない。ましてやかわいい子供達に、心配をかけるわけにいかんのや。
(それなのに……)
 いい年をして寝込むほどの風邪を引くとは。情けないことこの上ない。
 しかしながら、良く解釈してみると、心のどこかの緊張がプツンと切れた証拠かもしれなかった。気の置けない人間が側にいる。そんな安心感のあらわれれだとしたら?
(……ふぬけたなんてことは、考えんようにしておこう)
 ワイは耳の裏あたりに、風邪の熱とは違った熱さを感じていた。
 窓の外に吹く、乾いた風の音が聞こえる。時計の秒針の音がやけに耳障りな感じがする。多分熱のせいだ。
 風邪を引くと鼻が詰まる。だから嗅覚が失われる。熱があるから体がだるく触覚も鈍くなる。喉が痛くて味覚も壊れるし、眠ろうとして目を閉じるから視覚も遮断される。だから残った聴覚が、やけに敏感になるのかもしれない。
 さらに耳を澄ましてみた。
 隣接したキッチンから、話し声とたまに笑い声が聞こえてくる。さすがに内容までは聞き取れないが、なんだか楽しそうな雰囲気だ。
 野菜を刻む音がする。パタパタと歩く音がする。
 シーンと静まり返って部屋の中、少しだけ離れたところから聞こえる生活音というのは、こんなにも心地いいものなのか。それは新鮮な発見だった。
 部屋の扉がそーっと開く。誰かが来たのだろう。ベッドの側に近か付いて来たので、重い瞼をゆっくり開いた。
「あ、起こしちゃいましたか?」
 枕元に来たのはミリィだった。彼女の声に、ワイはゆるゆると首を横に振る。
「お食事できたんですけど、食べられますか?」
 今度は首を縦に振った。食欲はないけれど、彼女が作ってくれたものを食べたいという「気持ち」は強くあった。味覚はおかしくなってるやろが、きっと美味いに違いない。
「じゃあ、今、運んできますね」
 ミリィがパタパタと部屋を出ていく。その後ろ姿を見つめながら、
「風邪もいいもんやな……」
 と、素直な気持ちが口から漏れた。


◆NEXT◆