01 地図 (デビチル・刹那&未来)


「刹那、ちょっとヴィネコン見せてくれない?」
 帰宅してからすぐに隣家を訪問した未来は、開口一番にこう切り出した。
「構わないけど。どうしたんだ、突然」
 頼まれるまま部屋からヴィネコンを持ってきた刹那は、起動させつつ問いかける。
「ちょっとね、気になることがあって」
 未来は慣れた手つきでヴィネコンを操作すると、目的のプログラムを立ち上げた。
「……やっぱり刹那のマップも簡易版なのよね」
「作りは同じなんだから、当たり前だろ」
 簡易版という単語にややひっかかりを覚えたものの、刹那は応じる。
 未来は腕を組み、画面を凝視していた。
「ま、そうなんだけどね。物足りないって思わない?」
「は?」
「もっと精密にマッピングができれば、俄然ダンジョン攻略にも意欲が沸いて来るじゃない」
 デビダスコンプリートを成し遂げたくせに、なにをかいわんや、である。
 部屋の片隅で二人の様子を見守っていたクールは、何とも言えない表情を浮かべている。
 その視線に自分の気持ちに通じるものを感じ取り、刹那は苦笑を返した。
 ある意味、刹那の心情を一番理解しているのは、パートナーである彼かもしれない。
「決めた!」
 突然、未来が声を上げた。
「私、もっと精密なマッピングプログラムを自分で作るわ!」
 ……ちょっと待て。
「そうよね、欲しいものがないなら作ればいいのよ。ヴィネコンについて詳しそうな人に話を聞いてみればいいし、プログラムならこの世界で充分勉強できるもの」
「具体的に誰に聞くんだよ?ヴィネセンターのジャックフロストはデータ管理専門みたいだし」
「あ……」
「送り主だってわからないままだろ」
「……そういえば」
 刹那の元に届いたヴィネコンとデビライザーは、送り主を確認する前に伝票ごと箱が滅茶苦茶になってしまった。
 また、未来の元に届いたそれらは、セントラルランドの少年の幽霊が運んだもので、再度セントラルランドを訪れた時、少年は既にいなかったと聞く。
「パパはヴィネコンについてどのくらい知ってるのかしら」
「どうかな。デビホンならゼットだと思うけど」
「物知りっていうならラハブが何か知ってるかも」
「言い伝えなんかには詳しいだろうけど、コンピュータは専門外じゃないか?」
「うーん……」
 未来が思案顔で腕を組み、頬杖をつく。
 特に不思議に思わず使っていたデビライザーとヴィネコンだが、こうして考えてみるとその由来は謎が多い。
 ただ、デビルチルドレンが扱うべく用意されたものであるならば、ルシファーが何らかの関与をしているはずなのだが、それを敢えて未来に教える気にはなれなかった。
 制作者が不明であれば、システムの解析も難しいだろう。
 個人でプログラムを作ることも、そう簡単にはできないのではないだろうか。
 ――要は、未来が先程の思いつきを諦めてくれればいいのだ。
 プログラムの製作過程で巻き起こるであろう厄介ごとを想像し、軽い頭痛を覚えた刹那としては、円満見送りを希望したい所なのである。
 大事件も解決した今、しばらくの間は平穏無事な生活を満喫したいと思うわけで。
 しかし。
「ま、動く前からあれこれ気を回しても仕方ないわよね」
 あっさりと、未来は結論を出した。
「ともかく魔界に行ってヴィネコンの事調べてみるわ。制作者はどこかにいるはずだもの、捜せば見つかるだろうし」
 ――甘かった。
「そんな簡単に出来る事じゃないだろ」
「あら。やってみなくちゃわからないわよ」
 未来の果てしなく前向きな姿勢は、誰もが評価する点である。
 一度言い出したら聞かない事も。
 走り出したら止まらない、というのは、彼女を指す言葉だと刹那は確信を抱いているのだから。
「そうと決まれば善は急げよね!魔界に行って来なくっちゃ」
 元気一杯宣言する未来は、朗らかで屈託がない。
 ……こんな顔を見せられては、応援するしかないだろう。
「ま、頑張れよ」
「ありがと!プログラムの改良が出来たら、もちろん刹那のヴィネコンにも入れてあげるわね」
 いや、別に気を回さなくてもいいんだけど。
 という言葉は敢えて飲み込み、刹那は未来を送り出す。
 部屋の片隅から、聞こえよがしな溜息が漏れた。
「おまえ、最近本っ当に未来に甘いよな」
「一応自覚してるさ」
「それはそれは」
 刹那は苦笑を返したのだが、その表情に彼女への気持ちを見て取ったのだろう、クールは処置なしと言った体で、あらぬ方向を見やったのである。

──fin
(2005.03.20up)






02 長い道 (サモナイ3・キュウマ+アティ)


「ミスミを頼む」
 最後の言葉は、淡々としていた。
 状況は悪化の一途をたどり、生還かなわぬであろう事は、誰の目にも明らかだった。
 しかし、彼の笑顔は力強く。
「お前にしか頼めねぇ。ミスミと腹の子に、シルターンの景色を見せてやってくれ」
 主君を守って死ぬことこそが、シノビの最期であるはずだった。
 なのに。

 あの剣を持つのは、一人の娘である。
 軍に所属した経歴があるという話だったが、それが信じられないほどに、お人好しな、心優しい女性だ。
 外からやってきた人間であるにも関わらず、島の平穏のため、住人と共に努力を重ねている。
 剣の力を使いながら。
 ――彼の望むままに。

 そう、彼女は知らないのだ。剣を使い続けることが、どのような結果を導き出すのかを。

 おそらく、障害となるのは、ユクレスの護人ヤッファだろう。
 彼はハイネルの護衛獣として召喚された。
 過去に島で起こった戦の全てを知っている、数少ない住人の一人なのだ。
 ましてや、核識となった彼の末路を目の当たりにしているのだから。

 主君の最期の願いを叶えられるなら、この命なぞ惜しくはない。
 そのために、生き恥をさらしてきたのだから。

 夫の死を知ったミスミの悲嘆を、生涯忘れられはしないだろう。
 妻と生まれてくる子を案じながら、それでも配下の者を生きながらえさせ、死地に向かった主君の最期を、思い出さぬ時などない。あってはならないのだ。

 他者にどれほど誹りを受けようと、外道と蔑まれようと。
 ――心優しい娘を生け贄にしようとも。
 もはや、後には引けぬ道なのだから。

 一度は姿を消した人影が、再びこの場へと現れた。
「キュウマさん」
 声をかけれられる以前からその気配に気づいていたが、自身の名を呼ばれてから、キュウマは閉じていた目を開く。
 遺跡への同行を一度は躊躇ったアティだったが、再び泉へ戻った彼女の表情になにがしかの決意を見て取り、キュウマは笑みを浮かべた。
「お待ちしていました。参りましょうか」
「……はい」
「よいお覚悟です」
 ――賽は投げられた。
 主君の末期の願いが叶う時は近い。
 キュウマは遠目に映る喚起の門を見やり、脳裏に亡きリクトの最期の笑顔を思い浮かべた。

──fin
(2005.03.22up)






03 野宿 (アーク2・シュウ&エルク)


「シュウはオレを拾うまで、どんな生活してたんだ?」
 太陽が空から姿を消し、月が世界を支配する時間帯。
 普段は気兼ねをして口に出せない事も、尋ねられる雰囲気がある。
 木々の生い茂る森の中、シュウが起こした焚火を挟んで横になりながら、エルクは前々から気になっていた疑問を投げかけた。
「語るほどの事はなかったな……。変わらぬ日々の繰り返しだ」
 問われた側にも、つい応じてしまうのは、夜がもたらす何かのせいだろうか。
 夜空に浮かぶ月は細い。月明かりが淡いせいか、煌めく星の数は普段よりも多かった。
 シュウの口元に微かな笑みが浮かぶ。
「だが、お前を拾ってから一変したな。子供というものがあれほど賑やかだとは知らなかった」
 思い至る点が多々あったらしく、エルクは視線をさまよわせた。
 やがて地面の一点を見つめると、ぼそりと呟く。
「そりゃあ、色々迷惑かけたけどさ。オレが知りたいのは昔のシュウの事で……」
「名と腕を得た、それだけだ」
 風のような口調。飄々としたそれは、言外に重い何かを含んでおり、エルクに沈黙をもたらした。
「知らねば不安か?」
「いや。オレだって昔のこと覚えてないしさ」
「……そうか」
 過去の記憶を持たないエルクを、シュウは無条件で受け入れた。
 自分自身を除いて、何も持たなかった少年は、その行為に救われたのだ。
 とはいえ、恩人である青年の生い立ちが気にならないと言えば嘘になるだろう。
「……いずれ、話せる時も来るだろう」
 低い声に、エルクは目を見張る。
 面白い話でもないがな、と呟いたその顔は、相変わらずの鉄面皮だった。
 しかし、少年は全開の笑みを見せる。
「うん」
 安堵の笑みを浮かべるエルクの頭を撫で、シュウが眠るように告げる。
 エルクは頷き、目を閉じた。
 ほどなく、その口から規則正しい寝息が洩れ始めた。
 まだ小さいエルクには焚火を囲む二人の間は離れて見えたが、シュウにとっては腕を伸ばせば届くだけの距離でしかない。
 庇護していた子供が、仕事に興味を覚え、見習いとして同行するようになったのはつい最近のことだ。
 好奇心旺盛な子供の行動は、時として彼の予想の範疇を遙かに越える。
 表情には出さないが、幾度頭を抱える羽目になった事か。
 だが、子供の天真爛漫さは、彼の心に、それまで無かった何かを芽生えさせた。
 ……よもや、自分のような人間が、子供を育てる事になろうとは。
 エルクを拾ってからの日々を思い返し、シュウは苦笑を漏らす。
 人生、何が起こるかわかったものではない。
 シュウは焚火から寝息を立てるエルクへと視線を移した。
 本格的にハンターを目指し、独り立ちするつもりならば、覚えることは山ほどある。容易い道ではない。
 シュウの視線の先の少年は、ぐっすりと眠り込んでいる。
 日中の強行軍でも決して音を上げなかった。その根性は見上げたものである。
 エルクならば、目指す道を越えて行けるだろう。
 不思議と、そう確信できる。
 初めての野宿で熟睡したエルクを見守るシュウの瞳には、優しい光が宿っていた。

──fin
(2005.04.05up)






04 森 (サモナイ3・アティ&ソノラ)


 午前の修理ノルマが片づくのを待ち構えていたソノラに誘われ、アティは彼女と共に散歩に出かけた。
 陽射しは少し強すぎる感があったが、森の中を歩いていると、さほど気にならない。
 木々に遮られて、やわらぐせいだろう。
「今日もいい天気だよねー」
 木漏れ日に手をかざすソノラは上機嫌である。
 梢を揺らす風に木々がざわめく。
 水音に似たそれに耳を傾けつつ、ふとアティはソノラの雰囲気が違うことに気が付いた。
「あれ?」
「どしたの、先生?」
「ソノラ、髪切りました?」
 風を受け、軽やかになびいている彼女の前髪の長さが、少しだけ変わっていた。
 いや、前髪だけではない。耳にかかる髪の流れも変わっている。
 全体的に、昨日よりも身軽になった雰囲気だ。
 ソノラが嬉しそうに笑った。
「あ、わかってくれた?やっぱり女の人は違うよねー。男共なんて全然気づかないんだから」
 最後に加えられた一言に、ついアティは笑ってしまう。
「自分で切ったんですか?」
 尋ねてから、後ろの髪も整えられている事に気が付いた。
 一人でここまでは出来ないだろう。
 案の定、ソノラはちらと舌を出した。
「残念、ハズレ。スカーレルに切ってもらったんだ」
「スカーレルが?」
 目を丸くするアティに、ソノラはウインクを返す。
「うちで一番の器用者だからねー。編み物だって得意だし。……実際、アタシ立場ないなって思ったこと、一度や二度じゃないんだもん」
 言葉とは裏腹に、表情は明るい。ソノラの気性から察するに、あまり気にしてはいないのだろう。
 確かに、スカーレルは多くの女性が好む作業を得意としている。
 以前アティも彼に編み物を教わったのだが、歴然とした腕の差に、影でこっそりへこんだものだ。
「スカーレルに比べられちゃうと、厳しいですよねぇ……」
 思わず本音が口をついて出たのは、相手がソノラだったせいかもしれない。
 実際、編み物を例にとっても、スカーレルの腕には感嘆してしまう。趣味が高じて得意技になるという典型なのだろう。
 羨ましい反面、やるせないというか、少しばかり妬ましいというか……。
 ここで、ふと、アティは我に返った。
 小首を傾げたソノラが、まじまじと自分を見ている事に気づいたのである。
 アティは慌てた。
「あ、だって、スカーレルの編み物の腕なんて女性顔負けだと思うんですよね。お裁縫も上手だろうし、お菓子作りも得意らしいし、そう、お菓子作りって体力勝負な所があるから、力があるのは羨ましいし……」
 言い訳の内容がズレ始めているのだが、そこまで頭が回らない。
 しかし、ソノラはにっこりと笑った。
「先生はさ、そんなこと、気にしなくていいと思うよ?」
「え?」
「人間向き不向きがあるんだし」
 ……それはフォローになっていない。
 肩を落としかけたアティへ、ソノラは屈託なく続ける。
「スカーレルは家事全般得意だったりするけど、苦手なこともあるわけだし。先生だって、得意なことと苦手なことがあるでしょ?アタシもそうだもんね。覚えたいなら習えばいいんだし。大体、みんな同じじゃつまんないよ」
「そう、なのかな……」
「そうそう。気にしない気にしない」

 ――それに、スカーレルはそんなこと望んでないだろうし。

「え?」
 ソノラの呟きを聞き逃したアティが、聞き返す。
 しかし、ソノラは笑って右手を振ると、さっさと先に立って歩き出した。

──fin
(2005.05.07up)






05 鳥 (サモナイ3・レクディラ)



「アルディラ、散歩に行かないか?」

 ちゃんと都合を合わせてくれるけど、その実、強引な所があって。
 でも、私のことを考えてくれてるのは、わかるから。
 一緒にこの景色を見たいんだなんて照れ笑いを浮かべられたら、一緒に笑うしかなくて。
 底抜けにお人好し。
 涙もろくて、一生懸命。
 こんな人がいるなんて、想像も出来なかった。
 リィンバウムでも珍しいタイプの筈。
 喜怒哀楽だって、手に取るようにわかってしまう。
 子供みたいな人。
 だけど何にも縛られない、鳥のように自由な人。
 どうして私を、とも思ったけれど……。

「一目惚れだったんだ」
 絶句、してしまった。
 頬が赤らむのが、自分でもはっきりとわかってしまう。
「あなたって……」
 融機人には持ち得ない感情で、彼は行動する。
 目が離せない。
 そして、私に笑顔をもたらすの。
「融機人とは正反対よ。私の予想を軽く超えてしまうんだもの」
「だから惹かれるのかな?お互いに、ね」
「……そうね」
 予測不可能な行動は、とても興味深いもの。
 論理的な説明が出来ないから、あなたから目が離せない。
 おそらくは、これから先も、ずっと。

──fin
(2005.04.10up)






お題「冒険」06-10

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