Side ELC
SCENE 1


 昨日までの雨も上がり、プロディアスには雲一つない青空が広がっていた。
 アパートを出たエルクは空を見上げ、目を細める。
「やっぱりからっと晴れると気分いいよなぁ」
 一週間かかったギルド仕事を無事終えて、昨日はゆっくりと休養をとった。そのおかげで気力も充実、早速新たな仕事を探すべく、彼はギルドへ向かう最中なのだ。
 エルクは見慣れた看板のかかった扉を開けた。
 中にいる顔見知りのハンターに挨拶をしながら、奥へと向かう。
 窓口に陣取っているのは、このプロディアスハンターズギルドの主だ。向こうは目聡くエルクの姿を見つけ、早速声をかけてきた。
「エルクか。この間はお疲れさん。なかなかの仕事っぷりだったようだな」
「サンキュ。で、なんか面白い仕事はねぇか?」
「相変わらずだな…ああ、面白いかどうかわからんが、少し厄介なものが入った」
 依頼書の束を繰りながら、ギルドの主が話を続ける。
「行方不明者の捜索だ。依頼人はインディゴス在住。数日前から泊まり込みで仕事をしていた父親が、帰宅後行方がわからなくなったらしい」
「へぇ…」
「手がかりが少ないからな、仕事を受けるハンターがいるかどうか…」
「俺がやる」
 カウンター内の男が顔を上げた。にやり、と笑う。
「そう来ると思った。おまえはこういう胡散臭い仕事をやりたがるからな。こいつが連絡先だ」
「サンキュ」
「ああ、エルク」
「ん?」
 振り返る彼にギルドの主は片目をすがめた。
「この仕事には助っ人を呼んだ方がいいぞ」
 エルクが訝しげな表情を返す。
「長年こういった仕事の斡旋をしているとな、なんとなくわかるんだ」
「ふ〜ん。…忠告ありがとよ、オッサン」
「気をつけな、『炎使い』」

 お父さんを捜して下さい、よろしくお願いします。と、少女は最後に二人に対して深く頭を下げた。
 礼儀正しい娘だった。
「なぁ、シュウ。どう思う?」
 少女が去ってから、エルクが言葉少なに問い掛ける。
「情報が少なすぎるな。今の段階でどう、とは答えられんが…」
 話によると、少女の父親は腕の立つ技師だったらしい。その腕を見込まれて、今回個人契約である仕事を依頼されたという。
 だが、仕事の詳細は妻子にも打ち明けていなかった。仕事内容を口外しないこともまた、契約のひとつだったのだ。
 連絡先と仕事期間だけを告げて、父親が家を空けたのが2週間前。
 3日前に仕事を終えた父親が自宅に戻ってきた。だが、落ち着く間もなく、直後にかかってきた電話で家を空けたという。
 それが、少女と母親が父親を見た最後になったのだ。
「それにしても、相変わらずだな、エルク」
「ん、まぁね」
 シュウの言わんとする所はわかっている。
 エルクがハンターになったのは、シュウへの憧れもさることながら、自分の過去への手がかりを探す為でもあるのだ。記憶の片隅に残る正体不明の存在は、エルクの中で未だはっきりした像を結ぶことはない。
 ただ、今回のようにシュウに仕事の助っ人を依頼したのは久しぶりだった。
「あのオッサンの言葉を真に受けたわけじゃないけどさ、ちょっと気になったんだ」
 歩きながら彼の話を聞いていたシュウは、口元を手で覆う。
「いや、あながち的外れでもないかもしれんぞ。人間の勘は馬鹿にできないものがある」
 エルクが目を丸くした。
「シュウがそういうことを言うなんて思わなかったぜ」
「時と場合によるがな」
「ふ〜ん。ま、いいや」
 話しているうちに、二人はギルドの前に辿り着いた。
 扉をくぐり、シュウは奥へと向かった。ギルドの主と何やら話を始める。
 エルクは久しぶりに訪れた懐かしいギルドの中を見回した。
 シュウに拾われてそろそろ4年半になる。ここインディゴスギルドは、エルクがシュウの仕事を手伝い始めた頃から独り立ちするまで通いつめた場所だ。当時から内装も変わること無く、少しだけ時間が戻ったような錯覚を感じる。
 室内を眺めるエルクの視界の端に、1枚の手配書が映った。
 賞金額面は百万ゴッズ。他と比べると破格の金額だ。
 手配書に書かれた名前はアーク・エダ・リコルヌ。
 スメリア王暗殺の咎で全国に指名手配された、A級犯罪人。
 一国の国王を暗殺し、その国の飛空戦艦シルバーノアを奪って姿を消したアークの賞金額には、スメリアの威信そのものが含まれているのかもしれない。
 その賞金額のため、多くのハンターもアークの行方を追っているはずである。にも関わらず、皆目手がかりはないという。
 未だに杳として行方の知れぬ犯罪人に対し、スメリアの上層部はどれほどの捜索を行わせているのだろうか。
「…アーク・エダ・リコルヌ…」
「どうした?」
 思わず呟いたエルクの言葉を、シュウは耳聡く聞きつけたらしい。
 エルクは軽く首を横に振った。
「いや、なんでも。さっさと行こうぜ、シュウ」
「…そうだな、まずは唯一の連絡先をたどってみるか。あの少女も調べてはいたと思うが」
 こうして、2人は手がかりを求めて捜索を開始することになったのである。


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