Side ELC
SCENE 2


 少女の父親の名はサイモンという。
 二人はインディゴスギルドの電話を借り、まずはエルクが唯一の手がかりでもある連絡先の電話番号を丁寧に指で回した。
「こちらは技術者雇用センターです」
 数回の呼び出し音の後に、電話に出たのは事務的な男の声だった。
 相手を確認したエルクは、ちらりとシュウに目で合図を送る。
「2週間前に働いてたサイモンさんのことで」
 質問の終わらぬままに、否の返答が戻ってきた。
「退職された方につきましては、当方ではお答えすることができません」
「サイモンさんの仕事の内容だけでもいいんだけど」
「こちらは受付の代行業者ですので内部事業に係わるご質問はわかりかねます」
「じゃあ誰に聞きゃいいんだよ」
 応対のあまりのそっけなさに、エルクの口調もつい荒くなる。
「事業所に直接おたずねください」
「連絡先は…」
 ブツリ。
 連絡先をたずねようとしたところ、無常にも相手の通信が途絶えた。
「畜生!」とエルクが乱暴にガチャンと受話器を置く。
 じろりと奥からギルドの主が目を光らせたので、エルクは苦笑して手をひらひらさせて謝った。ふう、と小さくため息をついて、シュウの方に向き直る。
「あの女の子が依頼してきた気持ちがわかるぜ。とりつく島もねぇよ」
 ある程度相手との会話を理解したシュウは、ふむ、とうなずいた。
「まるで手がかりがない、というわけでもないな」
「えっ?」
 シュウの意外な発言に、エルクは思わず驚きの声を出した。
 まだ意味が理解ができず不思議な顔をしている相棒に、シュウは自分の考えを述べた。
「連絡先に代行業者を立てるということは、少なからず普通の事業ではない。何をしようとしているのかはともかくとして」
 一旦言葉をやめ、シュウは自分の導いた結論に少し難しい顔になる。
「国家機関の対応がまったくないのも気になるな。逆に黙認している可能性が高い」
「…市民には知られたくない作業ってわけか」
「恐らくな」
 ただの短い言葉の肯定であったが、それはこの依頼の難しさを確実に語っていた。
「まずは目先の砦をなんとかせねばな」
 エルクがその方法を聞く間もなく、シュウは受話器を取り上げ、先ほどの連絡先に再びダイヤルを回した。
「こちらは技術雇用センターです」
「私はローワンと申します。医療関係の仕事をしておりますが」
 シュウの突如口から出た、見知らぬ名前にきょとんとするエルク。
「どなたからの紹介でしょうか?」
「ラド氏です」
「…少々お待ちください」
 知り合いの闇医者の名を出したのはシュウにとっても賭けであった。これで雇用の返答があるようならば、間違いなく公にはできない裏の組織である。
「お待たせしました。事業所本部がプロディアス南の人工島にありますので、詳細はそちらの方で直接おたずねください」
「わかりました。失礼します」
 静かに受話器を置くシュウを、エルクがぽかんと口をあけて見上げる。
 シュウは「侵入するにはこういう方法もある」と少し微笑んでみせた。

 プロディアスの南に位置する人工島といえば、つい先月完成された埋立地である。広さは町一つ分ほどのこの島に、同盟国ロマリアから平和の象徴として銅像が寄贈されるという専らの話題である。
「例えば、エルクならどうする?」
 ふと、シュウはそんな質問をエルクに投げかけてきた。
「技師を雇ってか? うーん…、立派なヒゲをつけてもらうとか」
 エルクらしい回答に、シュウは小さく笑う。
「なんだよ、そんなの思いつかねぇよ。シュウならどうすんだよ?」
「さて…まるで見当もつかないな」
「ごまかすなよ」
 二人はプロディアス付近の地図を広げ、人工島のあたりに赤の筆記具でチェックを入れる。
「とにかく、場所は押さえた。ここからは二手にわかれた方がいいかもしれんな」
「じゃあ、俺は事業所の連中を探ってみる。現場の方はシュウに任せたぜ」
「うむ」
「連絡方法はどうする?」
「時間がかかるが無難なところで郵便を使おう。宛先はインディゴスギルドだ」
「わかった」
 準備の整ったシュウが、先に現地に向かうことになった。
 エルクは依頼人である少女に行き先と調査方法を伝えた。「心配しないで待ってろ」と付け加えることも忘れない。
 シュウのアパートの部屋を借り、必要な道具を揃え終わったときには、既に日が西に沈もうとしていた。
 エルクはこの部屋から見える窓の景色が昔から好きだった。しばらく時間を忘れてぼんやりと外を眺めていた。夕暮れのインディゴスからでも、プロディアスの南に浮かぶ人工島ははっきりと見える。
 エルクは大きく伸びをして、身体の緊張をほぐした。彼なりの気合の入れ方である。
「平和の象徴…か。人ひとり行方不明になってりゃ世話ねぇな」


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