06 ハープ (巌窟王・エデ&伯爵) 館の一室で、竪琴が奏でられていた。 奏者は一人の少女である。 ほっそりした指が竪琴の弦をつま弾き、音色を奏でる。 流れるような動きは優美で可憐。 その身に纏う衣装と相まって、異国情緒溢れる調べが室内に満ちてゆく。 伏した瞳に浮かぶのは、今は亡き人々の優しい笑顔。 懐かしい曲を奏でながら、少女の心は過去へと飛んでいた。 母に手ずから娘に竪琴の基礎を教わり、初めて短い曲を拙い手つきながらも弾き終えた時の暖かな拍手は、未だ耳に残っている。 耳に残る音階。母の穏やかな表情。父の笑顔。 母の奏でる曲を聴きながら眠ってしまったことも幾度かあった。 満ち足りた生活が、永遠に続くと信じていた、幼い頃の自分……。 「母様は、たてごとをひいているときに、何をかんがえているの?」 「父様や貴女の事よ。大好きな人を想って弾いているの」 母の優しい笑顔が脳裏を過ぎった刹那、指が硬直しかけたが、かろうじて弦をつま弾き次の音が響く。 いつしか全身を緊張させながら、エデは耳に残る調べを必死に追いかけていた。 痛みを堪える中に、祈りにも似た表情を覗かせながら、ただ一途に。 ……そして。 最後につま弾かれた弦が余韻を残し、室内は静寂に満たされた。 エデは深く吐息を漏らす。 ──初めて、この調べを最後まで奏でられた。 竪琴に触れる手が震えていたが、時間が経つに連れ、それも少しずつ収まってゆく。 幾度か危ういところがあったが、音色が途切れることはなかった。 両手の震えが収まると、硬直しかけた音の流れをさらってみた。 二度三度と繰り返すうちに、指の動きはなめらかさを増してゆく。 音色が自然な流れに感じられるまで幾ばくかの時をかけた後、エデは竪琴を奏でる手を止め、居住まいを正した。 館を離れている主の姿を心に描く。 再び、エデの指が、先程の調べを奏で始めた。 懐かしい曲を奏で終え、エデはぼんやりと竪琴を見つめた。 幾度も試みながら、どうしても最後まで奏でられなかった曲。 その昔、母親がよく聴かせてくれた調べだった故に、奏でようとする度、あの瞬間を思い起こしてしまったのだ。 しかし、今は……。 不意に、彼女の耳へ拍手が届いた。 エデは目を見開き、顔を上げる。 「素晴らしい演奏だった」 「伯爵!」 外出していたはずの主の姿に、少女は驚きに満ちた表情を隠せない。 そんな彼女へどこか楽しげな笑いを見せ、男はもう一つの感想を口に乗せる。 「初めて聴く曲だな」 「幼い頃、母が良く弾いておりました。名も知らぬ曲ですが、耳に残っているのです」 「そうか」 短いいらえには、あまたの感情が滲むように思われた。 少女はそっと目を伏せる。 「エデ」 艶やかな深い声が、少女の名を呼んだ。 「はい」 「今一度、聴かせてもらいたい」 彼女へ向けられるその表情は穏やかだった。かすかに、笑みすら含んでいる。 エデの顔に控えめな微笑みが浮かんだ。 「仰せのままに」 大切な人のために、懐かしい音色をつま弾く。 それが何物にも代え難い喜びだと知った今、彼女の願いはただひとつ。 ――この方のお心を癒す事ができるなら。 描く想いを調べに乗せて、エデは懐かしい曲を奏でてゆく。 その表情は、澄んだ水面のように凪いでいた。
──fin
(2005.04.13up) |
07 虫 (サモナイ3・アティサイドオールキャラ) 無限界廊を進む中、そろそろ最下層に手が届くかという所までやってきた、その時。 悲劇は起こった。 「きゃああああーーっ」 その界廊へ全員が足を踏み入れた途端、黄色い悲鳴が全員の鼓膜を刺激する。 咄嗟に、数名が両手で耳を塞ぐ羽目になった。 「ななな何でこんな所にアレがいるんですかー!?」 「や、やだやだちょっと動いてるよ!?」 手を取り合って青ざめる者、約2名。 「ったく、何だってんだ、いきなり!」 「だだだだってアレ、ちょっと動いてるし!!」 カイルの文句など聞こえていないらしく、ソノラは震える指先でこのフロアに陣取る大型の虫――ジルコーダの女王3体を指し示す。 「ほぉ、無限界廊ってのはこんなヤツまで出てくるんだな」 「女王も動くんですか!?」 「オレも巣穴以外で見るのは初めてだ」 ヤッファは興味を引かれているらしいが、アティやソノラはそれどころではない。 「せ、先生、悪いけどアタシ今回パスね。うん、ちょっと休ませてもらおっかなー」 「あ、ずるいですよ!じゃあ私も」 「ちょっとセンセ、召喚術の要の貴女が抜けてどうするの」 「だ、だって……」 「ソノラの代役はヤッファのおっさんに頼むにしてもだ、あんたの代わりはいねぇんだぜ」 スカーレルとカイルの二人がかりで諭され、アティは今にも泣き出しそうな顔で周囲を見回す。 しかし、助け船を出してくれそうな人物は見当たらない。 「せ、先生、ほら、魚釣りの時は虫だって平気じゃないか」 「サイズが全然違います!」 ナップのフォローも逆効果である。 「じゃが、あの時一番奮戦したのはそなただと聞くぞ?」 「ええ、貴女が率先して進んでくれたおかげで、女王を送還できたんですもの」 「あの時は無我夢中だったんです!ミスミ様やアルディラは平気なんですか!?」 「大きすぎるきらいはあるけれど、連れて帰るわけでもないし」 「確かにちと見目は悪いがの」 「スカーレルは、あの時苦手って言ってましたよね?」 「見ていて気持ちのいいものじゃないけど、センセほどじゃないかしらねぇ……」 スカーレルも虫の類は苦手だが、目の前でここまで大騒ぎされると、却って冷静に対処できるものだ。 半泣きのアティを見るに見かねて、キュウマが助け船を出した。 「これほど嫌がっておられるのですから、今回アティ殿には待機していただいては」 アティの顔に希望の光が射す。 しかし。 「あの女王たちを物理攻撃だけで倒せると思うか?」 沈黙。 「……申し訳ありません、アティ殿」 唯一味方になってくれた人間があっさり退いてしまうと見るや、アティは背後の大柄な鎧姿の人物を振り仰いだ。 一見大柄な男性のようだが、鎧の中身はまだ少女らしさを残す女性である。 「フ、ファリエルは?あれって怖くないですか!?」 「……じ、実は私もちょっと。でも私は物理攻撃専門だから今回は遠慮させてもらおうかと……」 「まぁ、ファリエルの場合、魔法防御にも問題があるものね」 「ああ、今回必要なのは召喚術者ゆえ」 すんなり待機が決まった事に安堵したものの、ファリエルは済まなげな声でアティへ詫びる。 「すみません……」 こうなるとまさに孤立無援、救いの主は現れそうにない。 アティは悲愴な面持ちで女王たちを見やった。 そこへ、ことさらに明るい声が掛けられる。 「はいはいセンセ、こうなったら覚悟を決めてちょうだいな」 「スカーレル……」 瞳の端に涙を溜めた顔で見上げられ、スカーレルは苦笑する。 「大丈夫、アタシたちが絶対アレをセンセに近づけさせたりしないから」 「……本当に?」 「もちろんよ。だからちょっとだけ辛抱してちょうだい。ね?」 スカーレルの励ましに、アティの表情が少しだけ和らぐ。 「……あちらは彼に任せておくとして。全員アクセサリを変えておきましょう」 二人からやや離れた位置にさりげなく移動したヤードが小声で提案する。 「何でまた」 「今回必要なのは魔法防御力です。特に前衛は注意しなくては」 「笑えねぇな、おい」 「『抗魔の領域』を持つミョージンとペコは必須じゃな」 「『召喚災害保険』も入れておくべきね」 既に今回の対策相手は変わっているが、全員本気だった。 そしていざ戦闘開始。 「いきなり抜剣するか!?」 「来るわよ、ヴァルハラ!」 「は、早すぎます!」 機界の最強召喚術の光が、ゴルゴーダを始めとする魔獣たちを包み込む。 我先にミョージンへ駆け寄る前衛組にとって、召喚獣の姿は後光が差して見えたという。
──fin
(2005.03.14up) |
08 ランプ (サモナイ3・スカアティ) 気が付いた時には、周囲は闇に包まれていた。 一面を暗がりが支配する中、自分だけがその空間に存在している。 他には、何もない。 だが、自分はつい先程まで一人ではなかった。たくさんの人と知り合い、日々を過ごしていたはずだ。島にはこんな場所はない。 最近の出来事を回想していた彼女は、すぐに解答に思い至った。 ――夢? そういえば、覚えがある気がする。 ずいぶんと昔、世界を拒絶していた頃、時折こんな所でうずくまっている夢を見ていたような。 でも、どうして、今更……。 心の奥底から言い知れぬ感情が、忍びやかに浮上してくる錯覚を覚えた、刹那。 遠くに微かな光が見えた。 一面を覆う闇は変わらない。だが、光の周囲だけは、闇が薄らいでいる。 彼女は、誘われるように、そちらへ進んだ。 光は小さな灯火だった。 何故生じたのかはわからない。けれども、安心できる。 光は人の心をも照らす。暗闇の中に灯るそれは、温もりを感じさせるのだ。 彼女は灯火へと手を伸ばした……。 アティがゆっくり目を開くと、傍らにいた人物はすぐにそれを察知した。 「目が覚めた?」 彼女の顔を覗き込み、そっと尋ねてくれたのは……。 「スカーレル?」 名を呼ぶと、彼は微笑んだ。 「おはよ、センセ。でもまだ夜なのよ。だからもう少し眠っていてくれるかしら」 「……私……」 「覚えてない?風邪でコロリ。ナップが心配してたわよ」 「あ!」 一気に目が覚めた。 そう、朝から頭が重いなと思っていた。だが、単なる睡眠不足だと納得して、いつも通り青空教室で授業、ナップには昨夜用意した試験問題に取り組ませ、解答用紙を受け取って歩き出した途端、妙に足元がふらついて……。 「でも流石は男の子。ちゃんとセンセを支えてくれたんだから」 アティの表情で回想の流れを理解したらしく、スカーレルはタイミング良く合いの手を入れた。 「あうう……」 赤面するアティへ、スカーレルの思い出し笑いが追い打ちをかける。 しかし、すぐに彼は笑いを収めると、口調を改めた。 「だけどセンセ、体調悪い事黙ってるなんて、水くさいんじゃない?」 「単なる睡眠不足だと思ったんですよ。こんな大事になっちゃうなんて」 「そうね、みんな心配してたわ。子どもたちなんてすっ飛んできたんだから」 「…………」 いきなり倒れたと聞けば、驚きもするだろう。ましてや少し前に授業を受け、別れたばかりなら尚更だ。 しょげるアティの様子に、スカーレルの口調が和らいだ。 「もっと自分の身体を気遣ってあげなきゃダメよ。センセ一人の問題じゃないんだから」 「はい……」 「ともかくしっかり眠らなきゃね。お腹は空いてない?」 「あんまり空いてないです」 「じゃ、とりあえずこれだけ飲みなさい。薬を飲む前に何か入れておかないとね」 スカーレルがマグカップに用意したスープを飲み、アティは薬を飲んで再び横になった。 そして、マグカップや水差しを片づける彼を見るうちに、思ったことが口をついて出る。 「スカーレルってお母さんみたいですね」 一瞬、彼は絶句した。 しかし、すぐに苦笑を浮かべると、子供をあやす口調になる。 「じゃ、スカーレルママの言うとおり、ちゃーんと休みなさい。いいわね?」 「はーい」 アティは含み笑いをしつつ、素直に応じた。 「あ。灯り、そのままにして下さい」 壁に掛けたランプに手を伸ばしたスカーレルへ、彼女の声が飛ぶ。 思いの外強い声音に、スカーレルはやや怪訝そうな表情を見せた。 「眩しいでしょ?」 「いえ、むしろ安心だから」 「そう?」 結局灯りを絞らず、スカーレルはベッドの傍らの椅子に戻ると、ベッドサイドに伏せていた本を手に取った。 何故、という質問は出ない。それがアティにはこの上なくありがたかった。 「暗くないですか?」 声に出しては、やや意味の異なる質問をする。と、スカーレルは小さく笑った。 「平気よ」 「……眠くないですか?」 「まだ大丈夫。アタシ夜は遅いから。……心配いらないから、ゆっくりお休みなさい」 言いつつ、スカーレルは優しい笑みを見せた。 アティの肩から力が抜ける。そして、小さく頷いた。 「はい。お休みなさい、スカーレル」 「お休み、センセ」 静かな声を耳に、アティはそっと目を閉じる。 閉じた瞼の向こうで揺らめく光に彼の暖かさを感じ、アティは穏やかな眠りに誘われた。
──fin
(2005.04.05up) |
09 湖 (サモナイ3・クノン&アティ) 親愛なるクノン 変わりはないかしら? こちらは秋も深まってきたわ。ラトリクスではあまり気づかないけれど、風雷の郷やユクレス村を訪れると、季節の移り変わりが顕著だと改めて気づくわね。 つい先達ても…… 聴覚センサーが背後の小さな異音を捕らえ、クノンは読んでいた手紙から視線を上げた。 そのまま背後を振り返る。 視界を覆うように生い茂る木々の向こうから、微かな、草を踏み分ける音が届いた。 学内の建物群からやや離れた寮の更に裏手に位置するこの場所は、滅多に人が訪れることはない。 しかし、寮の奥、生い茂った木々の向こう側には、申し訳程度の泉があるのだ。 整備された噴水や泉が余所にある為、普段から賑わう場所ではないが、この静寂を好んで訪れる者もいる。クノンも、その一人だ。 どこか島の泉と似た雰囲気を持つこの場所は、クノンのお気に入りの場所だった。 時折この泉を訪れては、アルディラからの手紙を読むようになったのである。 平日の昼下がり、午後の授業が始まって間もない時間。ここへやってくる人間は限られている。 普段ならば彼女も講義を受けているのだが、今日は休講となったため、こちらへ足を向けてみた。 ……この場所を訪れる者は、大抵が一人になりたいと望んでいる。 クノンは、今、どうしても一人の時間が欲しいわけではなかった。 泉へ一時の憩いを求める者は、孤独な時を好む。 故にこの場所で複数の人間が鉢合わせする場合、より孤独を望む者が優先されるようになっていた。 同じ感情を抱く者の間に通じる何かが、その不文律を作っているのだろう。 クノンは手紙を素早く封筒に収めて立ち上がった。スカートについた草を払い、新たな訪問者の憩いを妨げぬよう、寮へ足を向ける。 と。 「やっぱりここにいましたね」 意外な人物の声に、クノンが勢いよく振り向いた。 「アティ様!」 「こんにちは、クノン。元気にしてました?」 トレードマークの赤い髪を太陽にきらめかせながら、アティはにっこりと微笑んだ。 現在、クノンは帝国の学校のひとつに籍を置いている。 アティ達との出会いをきっかけに、彼女は自身もまた外の世界を学びたい、と強く望んだのだ。 確かにアティ達からも色々な事を学んだが、人間社会の仕組みを知り、人間の抱く感情を間近で感じ取るには、その世界に身を置くことが一番の早道である。 留学に関してアルディラは難色を示したが、アティの後押しもあり、結局はクノンの願いを受け入れてくれた。 ナップの入学の件も併せて、最初の数ヶ月はアティが世話をすると約束した事も、アルディラを納得させる一因になったようである。 アティが編入試験用のカリキュラムでクノンの勉強を見るようになって半年後、無事試験をパスした彼女は、晴れて帝国の学校に身を置く事となった。 最初こそ環境の違いに戸惑いもしたが、慣れれば日常生活に不便はない。 アルディラの笑顔が見られないのは、寂しかったけれども。 「とても静かな所ですね。ちょっとした息抜きにもってこいかも」 水辺に佇んでいたクノンの隣へ歩み寄り、アティは周囲を見回していた。 そんな彼女へ、クノンは不思議そうに問いかける。 「どうしてここがおわかりになったのですか?」 先程の第一声からして、アティはクノンがここにいると確信していた様子だった。 しかしこの場所は、敷地内とはいえ校舎などの建物からはずいぶんと外れた場所なのだ。 訪問者がすぐに気づける所ではない。 しかし、アティは楽しそうに種明かしをした。 「前に言ってたじゃないですか。寮の裏手の小さな森に、お気に入りの場所があるって。校内の掲示板に休講だと書いてありましたから、寮かここのどちらかだと思ったんですよ」 予感的中でしたね、と言いつつ、アティはにっこりと笑う。 言われてみれば納得できる話だった。 得心がいった様子のクノンを見やり、アティはコートのポケットから一通の手紙を取り出す。 差し出された手紙を見つめるクノンの瞳が輝いた。 「アルディラからです」 「ありがとうございます、アティ様」 手紙を受け取り、宛名と差出人を確認する。 封筒には、整った文字で彼女の名前とアルディラの名が綴られていた。 クノンは手紙をそっと胸に抱く。 幸せそうな彼女の表情を見やるアティ視線は、優しく、暖かい。 『忘れられた島』は地図上に存在しない場所である。当然、手紙でのやりとりは望むべくもない。 そこでカイル一家の登場と相成った。 『島』と行き来できる彼らならば、クノンとアルディラの手紙を仲立ちすることができる。 アティの提案をカイル一家は快く引き受けた。 この一件も、クノンの留学をアルディラが承諾する後押しとなったのである。 不定期ではあるのだが、二、三ヶ月に一度は必ずアティがやって来る。 そして、クノンへアルディラから言付かった手紙を渡してくれるのだ。 クノンの留学の意志を知ってから、我が事以上に親身に世話をしてくれたアティへは、どれほど感謝しても足りないほどである。 彼女と共に寮へ戻る道すがら、クノンは問いかけた。 「アティ様。夕方から、お時間がありますでしょうか?」 「ええ、大丈夫です」 「おいしいレストランを教えてもらったんです。ご一緒していただけますか?」 夕方には今日の授業も一通り終了し、自由時間を持つことが出来る。 寮で同室になった情報通の級友に感謝しつつ、クノンは提案を持ちかけた。 彼女の学校生活が順調らしいことを察し、アティは安堵に頬をゆるめる。 「もちろんです。みんな喜びますよ。学校での出来事も色々聞かせて下さいね」 「はい」 静かな笑顔は自然で暖かい。 本人は自覚していなかったが、クノンもまたそんな笑みを浮かべられるようになっていたのである。 一方で、クノンは日々の充実した生活を、アルディラへしたためる手紙にどう記すかを、あれこれと考えていた。
──fin
(2005.04.28up) |
10 流浪 (サモナイ3・ファリエル+ヤッファ&キュウマ) ――本当のことを知られるのが、怖かった。 これまで一緒に過ごしてきた狭間の領域の住人たちに、疎まれるであろう事実。 否、それだけではない。憎しみの目を向けられ、島にはいられなくなる。 行き場を失い、転生もかなわず、たださすらうだけの存在になってしまう……。 だからこそ、全てを覆い隠し、正体を偽ってきた。 これまでで唯一、島の住人が受け入れたリィンバウムの人間は、ハイネルだけだろう。 ハイネル・コープスは特別なのだ。 「みんななら、きっと本当の君を好きになってくれるよ。そうしたら、楽しい思い出だっていっぱい作ることができるんじゃないかな」 偶然「ファリエル」として出会った彼は、ファルゼンの正体に驚きつつも、秘密を守ってくれた。 むしろ、正体を偽るファリエルの身を気遣い、助言をしてくれたのだ。 実現出来るはずのない提案だったけれど。 島を訪れた青年の言葉は、優しさに満ちあふれていて……。 ――兄を、思い出す。 無色の派閥の召喚師であったにも関わらず、召喚獣たちと心を通わせ、慕われていたハイネルを。 不慮の事故で島を訪れた彼らならば、島人との交流で、友好的な関係を築くことができるかもしれない。 だが。自分は、無色の派閥の人間だった。 過去に、この島で実験を行った派閥の一員だ。 犯した罪が消えることはない。 だからせめて、兄の夢を守りたかった。 何者に代えようとも、島の平穏を守らねばならないと。 「確かに、貴女の素性を知れば、護人として集落をまとめる事などできなかったでしょう」 「殺しても飽き足りねぇって奴が出てこないとも限らねぇな」 ヤッファとキュウマの指摘に鋭く胸を突かれ、ファリエルは目を伏せた。 遅まきながら今回の経緯を知らされた二人にすれば、寝耳に水だったろう。 遺跡封印の顛末も、死んだはずの人間が生きていたという事実も。 「そんな……!」 傍らでレックスが何かを言い募ろうとし、言葉を飲み込んだ気配が伝わる。 けれども、心優しい彼が見かねて抗議しようとした、それだけでファリエルには充分だった。 断罪を待つ少女へ、再びキュウマが口を開く。 「貴女が常に前線に立ち、その身を盾にして皆を守っていたのも、罪悪感故ですか」 明確に答えを返すことができず、ファリエルは項垂れる。 ――私は一度死んでるから、平気なんですよ。 以前、レックスにそう言ったのは、嘘ではない。身勝手な自己満足だとわかってはいるけれど。 「だがな、ファルゼンは長い間、護人としてよくやってきたと思うぜ」 一瞬、耳を疑った。 思わず顔を上げたファリエルは、ヤッファの表情が普段と変わらないことに気づいた。 嫌悪の感情は欠片も見られない。 「え……」 「ファルゼンのこれまでの功績は消えるもんじゃねぇ。中身が誰であってもな」 ヤッファの口元に笑みが浮かぶ。 驚くファリエルへキュウマが静かに言い添えた。 「貴女が一人で罪の意識を背負い続ける必要は、ないのですよ」 彼の微笑みもまた穏やかだ。 全くの予想外だった二人の反応に、ファリエルは戸惑いを隠せない。 だが。 「今までよく頑張ってくれたな。ありがとうよ、ファリエル嬢ちゃん」 ハイネルの妹であり彼の護衛役でもある少女を、ヤッファはいつもそう呼んでいた。 からかいながらも、親しみを込めて。 視界が滲む。肉体は失われたが、その記憶は残っている。霊体となった今も、感情の発露が涙という形になるのだろうか。 安堵と嬉しさの涙を浮かべながら、ファリエルもまた感謝の想いを口にする。 自分を受け入れてくれた仲間達へ。 自分を守ろうとしてくれた集落の住民達へ。 そして、勇気をくれた青年へ……。 すべては、この一歩から始まるのだ。
──fin
(2005.04.10up) |