幸福な光景

  【 1 】



 和やかな空気が流れている。
 ここはとある街の一軒家。さほど広くはない部屋の中は、黒い服を着た多くの人で賑わっていた。豪勢とはいえないが、心づくしの料理がテーブルいっぱいに並べられ、訪れたものすべてに酒も振る舞われている。
「牧師様。さあさ、どんどん飲んでください」
「おお、こらおおきに」
 その中に、ウルフウッドの姿があった。数人に囲まれ、酒だ料理だと色々なものを次々に差し出されている。
「堪忍してーな。そんないっぺんには飲みきれんわ」
「いやいや、飲んでもらわなくちゃ、コチラの顔が立ちませんよ。墓の中の婆様に怒られちまう」
 四方から延ばされる酒瓶や料理の皿をみて、思わず苦笑いが漏れる。けれどもちろん、イヤな気分ではない。
 今日、葬式があった。この街を訪れたのは偶然だったし、この街に牧師や坊主がいないのも偶然であったが、大きな十字架を担いだ彼が、街の人に葬儀を頼まれたのは何かの引き合わせなのかもしれない。
「あんたはまだ若いのに、いい説教をしてくれた。きっとあの世の婆様も喜んでいることでしょう」
 亡くなった人の息子だという中年の男は、先程からしきりと礼を述べ続けている。見た目より、酒がまわっているのだろう。ウルフウッドは曖昧に微笑んで、男の言葉を受け取っていた。
bb決まった儀式をしただけやbb
 などと興ざめするようなことは決していわない。たとえ心で思っていても。相手が喜んでいるのだから、余計なことは言わない方がいいのである。
 今日は齢70を過ぎたという女性の葬式だった。この星で生きる人間達の寿命は決して長くないことを思うと、70年以上生きた彼女は大往生だといっていい。伴侶には10年も前に先立たれたというが、4人の子供と12人の孫に恵まれ、子供達は皆マジメに生きているというのだから、おそらく幸せな人生であったのだろう。また葬儀に集まった多くの人々bb親類、友人知人、近所のものたちも、亡くなった婦人を慕っていたようである。あちらこちらで先人を偲んでは、想い出話に花が咲き、涙の中に穏やかな笑みが含まれていた。婦人との別れが辛くないわけではない。ただ、彼女が多くの人に愛されていて、彼女の一生が幸せであったことを、みなが知っているのだ。
(こんな明るい葬式は初めてや……)
 ウルフウッドは頭の隅でそんなことを思っていた。喪服を着た人々の黒い波。けれど空気に重みはなく、人の気持ちは沈んでいるばかりではないのである。
「お疲れさま〜」
 聞き慣れた声が背後から聞こえた。ヴァッシュだ。彼もまた、この葬式を手伝っていたのである。ふたりは一緒に旅をしているのだった。
「おう」
 ウルフウッドは軽くグラスをあげて、ねぎらいの言葉に応えた。
「いやー、それにしてもさ」
「なんや?」
「本当に牧師だったんだね」
「あのなあ!」
 思わず顔に苦いものが浮かぶ。
「だってさ」
 それでも相手は構わずに、
「初めてみた。お仕事してるとこ」といって笑った。
「そやったか?」
「そうだよ」
 ニッコリと笑うヴァッシュを横目で睨みつつ、頭では、別のお仕事ならずっとしてるんやけどな、と考える。けれど口からは別の言葉がでてきた。
「そーゆうオドレは、自分の姿、鏡でみたんか?」
「姿?」
「そや。お前のその格好のせいで、何度ワイが吹き出しそうになったことか」
 ウルフウッドはそういいながら、すでに肩をふるわせて笑いを堪えている。
「えー、似合わないかなあ」
 言われた方はといえば、自分の姿を見下ろしたり、腕を広げたりしていた。
 実は、彼の現在の服装というのが、喪服姿なのである。それも、借り物であるためにズボンも上着も若干丈が足りていない。これは葬式を手伝うということで、街の人が用意してくれたものなのだ。さらに、いつも立てている髪の毛を、今日はオールバックに整えており、田舎から出てきたサラリーマンという風貌、というところであろうか。
「なんや、自覚ないんかいな」
 大げさに肩をあげ、牧師はケタケタと笑っている。
「おい、そんなに笑わないでくれよ。だいたい、今日はお葬式なんだぜ。牧師のくせに不謹慎だよ」
 ウルフウッドの耳を引っ張りながら、ヴァッシュは口を尖らせた。
「いたたた。わーかった、悪かったて。引っ張るなや。でも、そーゆうけどな、この葬式に集まっとる人みてみい。なんやみんな、ごっつ明るいやんか」
 ふたりは改めて部屋の中を見渡した。料理を頬張る人々も、親戚の人々も、口々に故人の思い出話を語っては、泣いたり笑ったり、それは和やかでどちらかといえば明るい雰囲気だった。
「こんなん初めてや。どう思う?」
「どう思うって……」
 問われて、ヴァッシュは目を細める。微笑ましいものを見るような、懐かしいものを思い出すような、そんな表情だった。
「当たり前だろ。リラの葬式なんだもん」
「…………えっ?」
 一瞬の間をおいて、ウルフウッドは相手の方を仰ぎ見た。しかし視線の先に、すでにヴァッシュの姿はなく、彼はといえば人々の輪の中に加わり、会話に耳を傾け始めてる。
「リラ……」
 ウルフウッドは彼から発せられた名を繰り返した。それは、今日行われた葬式の故人の名である。
(知り合いだったんか……)
 どうりで熱心に手伝っていたわけだ。
 ウルフウッドは、一気に体の中の酒が抜けてしまったような気がして、とりあえずタバコに火を付けた。
 立ち上る紫煙の向こうに、周囲の人と楽しげに話しているヴァッシュの姿がある。知人が死んだという事実。それをあの男はどう受け止めているのだろうか。
 ヴァッシュの似合わないオールバックの髪を、もう笑える気分ではなくなっていた。


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