嘘っぱちTRIGUNファミリードラマ/前編



1/人間台風&元・保険屋さん(小)奮闘記

 さわやかな青空。雲ひとつない晴天。今日も暑くなりそうだ。
 まぶしい朝日が窓から斜めに差し込んで窓辺の花瓶を照らし、古びた床にくっきりとした影を落としていた。
 外からは「ラジオ体操の歌」の明るい音楽が聞こえてくる。
 そして、
「あったら〜しい あっさがきた♪ きぼ〜おのあっさ〜が♪」
 ラジオから流れる音楽に合わせて、調子っぱずれに歌っているのは……。
「あら、おはようございますヴァッシュさん」
 にっこり、とキッチンから顔を出したのは、黒髪ショートの小柄な美人。
 ピンクのエプロン(胸に黒猫のマーク付き)をかけ、手におたまを握りしめている。
「やあおはよう。いい朝だねえ保険屋さん」
「嫌ですわヴァッシュさん。わたくしはもう保険屋さんではありませんわ♪」
「ああ、そうだっけ。じゃあおはよう、メリル」
 にこにこ、と曇りのない晴れ晴れとした笑顔で応えているのは、金髪を逆立てた若い男性……としか表現できないヒト。以前は真っ赤なコートがトレードマークだったんですけどね(笑)。
 彼こそは……かつては600億$$の賞金首、人類初の極地災害指定『ヒューマノイド・タイフーン』と呼ばれて恐れられた男、その名もヴァッシュ・ザ・スタンピード。
 しかし、今こうしてメリルの前にぼーっと立っている彼は、何となくどこかネジがゆるんでいるような雰囲気がある。
 最近はゆるみっぱなしのような気がしないでもない、とメリルは思ったのだが、
(いい事なんですわ、ヴァッシュさんはきっと、この星に落ちてから初めて、何も思い煩う事もなく平和に暮しているんですから……)
 と、メリルは自分に言い聞かせた。
 ヴァッシュが宿敵にして唯一の同胞である兄弟・ナイブズとの長年に渡る確執に決着をつけてから、かれこれ一ヶ月。
 最近のヴァッシュは一時期見られたような張りつめた雰囲気がすっかり消えて、本当に幸せそうに日々過ごしている。
 多分、あの時彼は全てを吹っ切ったのだ。
 過去と訣別し、未来をめざすために……。
「ねーねー、今日のブレックファーストは何かなあ?」
「今日は白飯に豆腐とねぎの味噌汁に、卵焼きですわ」
「……最近ジャポンの料理が多いけど、それって何か意味あるの?」
「料理教室に通っていますの♪」
 と、おたまを振ってみせてから、ふとメリルは表情を曇らせた。
「ナイブズさん、今日も何も召し上がらないんでしょうか」
「……」
(はあ〜っ)
 思わず顔を見合わせ、ため息をつく二人。


 ……ヴァッシュがナイブズを連れ帰った事には、メリルは驚かなかった。むしろ、そうならない方がおかしいと思っていた。
 命は奪われなかったものの、ナイブズの傷は決して浅くはない。
 あれから、ヴァッシュとメリル、そしてメリルの可愛い後輩であるミリィは共同生活を送りながらナイブズの面倒を看ている。
『ナイブズにはこの先僕が“一生”ついているよ。それが僕の償いでもあるんだ』
 なんて事をヴァッシュは言う。彼らの一生というと何百年になるのか想像もつかないが、とにかくヴァッシュは本気らしい。殆ど、グレた息子を更生させようとするお母さんの心境だ。
 はっきり言って、ナイブズはヴァッシュに敗北したからと言って自分の考えを改めた訳ではないのだろうし、彼の人類全体に対する憎悪というのは相当根深い。
 今日明日でどうにかなるものではないだろう、とメリルは思う。
 しかし、ヴァッシュがそう決意したのだから、当然メリルとミリィもそれについてゆくと決めた。
 ……という訳で、いささか危険な共同生活が始まったのだった……。


「まあ、声だけはかけてみるけどね」
「お願いしますわ。ナイブズさん、わたくしとは一言も話をして下さいませんの」
「そりゃ僕に対しても同じなんだけどね〜(はあ〜っ)」
 あんまり気が進まないな〜、という態度アリアリでヴァッシュは兄の寝室に向かう。
 ナイブズはヴァッシュに命を助けられてこの家に担ぎこまれ、意識を取り戻してから殆ど一言も!会話というものをしようとしない。弟であるヴァッシュにさえそうなのだから、当然メリルなどはその存在さえ完全に無視しきっている。
 何を考えているのか全く分からない分、不気味だ。
 ヴァッシュは意を決して、ドアをノックした。
 コンコン。
 ……。返事なし。
 未だに自由に動き回れる体ではないのだが、安心してはいけない。一度ヴァッシュがノックせずにドアを開けた瞬間、椅子が飛んで来た事があったのだ。
「……は、入るよ」
 何故か恐る恐る断りを入れて、ドアをあける人間台風。
 そして……思わず絶叫した。
「や、やられた〜っ!!!」
 ベッドの中はもぬけのカラ。窓が全開で、カーテンが風に吹かれてヒラヒラしているのみ。
「メリル、メリル〜!!」
「何事ですの、ヴァッシュさん!?」
 ヴァッシュの叫びを聞きつけてメリルがおたまを握りしめたまま走って来た。
 一瞬で状況を把握し、頭を抱える。
「いつかはやると思っていましたわ……!!」
「僕ぁ奴を捜してくるよ!!いいかい、君はこの家から出ちゃダメだ!!鍵をかけて……それより町の人たちが……うああ〜!!」
 突如自分の兄が危険極まりない殺戮者であった事を思い出し(ってゆーか忘れちゃダメだよ)、青ざめるヴァッシュ。
「いいかいメリル、僕が死んだら3年は隠しておくんだ。そして影武者を立てて……」
「何を言ってますの、ヴァッシュさん。落ち着いて下さいまし!」
「これが落ち着いていられるかってんで〜い!!」
 と叫びながら、ヴァッシュは開いた窓から外に飛び出して行った。
「あっ!いけない、ミリィがまだ外に……」
 と、走り去るヴァッシュの背中に呟くメリル。





2/百万刃物vs元・保険屋さん(大)

「ぷあ〜っ、いい汗かいたですぅ♪」
 首から下げたタオルで顔をふきふきしながら、保険屋さん(大)ことミリィは幸せそうにツルハシに寄り掛かった。
「おお、ねーちゃんこれ飲めや」
 と、安全ヘルメットのおじさんが、ミリィに差し出したのは、よく冷えたコーヒー牛乳。
「わあ〜、ありがとうございますぅ♪」
 ミリィがこの町の土建屋に就職してからはや一ヶ月。まじめで力持ちの上に心の優しい彼女は、たちまち現場のアイドルとなっていた。
「ねーちゃん若いのに、ホントによく稼ぐなあ」
「はいぃ♪私、大兄ちゃんからよく、馬鹿力しか能がないって言われてたんですぅ」
「……」
 ごきゅごきゅ、とコーヒー牛乳を一気飲み(もちろん片手は腰)するミリィの視界の片隅を、何かがものすごいスピードでよぎった。
「?」
 目をぱちぱちさせて振り返るミリィ。その一瞬目視したものに、何となく見覚えがあったのだ。
 そして、パン、と手を打つ。
「ナイブズさんじゃありませんかあ〜♪ナイブズさ〜ん!!」
 ミリィの甲高い声は、意外なほどによく響く。
「ナ・イ・ブ・ズさあ〜ん!!」
 たちまちその界隈にいた全ての人間たちの視線が、その場をカサカサと走り去ろうとしていた人物に突き刺さった。
「……」
 その人物は、ぴたり、と立ち止まり、ギギギ〜っとロボットのような動作で、ミリィを振り返る。
 朝日に輝く銀色の髪、冷たい蒼の瞳、浮かぶ表情が全く違うので一見気づきにくいが、ヴァッシュと全く同じ顔形。
 人類の天敵、と言っても決して過言ではないミリオンズ・ナイブズその人であった。
 振り返った彼の顔には、「厄介な奴に見つかった」と書いてある。
「おはようございますぅ♪でもいいんですかあ、もう起きてもぉ」
(無視しろ、無視)
 ナイブズは自分自身に言い聞かせた。
「でも、そーですよねぇ。たまにはお散歩とかしないと、気分暗くなっちゃいますもんねぇ♪」
(う、うるさいこの大女!そんなでかい声で喋ってると……)
 実は、信じがたい事だが……彼は、ヴァッシュよりもメリルよりも、あるいはレムよりも、このミリィ・トンプソンが苦手だったのだ!
 天敵といってもいい。
 この不本意極まりない共同生活の中で、ヴァッシュメリルが遠慮や葛藤からナイブズに声をかける事さえできずにいるのに、このミリィだけは鈍感とも思える善良さでナイブズに話しかけてくる。無視されても一向に気にしない。にこにこしている。
 こういうタイプは一番厄介だ。
「でもナイブズさん、あんまり無理すると……」
 その時。
「何いっ、ナイブズだってえ〜っ!?」
 いきなり降って来た絶叫。そして、バビュッという突風を巻き起こしながら突撃してきたのは、誰あろう、プラントブラザーズの弟くん!!
(し、しまったあ!もう来やがった!!)
「あ、おはようございますぅヴァッシュさん♪」
「グンモーニン、ミリィ♪……ってそんなにこやかに挨拶してる場合じゃな〜い!!」
 危うくミリィのほのぼのワールドにはまりかけたヴァッシュは土壇場で踏み止まり、ずん、と一歩兄の方に向かって前進した。
 距離を置いて向かい合う兄と弟。
 一陣の風が埃を巻き上げつつ、通り過ぎる。
 緊張感が漂う。
 そして、それを興味深々!の面持ちで見物している、町の人々。すっかり人だかりができてしまっている。
 見せモンじゃないってば。
 

「さあっ、ナイブズ。いい子だからお家に帰るんだ。今ならママンも許してくれるよ」
「誰だそれはっ!!」

 ……これが、あの撃ち合い以来はじめて交わされた、兄弟の記念すべき会話。


 一方、ひそひそと人垣の間で交わされる言葉は……。
「……家出?」
「いい歳して?」
「ママンって……」
「知らねーのか?『今朝、ママンが死んだ』っつー書き出しの地球文学が……」
「そんなの関係ないでしょ、今は」
「あのおにいちゃん、いえでにんなの?」
「いや、弟が連れ戻しに来たんだな」
 その会話、全部ナイブズには丸聞こえ。


「……おのれヴァッシュ〜……」
 自分のキャラクター像が勝手に書き換えられてゆくような恐怖感に身震いしながら、百万刃物のお兄さまは人間台風の弟くんを睨みつけた。
「勘違いするなヴァッシュ!俺は自分の考えを改める気などない!!幾らお前達がよってたかってこの俺を洗脳しようとしたところでなっ!!」
「せ、洗脳って……そんな風に考えてたのかい、ブラザーっ!僕ぁ悲しいよぉ!!」
「やかましい(怒)」
 このままでは本格的にキャラが変わってしまう、という猛烈な危機感に捕われるナイブズお兄さま。

 
 その間にも周囲の人々の間では囁きが飛び交っている。
「ねえ奥様聞きました?洗脳ですってよ、怖いわねえ」
「新手の宗教かしら」
「あの方は脱退信者なのかしら?」
 全然違う……。


「ええい、これ以上何を言っても無駄だあ〜っ!!そこをどけヴァッシュ〜!!」
 とうとうブチ切れた気の短いお兄さまは、そう怒鳴りながら弟くんめがけてダッシュした。その初速は秒速777km。
 ヴァッシュもそれに気づいたが一瞬遅い!ヴァッシュに体当たりか!?
 と。
「んぎゃっ!」
 猫がふんづけられたような声をあげてひっくり返ったのは、ナイブズの方だった。
「???」
 何が起こったのか分からずきょとんとするヴァッシュ。慌ててナイブズに駆け寄る。
「ど、どうしたんだいナイブズ!……うっ!!」
 ヴァッシュは思わず絶句した。口元を手で押さえているのは……どうやら笑いをこらえているらしい。
 仰向けに地面に倒れたナイブズの顔面には、巨大なスタン弾がめり込んでいたのダ。
 これを撃ち出す事ができるのは、この町でただ一人。
「あんまりですぅ、ナイブズさん!ヴァッシュさんはホントにホントにナイブズさんの事を心配してるんですよぉ〜!それなのにそれなのに〜!!」
 目に涙をいっぱいためながら、ナイブズにすがりついてがくがくと肩を揺さぶっている大柄な女性は、言うまでもない事だがミリィちゃんであった。
「ねえっ、聞いてるんですかぁ、ナイブズさ〜ん!!」
「……」
 ナイブズは、ミリィに揺さぶられるたびに首をがくがくと動かしている。どうやら完全に気絶しているようだ。白目をむいているから、結構危険な状態かも……。
「あ、あのねミリィ。そんなに揺さぶると耳から脳が洩れて来ちゃうから」
 と、馬鹿な事を言ってヴァッシュはミリィを止めた。
 しかし、その顔は明らかに笑っている。


 そして、いつもよりちょっとだけ遅い朝ごはん。




3/人間台風&元・保険屋さん(大小)&百万刃物の、愛のお茶の間劇場

「いっただきま〜す♪」
「はい、たくさん召し上がれ♪」
「やっぱり御飯は炊きたてが一番だねえ♪」
「……」
 ああ、いいですわね、こういうの。
 小さな食卓を囲み、和気あいあいとした雰囲気で朝ごはん。それは家族の幸せ。
 しゃもじを片手に、その小さな幸せを噛みしめるメリル・ストライフであった。
「せんぱ〜い、おかわりですぅ!」
 早くも一膳目を片付けたミリィが、太陽のような笑顔でメリルに茶わんを差し出した。すかさずヴァッシュも、
「あ、僕もおかわりプリ〜ズ!!」
「はいはい、ちょっと待って下さいまし」
 にっこり、と微笑みながらいそいそとごはんを茶わんに盛りつけるメリルを、ヴァッシュはある種の感動を覚えながら見つめていた。
(いいなあ……。レム、僕ぁ今幸せだよ、レムぅぅぅぅうっ!!!)
「はい、どうぞヴァッシュさん」
 と、ヴァッシュに茶わんを手渡してから、メリルは笑顔で自分の左斜めに座っているナイブズに尋ねた。
「ナイブズさんもおかわりいかがですの?」
「……(怒)」
 無言。
 むっつりしたナイブズの顔には、ミリィのスタン弾の痕がくっきりと、バッテン印のように赤く残っていた。
 実は、彼が3人と食卓を囲むのは今日が初めてだったりする。
 あ、まだやっぱりダメみたいですわね、とメリルが思ったとき。
 ナイブズはお面みたいな無表情のままで、ぐいっと茶わんを彼女に突き出した。
 きれいに空になっている茶わん。それはメリルが瀬戸物市で買った、4人お揃いの花柄だ。
 メリルは感動のあまり涙ぐみながら、ナイブズの手から茶わんを受け取ってごはんをよそった。
 気分は、グレた息子と久々に心通いあった母の心境?
 仏頂面でごはんをかっこむナイブズ(しかし箸は握り箸だ)を、ほのぼのと見つめる。
 どうやらそれはヴァッシュも同じらしく、こっちは涙ぐむどころではなく大泣き。
(見てるかいレムぅ〜っ!あのナイブズがごはん食べてるよお〜っ!!)
 ヴァッシュの脳裏にレムの姿が現れ、優しいほほえみを浮かべながら、うなずいた。
“そうよヴァッシュ……ナイブズだって最初からあんな子だった訳じゃないわ……本当はとてもいい子なのよ。これからは兄弟仲良くやっていくのよ、ねえ、ヴァッシュ”
(うん。うん……分かってるよ、レム)
“でもねヴァッシュ……ナイブズは箸が使えないの。ちゃんと教えてあげてね♪”
「分かったよレムぅぅぅぅう〜〜っ!!」
「やかましいっ!!」
 いきなり食卓に突っ伏して大泣きしはじめたヴァッシュの首筋に、ナイブズが熱々の味噌汁
を流し込んだ(よいこは絶対真似しちゃだめだぞ!)。
「&(I`&$%#\"@_@1!!we!!!!……豆腐、豆腐が背中にいっ、気持ちわるう〜っ!!!」
「きゃ〜っ、だいじょぶですかあ、ヴァッシュさ〜ん!!」
「しっかりして下さいまし!」
「ふん」
 たちまち大混乱に陥るほのぼの食卓。
 しかし、これは彼ら家族(?)を待ち受ける波瀾の人生の幕開けにすぎなかった……。


 おまけ。
「ね〜先輩♪」
「何ですのミリィ」
「こ〜ゆ〜のを『雨降ってぢがたまる』ってゆーんですよねぇ♪」
「……それを言うなら『雨降って地固まる』ですわ、おばかさん♪」
 

次回予告:人間台風&牧師さんのマジカル・ミステリーツアー!


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