Side ELC 一通りの取調べが終わった頃には、日は既に落ちていた。 二人はプロディアスギルドを通じて依頼者である少女に事件の顛末を報告し、その日はエルクのアパートで休息を取ることになった。ここ数日間で精神的にもずいぶん疲労がたまっていたらしく、二人とも着ている物もそのままに泥の様に眠りについた。 |
「ようやく人心地ついたって感じがするな」 暖かいミルクを一口飲んで、エルクは晴れやかな笑顔でシュウに話しかけた。 シュウは所持していた火薬物を点検しながら、エルクの方を見やって相づちを打つ。 明けて翌日である。二人は午前中からプロディアスギルドに赴くと、事件の結果を書類にまとめるなどの作業を行っていた。 「まったく…ドロドロの格好で戻ってきたときには、何があったかと思ったがな」 奥からギルドの主が顔を出す。 「そういや、エルク。ビビガがギルド仕事を引き受けてるのは知ってるか?」 「ああ、聞いたけど」 「どうやらあと2、3日かかるみたいだぜ。部屋の事、頼むってよ」 「ビビガの野郎、いつもと逆じゃねぇか」 ぶつぶつ言いながらも、いつもビビガには世話になっている身なので、あまり大きな態度はとれない。 「わかった。こっちの事は任せて、しっかりやれって言っといてくれよ」 「伝えとくぜ。それよりちょっとは作業が進んだのか?」 ギルドの主は作成中の書類を覗き込むと、にやにやと笑いながらエルクの頭を叩いた。 「お前もシュウを見習って、もっと綺麗な字を書くようにな」 「それ、インディゴスでも言われたぜ」 エルクは持っていたペンを指ではじきながらふくれっ面をしてみせると、すかさずシュウが口を挟む。 「余所見をしているとミルクをこぼすぞ」 「もう、二人とも子供扱いすんなって!」 文句のひとつでも返してやろうとエルクが立ちあがったところに、「こんにちは」と声がした。 二人に父捜しの仕事を依頼した少女が訪ねてきたのである。 「昨日はお礼のご挨拶もできなくてすみませんでした。お父さんを助けてくれてありがとうございます」 出会ったときと同じように深く頭を下げる少女に、エルクははにかみながら答える。 「いいって。それより親父さんの調子はどうだった?」 「今朝、意識が戻ったんです。病院の先生も、1週間もすれば起きてもいいって」 「そりゃよかった」 エルクはちらりとシュウを見て言う。 「ここにも名医が一人いるのにな、ローワン先生」 シュウは表情を動かさないまま、エルクのお尻をつねる。 「いてえっ」 「ハンターさん?」 「いや、なんでもない」 涙目で痛みをこらえるエルクに代わってシュウが答える。 少女は小首をかしげて二人を見ていたが、手にバスケットを持っていたことを思い出し「あ、いけない」と言って差し出した。 「これ、よかったらみなさんで召し上がってください」 エルクがバスケットを覆っていたナフキンを外すと、ふわりと焼き立てのパイ生地の甘い香りが広がった。 「おっ、うまそー!」 「ちょっと焦げちゃったんですけど」 と、少女が言うが早いか、エルクは大きな口を開けてパイを放り込む。 「ん、最高!」 エルクの言葉に、少女はにっこりと笑う。 「これからお父さんのお見舞いに行ってきます」 少女は「本当にありがとうございました」と再び一礼すると、ギルドを後にした。 表に出てからも少女は窓越しに大きく手を振った。そして、きびすを返すと病院に向かって駆け出した。 遠ざかる少女の姿を見送りながら、エルクはシュウに向かって言う。 「人助けって気持ちがいいよな。俺は誰かの笑顔が見たくて、この仕事をやってるのかもしれねぇ」 エルクらしいな、とシュウは思う。 彼にとっては依頼者の心からの笑顔が何よりの報酬なのである。 ギルドの主がパイを口に運びながら言う。 「『炎使い』、俺の勘は当たってたろ?」 「ああ。またシュウに借りができちまったな」 エルクは窓を勢いよくあけ、朝のひんやりとした空気を楽しむ。 自分の未熟さを心に刻むとき、彼はその表情を他人にはみせない。 「でも、いつかはシュウを越えるハンターになってみせるからな」 半分はシュウに、半分は自分に言い聞かせるように、少年は力強く言った。 エルクならなれるだろうと、その姿をさながら巣立つ若鳥を惜しむ親のようにシュウは見守る。 それにしても。 気になるのはアンダーソンの最後の笑みである。 まだ何か手札があったのだろうか。 最悪の事態を予測せざるを得ない職業柄の思考であるが、そこには人を人とも思わぬ残酷な陰謀の匂いがし、思わずその考えを打ち消した。 …まさか、な。 我々ハンターは病に対する薬のようなものだ、とシュウは思う。 所詮は事件が起こってからではないと対処することができないのだ。 「あ、オッサン、俺の分まで食うなよ!」 「早いもの勝ちだろう、こんなものは」 騒々しい声が響き、漆黒の装束を纏うハンターは苦笑して振り返る。 「シュウ! 早く食わねえとなくなっちまうぜ!」 果てない青空、囀りあう鳥たち。 とこしえに平和な世界であれという願いを反映するかのように。 雲間から陽光が満ちあふれ、プロディアスを包んでいた―――。
──fin
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