Side ARC
SCENE 1


 祖国スメリアを追われて半年が過ぎようとしている。
 国王を暗殺した犯罪者として指名手配され、16才になったばかりの若きリーダー、アーク・エダ・リコルヌにとっては少々酷すぎる運命ではあった。
 今や無二の友でもあるスメリアの元兵隊ポコは、持ち前のおだやかな気性で、たえずアークの身を案じてくれる。他のメンバーもポコほどストレートではないが、さりげなく気をつかっているのがわかる。汚名を返上するまでは祖国に戻れないアークにとって、頼れる仲間のいる現状に深く感謝せずにはいられない。
 幸いにも大型飛空戦艦が彼らの手元にはあり、食料と動力の調達の難を除いては一応不自由のない生活は送れた。が、彼らに懸けられた百万ゴッズという賞金のおかげで、目の色を変えて追いまわすハンターや一般市民が後を絶たず、地上にはすっかり降りにくくなってしまった。上空での生活が続き、表情には出さないようにしていたが、皆、精神的に疲労していた。
 彼らは上空生活を逆手に取り、無実の罪をなすりつけたスメリア国大臣アンデルの手がかりを探している最中でもある。異国間を飛び交う無線情報を拾い、どうやら軍事国家ロマリアと何か関係があるらしいということを確信した。
 現在、一行はロマリアの密輸ルートを追跡し、アルディア大陸付近の上空を移動している。
「アーク、顔色が優れないようだけど大丈夫?」
 はじめに異変に気づいたのはポコだった。
 声を出そうとしても返事にはならず、アークは精一杯の笑顔でうなずいたものの、自らの身体を抱くように、そのまま地面へと崩れた。異常なほどの汗が身体から滲み出している。
「トッシュ! トッシュ! アークを仮眠室へ運んで!! それからゴーゲンを呼んで!!」

 数分ほど前から降り始めた雨は、次第に激しくなり飛空戦艦シルバーノアの窓をたたきつける。時折、天を裂くような鋭い閃光が空をはしる。
「嫌な天気じゃのう」
「まったくだ」
 会話を交わしたのは、大魔法使いゴーゲンと剣客トッシュである。
 ゴーゲンは医学書を片手に、トッシュは杯を片手に、ともにアークを看病している。刻はすでに深夜であり、ポコは先ほどからこくりこくりとうたた寝をしている。
「でも、ただの疲労でよかったな」
 トッシュは少々酒気を帯びてはいるが、眼光だけは真剣にアークの様子をうかがってる。
「明日になったら栄養のつくものでも食わせてやろうぜ」
 風雨に煽られ、ぐらりと機体が揺れる。
「おっと」
 ぱたんと倒れた杖をゴーゲンは拾いあげ、それを支えにそのまま立ちあがる。
「もう大丈夫じゃろう。トッシュ、お前さんもあんまり無理をしなさるな。泥酔する前に寝床に戻るのじゃよ」
「ああ」
 トッシュは酒瓶が空になったのを確認し、うたた寝をしているポコをひょい、と片手に担ぎ上げ、なるべく音を立てないようランタンの火をそっと消した。

 激しく降りつける豪雨の音に寝つけずにいたトッシュは、艦内の見まわりをしていた。
 操縦室の前を通りかかると、明かりは煌々としているのに、いるべき人物の姿が見当たらない。
「…おい?」
 不審に思い、少し声を大にする。
「チョンガラ! チョピン!」
「深夜じゃぞ。静かにせんか」
 どうも床下の方から声がするようである。見ると操縦席の下のエンジンルームへと続く戸板がぽっかりとあいている。
「…何やってんだ…?」
 トッシュが覗きこむと、うすぼんやりとした明かりの向こうに、チョンガラの自慢のヒゲが現れた。チョピンとイーガもいる。だが、その顔はやけに深刻そうである。
「何かあったのか?」
 突き上げた嫌な予感に、心臓がドクンと呼応する。
「エンジンが危ない」
 艦長と操縦士に代わって答えたのはイーガだった。
「危ねえって一体…」
「このままではもたぬ。緊急着陸が必要だ」
 半年間の飛行についに耐えきれず、エンジンがオーバーブローしているのだという。今は予備動力で何とか飛行を続けてはいるが、それも時間の問題で、一刻も早く着陸しなければならない。
「だが、暗がりの中を着陸するには機体の損傷を避けられない」
「かといって、このまま飛行してたら真っ逆さまなんだろ! 迷うことはねえじゃねえか! さっさと操縦しやがれ!」
 その刹那。
 艦内の照明が一瞬で消えた。続いて尋常ではない振動が後を追う。
 戸惑う声。叫ぶ声。神に助けを求める、声。
 暗闇の中、飛空戦艦シルバーノアは、雷雨に翻弄されるようにアルディアの大地へとその巨体を傾けたのだった…。


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